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春夏秋冬 〜春〜

「まふおはよ。」

「おはよ、なっつ。」

この笑顔が見れるなら、苦手な早起きだって毎朝頑張れる。
この笑顔が見れるから、僕も毎朝笑顔でいられる。
そんな僕の気持ちを事を知ってか知らずか、夏流は今日もふんわり笑う。僕の隣で、優しく、それは優しく笑うのだ。



春夏秋冬 〜春〜




変わらない毎日がこんなに愛しいだなんてこの年でしみじみと考えている僕は、よく言えば大人っぽく、悪く言えばまぁ、老けているのだと思う。
その証拠に、年がら年中飽きもせず目の前の人をからかっている片割れに呆れるばかりだ。
「夏流お前ご飯つぶついてやんの!だっせー!」

何がそんなに面白いのか、冬眞は大口を開けてげらげらと笑っている。朝から元気で羨ましいようなそうでもないような。慌てるなっつと心底楽しそうな冬眞を見やると、大袈裟にため息をついた。

「え!?どこどこ!?」

「なっつ、じっとして。」

なっつの口元に付いた小さなご飯粒をそっと拭う。この年になってこのまま登校しようだなんて、驚異的な可愛いさだ。感情が顔に出ないで有名な僕だけに、心中でそんなことを考えているだなんてきっと誰も気づいていないと思うけど。

「ん、とれた。」

僕は表情一つ変えずにそれを自分の口に放り込む。と、半ば放心状態でそれを見届けていたなっつは、我に返ったのか一瞬で真っ赤になった。

「まふ、そういうの自然にやんの本当そろそろやめた方がいいと思うんだよ俺は!こう見えて俺はもうあれだ、高校生だ!」

「ご飯粒つかないようになったら言ってよその台詞。」

「俺だってそうしたい!でもまふが甘やかすからできないんだ!」

「…何それ。」

あまりの可愛い言いわけに、僕は思わず吹き出してしまう。
そんなこと言われたら、一生甘やかし続けてしまいそうな自分が怖かった。

「あーあーまた2人の世界ですか。お熱いことですね。」

「2人の世界って…はぁ?とーまってたまによく分かんないこと言うよなぁ。」

頭からクエスチョンマークを出しているなっつにそうだね、なんて淡々と答えながら、余計なことを言うなとばかりに冬眞を一瞥した。
僕はなっつが大好き。ずっと好き。なっつだけが好き。
だけど、嬉しいかな悲しいかな、なっつの事なら何でもわかる僕だけに、なっつが僕をそういう対象として見ていないのは一番よく知ってる。
だから僕も、親友として彼の隣にいることを選んだ。

「どしたんだ、まふ?」

「んーん。何でもない。」

僕は人より感情が表に出にくいらしい。昔から、志木さん家の真冬くんは何を考えてるのかよく分からない、と巷で有名だった。
それについて特に何とも思ったこともなかったけど、今では良かったと思ってる。
こんなにこんなになっつのことを想っても、顔に出ないなんてなんとありがたいことか。
これが冬眞だったら、一瞬で気持ちがバレていることだろう。双子の片割れだと言うのに、冬眞は僕と違って感情の起伏がはっきりしているから本当に分かりやすいことこの上ない。
暫くおとなしく歩いていた片割れをちらりと見やる。
学校が近づいてくるにつれ、冬眞は明らかにそわそわと浮足立ってきた。

「冬眞さぁ、最近遅刻しないよね。」

「…俺だって真面目に授業受けたいんだよ悪いかよ。」

「仕事で授業間に合わない時も放課後だけ来てるらしいね。一体誰に会いに来てるのかなぁ。」

「せ、先生に質問しにきてんだよ悪いか!!!」

冬眞は顔を真っ赤にして僕をどなりつけると、そそくさと下駄箱に入っていった。
ほんと、分かりやすいったらありゃしない。

「冬眞、真面目になったんだな。今度映画の主演だっけ?仕事大変そうなのにえらいな!」

「…そうだね。」

至極真剣な顔でそんな事を言ってくれるなっつも、同じくらい素直と言うかなんというか。

「おはようございます、真冬くん、夏流くん。」

「あぁ、未来ちゃんおはよ。」

しっかりと度の入った厚手の眼鏡がトレードマークの杉下未来は、なっつと僕といつも一緒にいるクラスメイトだ。

「ちゃんはやめて下さいっていつも言ってるじゃないですか。」

「ごめんごめん未来ちゃん!」

名前が名前だけに、新学期は女の子に間違われるのがもはや恒例行事らしい。その点に関しては少し通ずるものがあるので同情の余地があるのだけれど、なっつの中で既にこの呼び名は定着しているようなので僕もそれに倣っていた。
当の本人もなっつに何を言っても仕方ないと諦めているのか、毎度否定はするものの全力で訂正にかかる程ではないようだ。

「僕は生徒会室に寄ってから行きますから。また後で。」

「…多分先客がいると思う。迷惑だったら追い出していいからね。」

「弟さんの許可が出たのは大変心強いですけど、まぁもう慣れましたよ。」

そう不敵に笑って未来が廊下の奥へと消えていくのを見送ってから、僕もなっつといつものように教室へと向かった。

「…まふってみらいちゃんと仲いーよな。」

「はぁ?急に何。なっつだって仲いいじゃん。」

「違うんだよ、なんか2人の世界って感じ!大人な空気で入り込めない。」

珍しく真剣な顔で近寄ってくるから何かと思えばそんな事を気にしていたとは。
鈍感ななっつにしては鋭いところをついていると思った。
2人の世界、と言うのはあながち間違っていない。
未来は僕と考え方が似ているから正直話していて楽だし、雰囲気で互いの考えていることがなんとなく伝わったりす
る。だからかは分からないけど、僕のなっつへの気持ちも、未来は直ぐに見抜いて見せたのだ。

「考えすぎじゃない?入ってくればいいじゃん。いつも通り。何も考えずに。」

「何も考えずって、俺だって色々考えてるんだからな!」

「色々って、例えば?」

「…だから、まふが俺以外の友達と楽しそうに話してるの珍しいからなんつーか、嬉しいような寂しいような…そんな複雑な心境なの!」

「へぇ、寂しいんだ。」

こんなことを言われて俺がどんなに喜ぶか分かっていないから、この子は本当に質が悪い。
もしなっつが勘のいい子だったら、そう、例えば未来のように。俺の気持ちなんてとっくに気付いているはずだ。そのくらいには、僕のなっつに対しての執着心は他とは全然違うものだから。

「安心してよ。僕の一番はいつでもなっつだよ。今までも、これからもずっと。」

「…まふ、嬉しいけどそれ誤解を招くから俺以外には言わない方がいいぞ?俺は意味分かるけどな、女友達とかに言ったら多分超誤解される。きゃーってなる。」

「心配しなくてもなっつ以外には言わないよ。」

それは良かった、と安心しながら自分の机に戻っていくなっつ。
嬉しそうに、鼻歌なんか歌いながら。
あんな台詞で喜んでくれるくらいには僕のことを大切に思ってくれているようなので、今はこれで満足しておかなければ罰が当たる。
そう思っているはずなのに、なっつが楽しそうに他の事話しているのを見るだけで嫉妬心が溢れてくるのだからどうしようもない。本当はどうしたいのか、いくら考えても自分の気持ちがよく分からなくて。そんな事がもう何年も続いていた。

しかし、どんな悩みを抱えていようとも、始業のチャイム待ってはくれないもので。
早々に自分の席に着くと、考えを吹っ切るように教科書へと目を落とした。








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