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少年カレードスコープ


外は朝からパラパラと雨が降っており、ベタベタとした不快感が体に纏わり付いて気分が悪い。
纏まらない髪を持て余しながらリビングに足を踏み入れた零は、その光景を目にして整えられた眉を顰めた。

まるでこの空模様を写したかのような陰鬱な雰囲気を余すことなく露にした優姫が、ダイニングテーブルに突っ伏し「あー」だか「うー」だか、よく意味のわからない唸り声をあげている。
何があったのかは何となくわかって、関わらないことを決め込んだ零の姿に気づいた優姫が、がばりと体を起こす。

「あ、おはよう。零くん」

どこか躊躇いがちに、それでも笑みを浮かべて優姫はこちらを見ている。

「……おはよう…」

気まぐれでボソリと挨拶を返せば、優姫が瞳を輝かせ嬉しそうに笑う。
ただの挨拶が、そんなに喜ぶことだろうか。
この家にお世話になることになってまだあまり日は経っていないけれど、それでも目の前の少女と変な男の性格はもうほとんど理解していると零は思う。

開けっ広げの好意。
見返りのない愛情。
家全体に漂う陽気な雰囲気がどうも苦手だった。
気を許してしまえば、自分の身に起こった悲劇や悲惨な過去さえも夢だと思ってしまいそうな温かさ。
それが恐ろしくてあまり関わりたくはないのだけれど、その能天気な振る舞いにどうにも巻き込まれてしまう。

「……えーと、雨って嫌だよね!お外にも出られないしつまらないよね〜」

沈黙に耐えられなかったのか、優姫が半ば無理矢理に話題を振るが、零はちらりと目を遣っただけで何も答えない。

「あ、ごめん…。五月蝿いよね……」

見るからにしょんぼりと肩を落とした優姫に、どうにも零の調子が狂う。
勝手に話し出して、勝手に落ち込んで。
放っておけば良いのだけれど、如何せん元来の性分なのか、そのしょぼくれた姿に声を掛けてしまう。

「……別に五月蝿くは、ない」

冷蔵庫に向かいながら、小さな声で溢した言葉はそれでも優姫の耳に届いたらしい。
背中越しに優姫の嬉しそうな様子が伝わってきて零は視線を泳がせる。

―またやってしまった。
仲良くなるつもりなどないのに、これでは自分から近寄っているようなものだとはわかってはいるのだが、あのしょんぼりとした顔には抗うことが出来ない。
いつもへらへらと笑みを浮かべているから、余計に悲しげな顔が目立つのだろうと思う。


冷えた牛乳をグラスに注ぎ入れテーブルに着くと、優姫はにこにこしながら零を見ていた。

「…………何?」
「ううん、何でもない」

両手で頬杖を付き緩みきった顔で凝視する視線に感じる、居心地の悪さと少しばかりの安心感。
何だか罰が悪く、零はグラスの中から視線を動かすことが出来ない。


「今日は雨だったから、かっ……、ちょっと残念だったんだけど、でも零くんとこうしてお話出来て良かった」

えへへと、笑う優姫。
やはり零の予想は当たっていたようだった。
優姫が悲しげにしている時はいつも"アイツ"が絡む時だというのを、短い間で何度か見た。
"アイツ"の名を出さなかったのは優姫の零に対する配慮、というやつなのだろう。
そんな優しさ、必要ないというのに。


「…ね、零くん。私も少し貰っていいかな?」

俯けていた顔をあげれば、伺うような視線とぶつかる。
断る理由もなく、飲みかけのグラスを差し出せば「ありがとう」と優姫が笑った。

あどけない笑顔。
いつまでも見ていたくなる美しい景色のような、そんな感じ。
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