ヒデカネ 「バレンタインデート」
日曜日、小さな市民球場の入り口に、手ぶらでぽつんと佇んでいるのはカネキ。
きのう深夜に降った雨は、アスファルトの窪みに小さく水溜まりを作っていたが、見上げた空は澄んだ水色一色だった。
気温もこの時期にしてはかなり暖かく、いいデート日和なのに、カネキの心は弾みきれない。
昨日の電話で、ヒデがたまには一緒に体を動かそうと誘って、晴れたら球場に隣接したアスレチック公園で遊ぶ計画を立てていた。
もし雨だったら向かいにある、開館間もない市立博物館を見学することになっているのだが、アスレチックの遊具は生乾きで、どうするかは微妙なところだ。
どっちでもいい。学生でお金のないものどうし、いつも安上がりのデートだが、ふたりでいられたらそれだけで楽しいのだ。
でも、今日はバレンタインデー。カネキは、ヒデに手作りチョコを渡そうと、ゆうべ遅くまで、失敗しては作り直し、失敗しては作り直しを繰り返して、最後には材料が足りなくなってしまった。
自炊しているものの、お菓子作りは勝手が違うのだ。ヒデは喜んでくれるだろうけれど、失敗作をあげたくはなかった。手作りすると言ってしまったのに……。それでカネキの心は鉛を含んでいたのだ。
小走りにやってきたヒデは、待ち合わせた球場の入り口にカネキの姿を認めると、笑いながら速度を速めた。
「おう、待たせたな。アスレチックいけそうかな?」
「まだ生乾きみたいだよ」
答えるカネキの声は暗い。見れば、向かいの市立博物館にはパラパラと親子やカップルが吸い込まれて行くが、アスレチック公園のあるこちらに向かってくる人はいなかった。
「アスレチックやりたかった? やってやれないこともないんじゃねぇ?」
「……」
「何おまえ、寝てねぇの? 目、充血してんじゃん。具合悪い?」
いつもの笑顔を見せないカネキを心配するヒデ。
「ヒデごめん。頑張ったけどチョコできなかった」
「チョコ? あー、作るって言ってたやつか? それ気にしてんの?」
「うん、作るって言っといてごめん」
俯いてしまったカネキを見て、ヒデはちょっと待っててと言いおいて、20mほど離れたところで店を開けている売店に駆け込んだかと思うと、直ぐに戻ってきた。
「俺はふたりだけのほうがいい。できるもの使って遊ぼうぜ」
そう言うとカネキの腕を掴んで誰もいないアスレチック公園に入っていく。
いくつもある遊具を横目に、ヒデは一番奥にある欅の大木の裏側にカネキを立たせた。
掴んでいたカネキの腕を放すとポケットを探り、売店で買ったチロリチョコを取り出す。
「俺からカネキにプレゼント。あーん」
ヒデは、包みから出した四角いチョコを有無を言わさずカネキの口に放り込んだ。
「噛まないで舐めろよ」
意図がわからず、頷いただけで黙って従うカネキをニコニコと見つめていたヒデだが、暫くしてその顔をおもむろに近づけたかと思うと、
「甘い?」
問いかけながら唇を重ねた。
左腕を欅につくと、カネキの身体も預けさせ、右手で下顎の関節を下げて軽く口を開かせると舌を進入させた。
カネキの吐息が甘ったるい。舌上で溶け残ったチョコを舐め取ったあとも、ヒデの舌はカネキの啌内を執拗に蹂躙した。
互いに甘い息を漏らし、下半身に熱が集まり始めたとき、公園の入り口付近から数名の子供たちのはしゃいだ声が聞こえてきた。
「残念。ここまで。続きは夜な。カネキ味のチョコもらったぜ。ありがとな」
熱冷まそうぜと笑いながら、ヒデは近くにあったターザンごっこができるロープにぶら下がった。
ヒデの優しさに胸を熱くし、遊びにきた子供たちをちょっびり恨めしく感じた自分を恥じながら、カネキもヒデの後に続くのだった。
END