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終わりと始まり

*零と壱縷



 そこは完全なる暗闇だった。
それこそ、この世とは思えない程で、光源など一つもなく、何も見ることが出来ない。

(…ここは、どこだ?)

零は暗闇に手を伸ばす。
しかし何も掴むことが出来ず、両手は虚しく空を切った。

(…何なんだ一体?)

どうやら暗闇の中ででも、自分の体だけは見えるらしい。
目の前に翳した両手はいつもと何ら変わりなく、不可思議な状況に置かれつつも零はほんの少し安堵した。

―果てしなく無音の世界。

…あまり長くいれば気が狂いそうだな、と他人事のように楽観視していれば。
かさり、と背後から本当に小さな衣擦れの音がして。
零は慌てて振り返る。
そして 目を見張った。

「やっほー…零」
「………壱、縷…?」


 どうして。
 何故。
次々と浮かぶ疑問も言葉に出来ず、呆けたように零は目の前の壱縷を見つめ続ける。


「…久し振り零。会いに来たよ」
「……会いに…?」
「そ。ここは零の夢の中。 …気づかなかった…?」

 夢の中…?
あまり現実的じゃないな、と思いつつ、ああでもこれが夢なら現実的なわけないか、ととりとめのない思考で思う。

「信じてないだろ?」

壱縷がくすり、と笑う。
仕草もその表情もやはり零のよく知るもので、どうやら本当に目の前の青年は壱縷のようだった。

「ほら、俺たちさ 一つになっただろ?だからさ、こうやって零の無意識の内は、俺も零にコンタクト取れるみたい。ま、夢の中だけだけど」

―双子の神秘?と皮肉げに壱縷は笑う。
零は何と返せばいいか分からずに顔を歪めた。

「……どうしてそんな顔するのさ?零」

記憶と変わらない様子で静かに問いかける壱縷に、零の中で燻り続けていた罪悪感が溢れる。
仕方なかったと割りきったつもりだったけれど、その実何も消化出来ていなかった、あの、出来事。

「………一つになった?…そんなんじゃないだろ…?」

零は苦し気に言葉を絞り出す。
 喉が、胸が。
焼け焦げるように痛い。


「……………俺はっ……お前を……っ!」


―喰ったんだっ!

そう叫ぼうとした瞬間 いつの間にやら 一瞬で距離を縮めた壱縷に、零は思いきり抱きつかれた。

「…馬鹿だなー零は…」

ポンポンと零の背を叩きながら、ホントお人好し、と壱縷は笑う。
叫ぼうとしていた言葉は吐き出されることはなく、しかし壱縷には全て分かっているようだった。

「…あれは同意の上なんだし……これで良かったんだよ、零。
…どうせ俺はあのまま死ぬはずだったんだ。でもこうしてまた、零に会えてるのも…あの時俺達が一つになれたからだろ?」

だからさ、みっともない顔しないでよ。同じ顔でさ。

そう言う壱縷の表情は見えないけれど、皮肉げな言葉に似合わない、ずっと優しい声で壱縷は囁く。
零は壱縷の肩口に頭を押し付けながら、その言葉に静かに耳を傾けていた。


(まるで昔に戻ったみたいだな…)
零はふと思い出す。

父親も母親も生きていた頃。
心配性で、壱縷のことばかり世話を焼いて己を疎かにしていた零を、誰よりも心配していたのが壱縷だった。
零が落ち込む壱縷を慰めることも多かったけれど、その逆もまた然り。

二人支え合い生きてきた、確かな記憶が頭を過る。


「…だから、いつまでもうだうだ…つまんないことで悩むなよな」

最後にそう言って零から体を離した壱縷が、やれやれと多少大袈裟に肩をすくめる。

(…相変わらず、素直じゃないやつ)

零は心の中だけで呟いた。
きっと壱縷も零のことを心配してくれているのだろう。
壱縷は零のことをお人好しだと言ったけれど、零にしてみれば壱縷だってそうだ。
死してなお、わざわざ敵だった兄を慰めに来るなんて……お人好しにも程がある。



「…ありがとう、壱縷」
「……別に」

照れたのか、ふいとそっぽをむいてしまった壱縷に、零は堪らず笑みを溢した。

◇◇◇◇



―バリバリ、と凄まじい音が響いたかと思うと、突然、暗闇が揺らぎだし、一面に目映い光が差し込み始めた。
それと同時に壱縷の姿も薄れていく。

「壱縷っ!?」
「あーあ、零の起きる時間が来たみたい。もう少し、零に文句でも言ってやりたかったんだけどね」

少しづつ、壱縷が光に侵食されていく。
足が消え、腕が消え、もう今にも全体が飲み込まれてしまいそうだった。

「また会えるのかっ!?」

語尾が震えた情けない零の声に、壱縷は今までで一番優しい笑みを浮かべる。


「…会えるも何も。 俺達はいつも一緒だよ。…言っただろ?一つになったって。」
「………」
「だからいつだって俺は、零の中にいる。安心してよ、零を1人で楽になんかさせてやらないからさ」

じゃあまたね、零。
光が全てを覆い尽くす瞬間まで、壱縷は淡く笑みを浮かべたままだった。
見渡す限り光しかない世界に零は一人佇む。
だんだんと遠くなるような、浮上するかのような意識を感じながら、零は壱縷を思い出していた。

壱縷の浮かべた優しい笑み。
双子ならば零も浮かべることが出来るのだろうか?

(…いや、あの顔は俺には出来ないだろうな)

零は、微かに 笑う。

(俺にはこのくらいが丁度良いだろ?…壱縷?)

きっと壱縷は零の分まで笑顔でいてくれている。
だから零は壱縷の分まで仏頂面なのだ。

 二人で一つなのだから。


そして、唐突に夢は終わった。

ぼんやりとした意識の中、これからそっと瞳を開けて、始まるのはきっと。
零と壱縷。
二人分の世界。
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