三橋と阿部







「阿部くん、へいき?」

「あぁ、多分…」

練習中、初めて熱中症、と思しき症状になった。三橋にいつも煩く注意しているくせに、情けないったらありゃしない。

「先生今、氷とか、いろいろ、あの…!」

「あー分かった分かった。ワリーな。」

再三断ったのだがどうしてもついてくると聞かずに、三橋は保健室まで肩を貸してくれた。いくら体調が悪いとは言え大事な投手の肩を借りるなんてどうかしてると自分でも思う。

「あー、ありがとな。後は大丈夫だからお前は練習戻れ。」

「うん、でもオレ、阿部くん心配、だ。」

一応昼休憩中ではあるのだが、三橋はなかなかその場を動こうとしない。
心配してくれている事が嬉しく、同時に少し切なかった。きっと三橋にとって俺はただの捕手。俺のリードが無いと投げられないから、俺がいないとエースでいられないから、だから。

自分で想像して、虚しくなって。その内頭が回らなくなって、考えることをやめた。
一緒に野球が出来れば充分だと、何回考えたことだろう。これ以上はバチが当たる。

「本当に、へいき?俺、阿部くん具合悪いと、心配だ。」

言いながら、三橋が俺の額にそっと手を添えた。瞬間、余計に体温が跳ね上がる。
 
「や、めろよ。」

「あ!ごめ、おれ、その、つい…!」

急な行動に驚いて手を払うと、三橋が怯えた様に目を伏せた。あぁ、また怖がらせてしまったかな。

「こ、こわかった。」

あぁ、やっぱり。自分で自分が嫌になる。泣いてたまるか、とこめかみに力を込めると、頭痛がさらに強まった。

「阿部くん、倒れた時、すごいこわくて。俺、その、阿部くんすごく、大事なんだ。」

気付けば泣いているのは三橋の方で。
いつもは合わない視線が、真っ直ぐに交わる。

「俺、そばにいたい、ずっと。」

「ずっと、か。俺が野球、やめても?」

ばかみたいな質問をした自覚はある。こんなこと聞いても仕方ない事は分かってる。

「あたりまえ、だ!ずっと、一緒にいてほしい。野球やめても、大人になっても、あの、お、おじいちゃんになっても!」

だけど、食い気味に予想とは違う答えが返ってきて、俺はゆっくりとベッドから起き上がった。

「それ、本気で言ってんの…?」

半信半疑の問いに、三橋がこくん、と強く頷いた。マウンドで、サインの返事をくれる時のように、はっきりと。

「阿部くん。好き、だ。」

三橋がゆっくりと、壊物に触れるように、俺の頬に手を添える。頭がふわふわして、夢を見ているのかと思う。今度は、振り払う事はしなかった。

「…俺もお前が好きだよ。」

三橋の手に自分のそれを重ねれば、出会った時と逆だ、と三橋が照れながら笑った。
そいや先に告白したのは俺だったなと、つられて笑った。

ー投手としてじゃなくても、俺はお前が好きだよ。

あの時はこんな気持ちになるなんて、微塵も思ってなかったけど。

「先生、遅い、ね。大丈夫?」

「うん、お前の手冷たくて気持ちいーから、このままにしてて。」

三橋の手を借りたまま再びゆっくりベッドに横になる。三橋は周りをキョロキョロ見回してから、俺の唇にそっと自分のそれを重ねて、優しく、それはそれは嬉しそうに笑った。




君と僕が全部



慌てて飛び出した保健医は校内中を奔走しているのかなかなか戻ってこない。

もう暫く2人きりにさせてほしいなんて、熱に浮かれながらそんな事を思った。