塾のみんな
「燐って雪ちゃんといつも一緒にいるよね。仲良し羨ましいなぁ。」
それは合宿の最中のこと。この一言で、周りにいた塾生たちは凍りついた。それぞれの頭の中で、それは果たして触れていいことなのかどうかと判断をしているのだろう。
「私も兄弟いたらあんな感じだったのかなぁ?」
「あんな、杜山さん、それ本気で言うとるん?」
いたたまれなくなって、志摩がしえみに声をかける。周囲は黙ってそれを見守る姿勢だ。
「うん!…あ、志摩くんも兄弟いっぱいいるよね?やっぱり燐と雪ちゃんみたいに仲が良いの?」
「いや、仲が良いのベクトルが完全に違てるけどなぁ。」
「そうなの?」
「奥村くんとこて、だってあの2人どうみてもデ「うわぁぁぁ!皆まで言わんで下さい!」
子猫丸が割って入って、志摩は漸くは口を閉じた。しえみは心底不思議そうにそれを見ている。
「子猫さん、こういうことはきちんと言わな。」
「知らないままでええことだって世の中には沢山あります!」
子猫丸が懸命に説いているとそこへ突如ガラリ、と扉の開く音がする。渦中の人物2人が遅れて教室に入ってきたのだ。
「皆さんお待たせしました。授業を始めるので席について下さい。」
「ほら、また一緒だよ!いいなぁいいなぁ!」
自分の言った通りだと言わんばかりに、しえみが興奮したように笑みを浮かべる。
「そない言うたらあかんで杜山さん、ほら、奥村くんの首もと見てみ。」
「燐の首?」
「ちょ、ばかやめろ志摩…!」
瞬間、燐は勿論志摩も一緒に青ざめた。あからさまに黒いオーラを放った雪男が、物凄い形相でこっちを見ていることに気付いたから。
「…それ、なんですか奥村くん?」
「ちっちがう!ちがうんだ雪男これには深い深いわけが!」
「え、これ先生がつけたのと違うん?」
しまった話をややこしくしたとその場を逃げようとする志摩の首根っこを、燐はすかさず掴む。
「だいたいお前にだって責任あんだぞ!ちゃんとしつけとけよあいつ!」
理解し難いと言った志摩の横で、燐は半分涙目になっていた。そして燐が先程から教室の隅で大人しく気配を消していた勝呂を指すと、漸く志摩が燐の話に興味を持ち出す。
「坊がどうかしたんか?」
「あいつ夕べ寝ぼけて俺とお前を間違えたんだよ!」
一瞬にして勝呂が全身から冷や汗をかきだしたのを見て、志摩はゆっくりと勝呂の元へ向かった。それからにっこりと笑みを浮かべたと思ったら、ばんっと勢い良く机を叩く。
「坊、一体どういうことか説明してもらいましょうか?」
「ち、違う!そう言うんやない!本当に間違えただけで!」
「それが問題や言うとるんです!いくら寝ぼけてるからって間違えますか!?」
勝呂はどうにも志摩には適わないらしく、気付いたら2人は所謂痴話喧嘩を始めていた。
ザマーミロと思いながらそれを眺める燐は、背後から雪男が近づいてくるのに気付かない。
「奥村くん、ちょっといいですか?」
「…雪男くん、何故怒っていらっしゃる?聞いてただろ?俺完全にただの被害者!」
「そうかな。だいたい昔からスキがありすぎなんだよ兄さんは。」
「え!?俺!?俺悪いの!?」
「悪いよ。僕だけのものっていう自覚をもう少し持ってくれないと。よし、奥村くんは特別に僕と課外授業にしようか。」
「よしじゃねー!授業しろよ変態眼鏡!」
何やらこちらでもぎゃいぎゃいと言い争いが始まり、一部始終を見ていたしえみは感嘆の溜め息をついた。
「志摩くんと勝呂くんも燐と雪ちゃんに負けないくらい仲がいいのねぇ。いいなぁ。」
「坊と志摩さんが…知りたくなかった…知りたくなかった…」
「いいから早く授業始めなさいよ!なんなのこのクラス!本物の馬鹿ばっかりじゃないの!」
子猫丸の悲しみも、出雲の苦労も、それを真摯に受け止めてくれる人など最早このクラスにはどこにもいなかった。
我慢が出来ない!
強引すぎる雪男の束縛に、
涙目で上目使いな兄さんに、
焦った坊の可愛いさに、
ヤキモチ焼きが嬉しくて、
仲良しで羨ましくて仲間に入りたくて、
知りたくなかった驚愕の事実に、
ホモばっかしのクラスに、
…もう我慢できない!!!