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前夜祭


「あ!」

 練習後の帰り道。
 隣を歩いていた香穂子が、嬉々とした声を上げてある店の前で立ち止まった。
釣られ月森もまた立ち止まり、香穂子の視線の先を追う。
きらびやかなショーケースの中には、色とりどりの洋菓子が並んでいた。

「そっか〜!もうすぐハロウィンだもんね。このケーキ凄く可愛い!」

 そう言って香穂子が指差す先には、かぼちゃで作られたモンブランが誇らしげにショーケースの一角を占拠していた。
その隣には、愛らしい幽霊型のクッキーが寄り添うように置かれており、いかにも女性が好きそうな可愛らしい雰囲気がそこにはあった。
その証拠に、ショーケースの前には香穂子の他にも数人の若い女性がおり、皆一様にきらきらとした瞳で商品を眺めている。

「ねえ、月森くん?」
「…………なんだ」

探るような声音。
下からちらりと向けられる香穂子の視線。
正直、嫌な予感しかしない。

「ちょっとだけ、ちょっとだけ寄り道しない?月森くんの分は私が奢るからさ。ね、お願い!この通り!」
「……日野」

ぱん、と音を立てて胸の前で手を合わせると、香穂子は月森に頭を下げる。
案の定の提案に、月森はやや大袈裟に溜め息をついた。
が、そんな月森の態度にめげることなく、眉を下げた笑顔のまま香穂子は一歩も引く様子はない。

「駄目、かな……?」

先程とは打って変わって悲しそうにそう言われれば、月森とて無慈悲に駄目だと言い切ることも出来ず。
結局は月森が折れ、少しだけだからな…と疲れを滲ませた声で言う。

「やったー!本当はここのケーキ、ずっと気になってたんだけど流石に一人じゃ入りずらくて。ありがとう、月森くん!」
「……全く。あまり長居はしないからな。あと、俺はいらないから君だけ食べるといい」
「え!月森くん、食べないの?」
「いや、俺は甘いものはそう得意ではないから」


そう言えば、だったらしょうがないね、と香穂子が申し訳なさそうな顔をする。
けれどすぐに、ここは紅茶も美味しいらしいよ!と満面の笑みを浮かべ笑った。



********************



 ショーケースで販売だけをしているのかと思いきや、その裏手には小さな入り口があり、その中で買った商品を食べることが出来るらしい。
こぢんまりとした店内は、広くはないが、居心地良く感じられた。
一度友人たちと寄ったことがあるらしい香穂子の後に続き、奥の窓際の席に腰を下ろす。

 表で注文していた香穂子のモンブランがテーブルに届くのと入れ替わりに、月森用のダージリンを香穂子が注文した。
彼女曰く、ここの紅茶の中で一番のオススメらしい。

 店内に入ってから、ずっとにこにこと機嫌良さそうにしていた香穂子だったが、念願のモンブランを前にしてより一層瞳をきらきらと輝かせている。
いただきます、と手を合わせ一口頬張ると、幸せそうに瞳を蕩けさせる。

「ん〜、美味しーい!!」

香穂子らしい分かりやすい表情の変化に、月森の頬も自然と緩む。
寄り道などめんどくさくもあったが、こんなちっぽけなことでこれだけ幸せそうな顔をされると、まあたまには寄り道もいいのかもしれない、と思ってしまう。


 二人で放課後練習をするようになってから、彼女とこうして練習以外の時間を共にすることが増えた。
お互いそれなりに気を許せる仲になったということなのか、香穂子もこうして月森を用事に付き合わせるようになった。
以前ならば、無言で月森が一睨みすれば諦めていた彼女も、もう慣れたらしくその程度では屈しない。
月森もまた、彼女をコンサートに誘うようになったし、嫌な顔をしながらも彼女の用事に付き合う頻度が増えている。
特に最近は、完全に彼女のペースだ。
けれど、それを心底嫌がっている訳でもなく、結局はまあいいか、と受け入れてしまう自分の変化が不思議でもある。


「あ、そうだ!月森くんも一口食べて見る?すっごく美味しいんだよ!」
「いや、俺は……」

「はい」

 突然の提案に戸惑う月森を他所に、香穂子は嬉しそうにケーキを一口分乗せたフォークを月森に差し出した。
躊躇いのない笑顔を浮かべる彼女は、この行動が第三者から見ればどう見えるか、など全く気にしていないようだ。
そう言えば、つい最近同じようなことがあったと思い出す。
あの時はケーキではなくたこ焼きで側には土浦と加地がいたし、冷静な土浦の突っ込みにより、事なきを得たのだけれど。

 そのまま月森は三秒程固まって、けれど結局は香穂子の邪気のない笑顔に負けて、控え目に口を開いた。
あーん、と香穂子がフォークを月森の口に運ぶ。
言い様のない気恥ずかしさを感じつつも、意識している様子のない彼女の手前、自分だけ動揺するのも何だか悔しい。
赤くなった頬を誤魔化すように、顔は自然と不機嫌を装う。
どう?とにっこり笑う香穂子から視線を逸らしつつ、ただ一言、甘すぎる、と答えた。



 どこか居心地の悪い思いをしている月森を救うように、丁度良いタイミングで店員が紅茶を持ちやって来る。

「お待たせ致しました。ダージリンでございます」

「ありがとうございます」
礼と共に受け取って、早速一口含むと口の中の甘さがすっと喉奥に流され消えた。
ほっ、と一息ついた月森の前で、香穂子は嬉しそうに店員の女性に話し掛ける。

「このケーキ、とっても美味しいです!」
「まあ、ありがとうございます。」

にこりと穏やかに笑った女性は、そっとポケットから何かを取りだし、香穂子の掌に乗せる。

「え、これ…?」

 可愛らしくラッピングされた袋の中には、表にあった幽霊のクッキーが数枚と、ハート型のクッキーが二枚入っている。
注文した覚えのない商品に香穂子が不思議そうに首を傾げると、女性は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。

「この時期だけ、ご来店下さったお客様に無料でお渡ししているんです。仲良しの可愛らしいカップルには、ハートをおまけ、ね」

女性の『カップル』という単語に、香穂子の顔が真っ赤に染まる。

「カップルなんてそんなっ!!」

 慌てて否定する香穂子と頬を染め眉間に皺を寄せた月森を交互に見遣り、女性は微笑ましげに瞳を細め、失礼しますと去っていく。

 残された二人の間には、案の定、気まずい空気が横たわる。
目の前の香穂子といえば、あれほど美味しい美味しいと言っていたモンブランに手をつけることなく、真っ赤な顔で俯いてしまっていた。
ようやく先程の自分の失態に気がついたらしい。
動揺を隠せずにいる香穂子のその表情に、月森の溜飲が少しだけ下がる。


「か、か、帰ろっか!月森くん」
「ああ」

上擦った声で席を立つ香穂子に続いて、月森も席を立つ。
夕日より赤い顔をした香穂子見て、胸になんとも言えない気持ちが広がった。


気恥ずかしいし、居心地の悪さを感じたりもするけれど。

今の月森は、既にもう、こんな時間も嫌いではない。

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夏日

*斎千




「お疲れさまです、斎藤さん」
「ああ、雪村か」

巡察から戻った斎藤の元に小走りで駆け寄った千鶴が、そっと濡れた手拭いを差し出す。

「はい、どうぞ。今日は暑いですからこれで汗を拭いてください」
「ああ、すまない。有り難く使わせて貰う」

表情を緩めて礼を言えば、千鶴も嬉しそうにニコリと笑った。
普段からあまり顔色を変えない斎藤も、暑いものはやはり人並みに暑いと感じている。ただ表情に出にくいだけだ。
今日は真夏日だったからか、普段の倍近く汗をかいていているため、今回のような千鶴の気遣いは有難い。

汗の滲む額を拭えばよく冷えた手拭いが思いの外気持ち良く、火照った顔を冷ましてゆく。

「……気持ち良いな」

無意識に呟いた斎藤の言葉に、お役に立てて嬉しいですと千鶴が微笑む。
ちらりと千鶴を見れば、彼女も屯所で動き回っていたのだろう、こめかみから汗が滲んでいた。
自分のことより他人を優先出来る所は千鶴の長所だけれど、そのお人好しさが逆に少し心配だと斎藤は思う。

「あんたは大丈夫なのか?」
「え、何がですか?」

こてんと首を傾げる千鶴は全く何を言われているかわからないようだ。
首を傾げた拍子に汗がたらりと千鶴の首筋を伝い落ちていく。

千鶴は自分が鬼であるという事実を過信し過ぎている節があり、人よりかなり無理をする。
鬼はただ治癒力が高いというだけであり、無茶をすれば倒れることもあるというのに。

斎藤は自分の額に当てていた手拭いをもう一度畳み直して、冷たい面を上にすると汗の流れる千鶴の頬にそっと当てる。
千鶴はひやりとした感覚に一瞬びくりと肩を震わせたものの、すぐに肩の力を抜くと気持ち良さそうに瞳を細めた。

「冷たくて、とても気持ちいいですね」
「あんたは働きすぎだ。少し休んだほうがいい。こんなに汗をかいて……」

そう言って千鶴の汗の流れる頬から首筋に手を滑らせた、瞬間。


ひゃん!

この場にそぐわない、妙に甲高い声が千鶴の唇から漏れた。
不意討ちに瞳を見開いた斎藤の前で、千鶴が慌てて口を両手で押さえるがもう遅い。
羞恥で顔を真っ赤に染める千鶴に釣られるように、斎藤の頬にも熱が集まる。
一気に体温が上昇した。

「あ、すまな…」
「す、すみません!!!!」

斎藤が慌てて手を引っ込め謝ろうとするより先に、真っ赤になった千鶴が踵を返し逃げるように走り去る。

変な下心はなかったとは言え、俺は嫁入り前の女子に何てことをしてしまったのだ……。
斎藤は一人、赤い顔のまま固まったように動かず、自らの思考の波に沈む。

早く雪村を見つけて謝らねば。いや、しかしもう俺の顔など見たくないかもしれない。
いや、だがやはり……。





その後、たまたま通りかかった平助が動く気配のない斎藤の名を、根気強く呼び続け。
半刻程してようやく意識を取り戻した斎藤が、慌てて千鶴を追いかけ始めるのだが、それはまた別の話。
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鬼にもなれば仏にもなる




月明かりが差し込む部屋の中、千鶴は敷かれた布団の上で膝を抱え身を縮こませる。
どうして、どうして父様。何故あんな物を作ってしまったの。
心の中で何度も繰り返すその問いに答えなど返ってくる筈もなく。
堂々巡りの問い掛けだけが、千鶴の頭を支配する。


人を鬼に作り替えてしまう妙薬、変若水。そして新政府軍に存在する大勢の羅刹隊を産み出したのは、千鶴の父、綱道だった。
裏切られたと思うのは、何だかかんだとありながらも心の奥底ではまさか父がそんなことをするはずがないと信じていたからだろうか。
しかし、今その淡い期待も打ち砕かれた。

千鶴を守り支えてくれた新撰組の力になりたいと千鶴は思う。
けれどその新撰組の進む道を阻むのは、最愛の自分の父親なのだという事実が千鶴の心を深く抉る。


信じられない。信じたくない。
けれど、それが、事実。

先程からじわりじわりと浮かんでいた涙がついに溢れ、ぼろぼろと熱い滴が頬を伝う。
漏れそうになる嗚咽を堪えるため強く唇を引き結んだ。より膝を抱え込み、強く強く頭を膝に埋める。


泣いたって何も変わらないのに。泣くな、馬鹿。


そう自分を叱咤するけれど、涙も嗚咽も止まってはくれない。
自分の非力さと皆への申し訳なさ、父親への怒りと愛しさ、それらの感情がごちゃごちゃになって波のように心に押し寄せた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
誰に言うでもなく、心の中で何度も繰り返す。
時折引き結ばれた唇から漏れる、小さな嗚咽混じりの吐息だけが千鶴の聴覚に響いた。


ぎしり。
細やかな夜風が葉を揺らす音と千鶴の嗚咽に混じって、小さな踏み鳴らす音が鼓膜に届く。
その音は段々と大きくなり、千鶴の部屋の前で止まった。
一拍置いて、千鶴、と名を呼ぶ声がする。
無骨で厳しくて、それでいて深みのある声。

「土方さん……?」
「……入るぞ」

言うやいなや、ガラリと障子戸が開かれ月明かりに照らされた土方の姿が目に映る。
一瞬、その端正な顔立ちに瞳を奪われ、けれど今の自分の悲惨な顔を思いだし慌てて姿勢を正して顔を伏せた。

「な、何か御用でしょうか?」

上擦る声を誤魔化し、平静を装いつつ声を紡ぐ。
落とした目線の先、無意識にぎゅっと寝間着を握り締めた自分の両手が見えた。
続く沈黙。顔を伏せていても感じる、土方の鋭い視線に益々頭が下がる。

「……ったく」

先にその沈黙を破ったのは、土方の投げやりなようで柔らかな含みを持つ呟きだった。
土方は布団の上できちっと正座する千鶴の前に腰を下ろすと、右手を伸ばし千鶴の顎を捉える。
くいと持ち上げるその力に抗える筈もなく、あっけなく土方の前に千鶴の涙の残る顔が晒された。

「あ、あの」

何か言わねばと思うけれど、結局何も言えずに押し黙る。
間近で見る土方は不機嫌な顔をしていたけれど、すぐに困ったような顔で苦笑を浮かべた。

「餓鬼がこんな時間に、一人で泣いてんじゃねーよ」

そう言って、千鶴の瞳に残る涙を指の腹で拭う。
ぞんざいな口調とは裏腹に、その手つきはどこまでも優しい。

「泣いてたって何も変わらねぇだろうが。………お前は何の責任を感じる必要もねぇ。だからもう泣くな」

そう言って、大きな手が千鶴の頭をぽんぽんと叩く。もう何もかも土方にはお見通しのようだ。
いつもの鬼副長のものではない優しい眼差しが千鶴を見つめる。
引いた筈の涙がまたじわりと目尻に滲むと、土方は再度困ったように笑った。

「まあ、どうしても泣きたい時には美味い茶持って俺のとこに来い。愚痴くらいは聞いてやるよ」

はい、と言おうとした千鶴の口から漏れたのは意味もない嗚咽ばかりで、せっかく土方に拭ってもらった頬がまた涙で濡れていく。
あやすように背を撫でる大きな手が嬉しくて、千鶴はそっと土方の胸に寄り添った。

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楽園

 真っ白な空間の中で。
何度も、何度も。ただひたすらに、名前を呼ばれる。苦し気に、いとおしそうに呼ばれる、自分の名前。

「優姫」
「なに?」
「優姫」
「どうしたの?」
「優姫」
「ん?」
「優姫」
「なあに?」
「優姫……!」
「……ん、零」

目の前の銀髪の青年は、ただひたすらに優姫の名前を呼び続けた。
手を差し伸ばすこともせず、今にも泣いてしまいそうな張り詰めた表情で。ただ唇だけを必死に動かし、此方を見つめている。
いっそ泣いてくれればいいのに、と優姫は思う。幼い頃から零は一度だって、優姫の前で泣くことはなかった。どんなに辛くても、生きることに絶望しても、絶対に。涙を流すことはなかった。
泣いてくれれば、いいのに。思いも悲しみも憎しみも全て、吐き出してくれれば受け止めてみせるのに。
そう何度も思ったけれど、結局未だに一度もそんな零を見たことなどない。


「優姫」
「…どうしたの?」

何度繰り返したのかわからないやり取り。さっきから何度もこの調子だ。
きっと、これは夢なのだと思う。その証拠に、今の優姫の髪は短く、着ているものも懐かしい、あの学園の制服だった。


「優姫」
「ん、聞こえてるよ」
「優姫」
「ん、零」

先ほどから飽きることなく、零は優姫の名を呼ぶ。呼び続けている。
何度も、何度も。縋るように、求めるように。来て欲しいとねだるように。

「優姫」
「ん、」

幾度となく繰り返される呼び掛けに答えるように、優姫は零の胸に寄り添った。胸に頬を擦り寄せれば、零の腕が呼応するように動き優しく優姫の体を抱き締める。夢だけれど、触れた体は記憶の通り、暖かかった。

夢ならば、このまま覚めなければいいのに。
優姫は零の腕の中、悲しげに目を細め笑う。
こんなに名前を呼ばれて。こんなに優しく抱き締められて。零には自分が必要なのだ、と幾度となく求められる。それは、なんて素敵な夢なのか。
夢は願望の現れというけれど、ならばこれは優姫の生み出した願いの欠片。縋りついているのは、紛れもなく自分のほうなのだから。




どれほどそうしていたのか。零の抱き締める腕の力が緩み優姫が顔を上げると、こつんと額がぶつかる。
さらさら、と零の長めの前髪が優姫の頬を擽った。
懐かしい匂いを感じながら、優姫は少し伸びをする。意図を察してくれたのか、零が少し背を屈め難なく唇に触れることが出来た。

軽い音と共に離れる唇。零は何も言わない。だから。

「もう一回」
ねだるように首に腕を回せば、降りてくる優しい口付け。
「もう一回」
「もう一回」
何度も、何度も。
「もっと」
「沢山、」
「零、お願い」
「もっと……」

ねだればねだるだけ、与えられる口付け。浅く、時には深く。優姫の願う通りに。

「ねぇ、零。私のこと、好き……?」
「ああ、好きだ」


間髪入れずに返って来た答えは、確かに零の声だけれど。それは優姫が望む答えだけれど。

「……零は、きっと、そんなこと言わない」

ポロリと、優姫の瞳から涙が零れ落ちた。
優しい、優しすぎる夢。だからこそ、悲しすぎる、夢。
本当にどうしようもない、現実逃避だとわかってはいるけれど。
それでもまだ、厳しすぎる現実から逃げ続ける、楽園の夢を。
どうか。
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零が暴走して優姫と一線越えちゃう話4



閉じていた瞳を開けば、目の前の零はぽかんと、酷く間抜けな顔をしていた。
何が起きたんだといった様子で瞳を見開いたまま固まっている零がおかしくて、優姫は口元だけで笑う。
いつもはきつく寄せられた眉も今は驚きで皺も伸びていて、どこか幼い印象を与えた。
いつもこうならいいのにと思って、けれど言ったところで何の効果もないのだからとその言葉を心にしまう。

今こうして、改めて正面から零を見つめれば、幼なじみ以上の親愛が胸に湧いた。
きゅん、と胸の奥を突き刺す甘い衝動。
それをきっと、恋と呼び、愛と慕う。
離れていただけで身を切る程切なくなって、でも触れ合えばすぐに、何もかもが満たされる。

どうしようもなく好きだ、と今更知った。



「お、前………」
「うん」
「は……………………?何して」
「何って………仕返し?」

べーっと、優姫は舌を出して笑う。
零は一瞬絶句して、はぁーと盛大な溜め息をついた。
右手で顔を隠すように優姫から視線を逸らすが、指の隙間からほんのりと赤く染まった目元が見える。

「仕返しって、お前、馬鹿か。ってか馬鹿だ」
「馬鹿じゃないよ!」
「馬鹿だ、大馬鹿。自分が何したかわかって…」
「わかってるよ」

零が言い終わらぬ内に、優姫がきっぱりと言った。

「ちゃんと、わかってるよ。わかってて、キスしたの。零だから、したの。」

そこまで言って、優姫も恥ずかしくなってきたらしく頬を淡く染めた。

「この前のは、その。びっくりしたし、怖かった、けど……でも。別に嫌だった訳じゃないし……だから……」

その、と。
言い淀みながらもちらりと視線を向けてくる優姫に、零はまたぴきりと固まった。
自然と、いつものように眉間に皺が寄る。
言葉が、出ない。
あまりの急展開に正直頭がついていかない。
ちらちらと伺ってくる優姫の視線に耐えられず、零は脱力したように優姫の肩に額を預けた。

「俺は夢でも見てるのか……」

ぼそりと呟いた言葉は誰に向けたものでもない。
けれど。

「なにそれ…」

その呟きを拾った優姫はふふふ、と柔らかく笑んだ。
優姫の細い指が零の癖のない髪を撫でる。
息を吸い込めば、久しぶりに優姫の匂いがした。
甘えるように優姫の首に唇を寄せれば、くすぐったいよと優姫が笑う。


結局、一人で暴走した挙げ句、優姫から離れ。
それでも優姫から離れることなんてとうとう出来ず。
こうして、最後には連れ戻される自分の不甲斐なさに苦笑を溢して。
こんなところ、絶対理事長や学園関係者には見せられないなと溜め息をつく。
甘やかしているつもりで、いつのまにか甘やかされているのはいつも零だった。
きっと、これからも。


「優姫」
「ん?」
「この間は、ごめん」
「うん」
「あと……」
「ん?」

素直に顔を上げ此方を見つめる優姫の頬に手を滑らせて。
瞳を合わせれば、零の意図に気づいた優姫が目元をぽっと染め上げる。
少しうろうろとさ迷った瞳は、また零の視線とぶつかり、優姫はおずおずとそのまま瞼を閉じる。
ふっ、と。
零は久しぶりに笑みを溢した。

触れる柔らかな感触。
三度目のキスだった。






*これにて終了です。
続きを読む、にて後書き的な物を…(笑)
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