私は、天体としての月の満ち欠けに特に思い入れなどはなく、月齢による一日ごとの細かな違いもよくわからないほどに通じていない人間ですが、短歌に興味を持ち、月を、神々しく手の届かなかった愛しい人のメタファーと据えて相聞歌を詠むようになってから、よく天を見上げるようになりました。
気に留めて見てみると、大きく見えたり小さく見えたり(これは目の錯覚のようですが)、切れ味の良い鎌の刃のような三日月、雲のドレスを纏った怪しい月、ヨード卵光の黄身のような色の不気味な月、ミモザ色の優雅な月、蒼く地表に降り注ぐ月影、幻想的に見える月暈、また、その模様のどのあたりがウサギの餅つきにみえるのか、巨大恐怖症のためオペラグラスで観察することは能わぬけれど、折々のその神秘的な姿に心惹かれ愛でています。


歌詠めば 返す月こそ愛しけれ 声きくたびに いと切なくて


(画はイメージです)