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香る薫る

*支葵×莉磨



心地好い振動と、心地好い沈黙。
支葵はふあり、と欠伸を噛み殺しながら車窓を眺めた。
次々と景色が流れて行き、どうにも気持ちが悪い。
このまま外を眺めていても面白くなさそうだし、その前に体調も悪くなりそうだな、と視線を前方に戻す。

もう一度、ふありと欠伸が漏れて。

「ねぇ、莉磨」
「……なに?」
「…膝貸して」
「…いいけど」

―仕事までには起きてよね、と莉磨が言うのを聞きながらその膝にころんと頭を乗せる。
…やわらかい。
そのまま瞳を閉じて意識を閉ざそうとした刹那。
ふんわり、何か、香った。

「…莉磨」
「…今度は、何?」

支葵は頭だけをくるりと反転させ、莉磨を見上げる。
下から見上げる機会なんて早々ないし、何だか珍しくてじっと見つめてしまう。
―でも下から見ても莉磨は綺麗だ。

「…支葵…?」
「…あ、ごめん」
「いいけど」
「…何かいいにおいがしたから、莉磨」

莉磨は小首を傾げた。
少し考える素振りしして「別に怪我してないけど」と莉磨が言う。

「…ん。血の匂いじゃなくて…」
「…………?」
「まあ…いいか」

そこで会話は途切れて。
しかし、沈黙なんて二人にとっては別に気まずくもなんともない。

「おやすみ、莉磨」
「おやすみ、支葵」

髪を撫でる小さな手を感じながら、支葵は再び瞼を閉じた。
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ウィーンの空の下〜おまけ



 月森は戸惑っていた。
それはもうどうしようもないほどに戸惑っていた。


シャワーを浴びて、香穂子の作った食事を食べて。
片付けをする香穂子を手伝い、テレビを共に見ながら軽く談笑して。
食事のお礼にとヴァイオリンを弾けば、香穂子も自らのヴァイオリンを取りだし二人で奏でた。

―そこまではいい。
そこまでは良かったのだけれど。

「じゃあ、私もシャワー借りていいかな?」
「…え、あ、ああ」

夜も深くなり、おずおずと香穂子が切り出す。
その顔は明らかに紅潮していて、香穂子もまた、今後の展開を 月森と同様に 意識していることが感じられた。
なんとか冷静を装い返事を返すけれど、どうにも緊張を孕んだ雰囲気が室内に漂う。
妙な間が空いて、香穂子が「じゃあ…」と身支度を整えてシャワー室に向かうと、月森は詰めていた息を吐き出した。


やはり、この環境にどうにも慣れない。

香穂子がシャワーから上がれば、必然的にそろそろ寝ようとなる訳で。
そうとなれば、恋人同士、勿論同じベッドで寝ることになる。
別にそれが嫌な訳ではないし、どちらかといえば嬉しいと思う。

 けれど、それだけで終われないのが男の性というもので。

手を出さないという確固たる自信はない。
しかし勿論月森には未だそのような経験はないし、生憎、避妊具も持ち合わせていない。
まさか香穂子のいないウィーンで使う予定など在るわけもないし(今日は別だけれど)、こんなにも早くこのような機会が来ることも予想していなかったためである。

(……どうしたものか…)

まさか自分がこんなことで悩む日が来ようとは、今朝までの月森ならば思いもしなかっただろう。
それが、何だか滑稽にも思える。


ちらり時計を見れば、もう0時を回ろうとしていた。
気づけば香穂子がシャワーに向かって、30分以上経っていて。
女性の平均入浴時間など知らないが、普通に考えても、もうそろそろ上がってくるだろうことは予測できる。

「……どうにも居たたまれないな…」
―自分の家なのに。

 そんなことを呟いてみたところで、何も事態は変わらないのだけれど。
まあ、何にせよ今日は大人しく寝ることになるだろう。
 いや、絶対に、だ。
まだ自分も香穂子も学生で、もしもの時に責任を取れる立場ではない。
そのことは十分承知しているし、一時の感情に流されて事に及び、傷つくのは他でもない香穂子なのだから。


バサリと、タオルの広げられた音がする。
どうやら香穂子がシャワーを終えたらしく、月森は少し紅潮した頬を押さえながら立ち上がった。
何か飲み物を、と冷蔵庫を開ければ香穂子が買ってきたのだろう、フレッシュジュースが目に止まり一口飲む。
爽やかな甘さが口の中に広がり、月森を潤した。
その甘酸っぱさは、今の胸に込み上げる何かと酷く似ている。

明日の朝の寝不足の自分を想像し、月森は苦く笑ってまた一口ジュースを口に運んだ。
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