栄口と阿部と泉
「なぁ、泉知らね?」
真っ赤な頬。上下している肩。乱れた呼吸。
膝に手をつきながら、阿部は俺にそう言った。
「なぁ、知らない?」
手の平を擦りながら、息を吹き掛けている。この寒空の中、どれだけ探していたのだろうと胸が裂けそうになった。
泉は、いない。三橋と手を繋ぎながら帰って行ったとこ、俺は見てしまったんだ。
ここに残ってたのは偶然じゃない。だって阿部の顔がちらついて頭から離れなくて、心配になって帰れなくなったんだ。俺が気にすることじゃないって、気にしたってどうしようもないことだって分かってるのに。
知ったら阿部は泣くのかな。
奮える肩を抱きしめてあげたい。そっと涙を拭ってあげたい。
でも気丈な彼のことだ。俺の前で泣くことなんて決して無いのだろうと思う。
「…泉になんか用事?」
「あぁ、まぁちょっと。」
明日になったら分かってしまうかもしれないのに。
「なんか急いでたみたいだから、一足先に帰ったよ?」
こんなつまらない嘘でしか君を守れないちっぽけな自分が、悔しくてたまらないよ。
White Lies
スザクとルルーシュ
「ねぇ、何してるの?」
言われて、むすっとしながら顔をあげる。
こういうことになるって分かってたけど。分かってるけど。
それでも気に入らないものは気に入らないのだから仕方がない。
その気持ちを知ってか知らずか、声の主は俺の前でふんわりと笑っていた。
「ヤキモチ焼いた?」
「うるさいな。…そんなんじゃない。」
「もう、素直じゃないなぁ。」
そう言って、溜息をつきながら俺の頭を優しく撫でる。
「いい加減機嫌直して?」
それからゆっくりと俺の頬に触れた唇。そんなんで機嫌が直ると思ったら大間違いだ。
「ねぇ、まだダメなのー?」
「ダメだ。なんか今日はダメだ。」
「そうかぁ。今日はダメかぁ。」
「…呑気だな。」
「今日はって言ったから明日は大丈夫なのかなって思って。」
しゃがみ込んでいた俺の隣に座って、覗き込むようにこちらを見ているムカつく位売れっ子ホストの彼氏。
「っていうかね、君鈍いから気付いてないみたいだけど君のがモテてんだよ。」
「そんな訳無いだろ。俺はマネージャーだぞ。裏方だから店になんて滅多に顔出さないんだ。」「あの人誰なんですか?お名前は?って、今日だけで何回聞かれたと思う?」
「…うちのNo1がよく言うよ。」
そう、スザクはうちで指名1位の売れっ子ホスト。優しくて、かっこよくて、程よくついた筋肉が色っぽく、スタイル抜群で。そんな彼が実はホモだなんて客が知ったらどれだけ悲しむことだろう。
「ルルーシュ、自分だけって思ってない?僕だってヤキモチくらい焼くんだよ。」
「そうやって甘い言葉で客を口説くのか。商売上手なこった。」
「…君はお客さんじゃないでしょー!」
そう言って、スザクは思い切り俺を抱きしめた。コイツ、本当に馬鹿力。めちゃくちゃ苦しいんだけど。
「ねールルーシュ、仕事辞めよか?」
考えたことはある。それこそ、何度も何度も。でも実際そうしてほしいなんて本気で思ってる訳じゃない。スザクは人と関わるのが好きだし、下心からではなくてこの仕事を本人も楽しんでるのを知ってるから。お客さんからの、元気でたよ、ありがとう、の言葉に、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにさせて笑うの、知ってるから。
「その必要は無い。出来るなら俺の目の届く範囲に居てくれた方が、いい。」
「…ルルーシュ、ありがとう。」
俺も、お前に出会ってありがとうを言われる喜びを知ってしまったから、だからもう何にも言えないんだ。
「あ、12時過ぎた。」
「…スザク。」
「ん?」
「浮気だけは、しないでくれよ。」
「うん。君もね。」
「…当たり前だ。」
「へへ。営業トークは得意だけど、いざ本当に好きな人を前にするとなかなかいい言葉浮かばないや。」
そう言って、スザクがはにかんで見せた。客の前では決して見せないような、可愛いらしい、幼い表情で。
あぁ、ほら、幸せだ。