燐と雪男
「ちょっとさぁ、こっち来てみ。」
鏡の前に立っていた燐に呼ばれ、今正に勉強を始めようてしていた雪男は怪訝そうな顔をしながらもそれに従った。
「…何?」
「俺たちって似てないよなぁ。」
「何を今更。」
またこの話か、と雪男は呆れたように兄を見る。
「本当に、兄弟なのかな。」
「そうに決まってるだろ?」
「…やっぱそうなんだよなぁ。」
燐はこのことを話す度に、いつも困ったように眉を下げて笑った。自分から話題に上げるくせに、なんでそんな顔をするのか雪男には分からない。
「双子なのにここまで似ないもんか?」
「二卵生ならそういうことも大いに有り得るよ。」
「…中身も性格もいっそもっとそっくりだったら良かったな。」
「なんで?」
「そうしたら絶対好きにならない自信がある。同族嫌悪っつーの?」
「…兄さんみたいなのが2人もいたら周りの人たちが困るから。」
雪男は兄の言動にだんだんイライラしてきて、大袈裟に溜め息をついてみせた。
「僕と血が繋がってるのがそんなに嫌なの?」
「…嫌っていうか、」
「なに?ハッキリ言って。」
「だって、そしたらこんな気持ちにならなくてすむのにさ。」
好きにならなくてすむならその方が良かった、なんて。
燐が小さく呟いて、雪男はそれを隣で聞いた。
「僕は兄さんと兄弟で良かったけど。」
「…なんで?」
「だって、他人だったらいつ離れてしまうか分からないけど、双子なんて誰がどう頑張っても早々入り込めるもんじゃないし。」
「そういう考え方もある…か?」
「迷ってないで、いい加減腹括ってよ。それとも全部無かったことにしたいの?」
「…ごめん」
雪男の目に微かに涙が滲むのを、燐は見逃さなかった。
「お前を手放したら、俺ダメになる。生まれた時から隣にいるんだ。お前がいない人生なんて考えられない。」
そのまま強く抱き締められ、雪男はその肩にぎゅうと顔を埋めた。
「…隣にいるだけならただの双子のままでだって出来るよ。」
「違う。ずっとこうしてたい。」
燐は抱き締める腕に力を込める。全身から愛情を受けているようで、心地良くて、漸く雪男の表情が少しだけ緩んだ。
「そんなこと言ってくれるなら、もう二度と不安にさせないでよ。」
「雪男、ごめん。馬鹿なこと言った。」
「兄さんが馬鹿なのは知ってる。」
「…そーですか。」
「そうだよ。だから、僕がいるんだろ?」
そう言いながら雪男に見上げられて、たまらなくなった燐は思わずその唇にそっとキスを落とした。
僕らが生まれて来たのは
こうして2人、手を取り合って歩くためだったんだ。
雪男と燐
「…信じられない。」
「うっせーな!今から片付けんだよ!」
仕事を終えて部屋に戻ってくると、辺り一面踏み場も無いくらいにごった返していた。人が働いてる間に、この兄は一体何をしていたのか。
「ちょい待ってろ。あと1時間くらい待ってろ。」
「どこで。しかも1時間ってちょっとじゃないだろ。いい加減にしろよ。」
「…先生、素が出ていらっしゃいます。」
「2人なんだからどうでもいいだろ。」
深いため息をつきながら唯一綺麗なはずの自分の机の元へと向かう。
「で、何しようとしてたの?」
「へ!?」
「意味もなく部屋荒らしてたわけじゃないんでしょう?」
「あ、いや、それは、まぁなぁ…」
兄さんはそれはそれは罰が悪そうにそっぽを向いた。全く、いつまでもこどもみたいなんだから。
「奥村くん、僕には言えないことですか…?」
満面の笑みでそう問いかけると、お前怖いんだよとか何とか言いながら観念したように話し出した。
「別に大したことじゃねーけどさ。」
「大したことじゃないけど?」
「…っつか顔近いんだよお前さっきから!」
「いいから。で?何?」
「おおおお前に恋人がいるかもしれない疑惑が浮上してだな。」
「うんうん。それで心配になって後をつけたり、僕の鞄を漁ったりしてたんだろ?」
「そうなんだよ!今回こそ物的証拠を掴めないもんかと…ん?」
本当に、予想以上だなこの兄は。暫く考えこんだ後、今日初めてやっと僕の方を見た。
「…っお前知ってたな!?」
「知ってたけど、それが何か?」
「なんなんだよ!どういうことだよ!」
「暇だったからそういうフラグたてたら、兄さん焦る焦る。面白かったから暫くそんな振りをしてみました。」
呆然としている兄の頭を笑いながらぽんと叩いたり、柔らかいほっぺたつねったり。と、やっと我に帰ったらしく勢い良く振り払われた。
「我が弟ながら鬼畜すぎる…!ぜんっぜんかわいくない!」
「だから可愛い担当は兄さんに任せるよ。」
にっこり笑って一気に距離を縮めると、ぱたんと後ろに優しく押し倒す。状況を理解したらしい兄さんの顔は一瞬にして真っ青になった。
「ちょ、待…来んな!」
「嫌だって言ったら?」
「そんな自分勝手な…んんっ」
毎回散々文句言って暴れる割には、ちょっとこうしたらすぐおとなしくなるくせに。
「…本当は、嫌じゃないんだろ?」
「お前本当に性格悪い!最低だ!」
「はいはい、知ってます。」
「でも好き…だから、お前に好きなヤツがいなくてよかった…」
「はいはい、それも知ってます。」
涙の後が伝う目尻に優しくキスを落とした。本当、これだから兄さんを苛めるのはやめられないんだ。
「雪男…っ」
涙目で求められるように名前を呼ばれて、ぶるりと全身が震えた。
さて今度は僕がどれだけ想っているか、このバカな兄さんに教えてやる番かな。
My life、Your life。
他の人が入る余地なんて、初めからあるはずないんだ
***
雪ちゃんの口調むずかす^^ごめんなさい!