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華麗なるコルダ家の人々(登校編)



麗らかな早朝。
通学路には同じ制服を着た人間が溢れかえっている。
まあ登校時間だから込み入るのは仕方がないのだか、その中でも妙に目立つ一団が一つ。

そう

言わずもがな俺の兄弟達である。



+++++++++++



せめて登校中だけでも落ち着いて過ごしたいと渇望している俺を嘲笑うかのように、俺達の周りには餌に群がる蟻のような見事な人だかりが形成されていた。

「葵くーん!」
「きゃー!こっち向いて〜」

その集団の目的は、俺の隣で夏風より爽やかな笑顔を浮かべどこぞのアイドルのように手を降り返している葵である。
よくやるな、お前も。

「呼ばれてるんだから答えないと駄目じゃない?」

…そういう問題か?

「ほら、梁太郎兄さんも手を降ってあげなよ。スマイルスマイル!」

お前は俺がそんな芸当、出来ると思ってるのか?

「うーん…無理だろうね」

そう言った葵は、今日一番のスマイルを浮かべていた。…腹黒め。




何一ついつもと変わらない景色をダラダラと歩いているうちにそろそろ学校へ着きそうだ。
葵の隣を歩いていることで必然的に俺も熱心な葵のファンに囲まれているのだが、人だかりの隙間から見える後方に蓮と香穂子がゆっくりと此方に向かって来ているのが見える。
これもいつものこと。


そんなに嫌なら一人で来ればいいじゃないかと思うだろうが…甘いな。

そんなこと当の昔に試したさ。
その後、葵がファンの女子達に「兄さんとケンカしちゃったんだ…」とかなんとか、持ち前の演技力を使って信じ込ませやがった。その後どうなったか…分かるだろう?
休み時間の度に女子数人が「葵くんのこと許してあげて下さい!!」って頭下げにきやがる。
あれはもうこりごりだ。


葵と来る過程で落ち着くことができないなら、蓮と香穂子と一緒に来ればいいとも思うだろうが、それは一番危険なパターンだ。
登校中はまだいい。
だが学校に近づくと。

アレが始まっちまう。


「…蓮、行っちゃうの?」
「香穂子…許してくれ」

ほーらきた。

「寂しいよ、蓮」
「俺もとても寂しい」
「…だったら!」
「だが、俺も君も行かねばならないだろう?」


…付き合ってられねぇ。

毎度毎度飽きずに繰り返すこいつらを俺と葵でどーにか離して教室まで連れて行くんだが、それもまた一苦労。



こうして俺は毎日、授業が始まる前から机に突っ伏している。


一日はこれから始まるってのに。
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午後6時


「…頑張りたいって思うことは、間違いなのかな」



思わず漏れた言葉は本音。

きっと弱気になっているのだ、自分は。
演奏に対する批判や、自らの人格についての陰口には慣れていたつもりだったのだけれど、何故だかぽろっとこぼれてしまった。

確かに自分のしていることは破天荒だろう。
今まで音楽に深く関わったことなど無かった自分には何もかも分からないことだらけで、でもそれを理由にしてはならないと自分なりに精一杯練習をしてきたつもりだ これでも。


そう、自分には努力することしかできない。
けれどそれまで否定されるのは…やるせない。



先程から空はどんより暗く、力を増す雨が練習室の窓を強く打ち付けていた。
きっとこんな天気だから精神的に参ってしまったのだろう。

先程ふいに質問を投げ掛けた相手は何も言わずじっと此方を見ていた。それもそうだ。
演奏が終わった直後に突然意味の分からない質問を投げ掛けられれば、誰だって彼と同じ反応をするだろうから。

「ごめん、何でもないの」

笑うことは簡単。
装うのは簡単。
弱さなんて、いらない。




「…そんな事はない、絶対に。」

暫く間をおかれて発っせられた声は酷く胸に響き。
それはありふれた言葉の羅列を超越し不可侵な領域にまで辿り着くと、強張った心を溶かしていく。
太陽みたいに。

「頑張ろう」

きっと彼には何もかも分かっているのだろう。
その上で頑張ろうと言ってくれた。頑張れ、ではなく。

優しい肯定。

「…ありがとう、月森くん」

これからも自分に対する批判は数多とあるだろうけれど、今なら頑張れそうな気がした。

そんな午後6時。
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華麗なるコルダ家の人々(登校直前編)




一連の出来事のせいで朝食すら食べることもできなかった俺は今、愛くるしくもあり唯一家族の中で大人しい赤ん坊 桂一に朝食を食べさせていた。

自分は食べる事は叶わなくとも、桂一にだけは食べさせてやらなければ。

そんな俺を知ってか知らずか、さっさと自分の支度を終わらせた葵が「お先に〜」と玄関へ向かう。

…手伝えよ!!


「あれ!?俺靴下どこやったっけ!?」
「…箪笥の一番右下!」
「教科書がないよ
「…テレビの上!!」


和樹兄はかなりそそっかしい。
自分で置いた場所くらい、覚えていられないのか?

「ごめんごめん、いつもありがとな梁太郎!」
「……………いや」

毎度のことだからこそ、文句の一つでも言ってやろうかとも思ったけれど、こんな輝くような笑みを向けられれば何も言えない。


「じゃあ和樹兄、桂一頼むな」
「おう!任しとけ」

家族全員が家に居なくなる為、流石に桂一を置いて行くわけにはいかず、保育園に預かってもらっている。
保育園に桂一を連れて行くのは、和樹兄の役目だ。


「梁ちゃーん、置いてっちゃうよ?」

いつの間に支度したのか、玄関先には葵と笙子の他に、制服を着た蓮と香穂子が待っている。

置いて行くって…お前達を起こしてやったのは俺だろっ!
…なんて。
言ったって栓ないことなので言わない。
どうせ言い返されるのが落ちさ。
俺だって馬鹿じゃない。


「今行くっ」

簡潔に返事を返し玄関まで走るが、狭い廊下が行く手を阻む。
部活用のバックが引っ掛かり上手く走ることができない。

どうしてこの家の廊下はこうも狭いんだ。
もっと身体の大きい奴のことも考慮して建築してもらいたいね。


「梁ちゃんまだー?」

再度かかる呼び声は香穂。
人の気も知らないで。

「…ったく」
―忙しい事この上ない。

俺は身体中をあちこちにぶつけながら何とか玄関までたどり着くと、いつもとなんら変わらない光景を何故か少しだけ愛しく思った。

…なーんてな。


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華麗なるコルダ家の人々(起床編)




我が家での一日の始まりは、酷く騒々しい。


「おはようございます」

始めに台所に現れたのは黒いセーラー服を身に纏った六女・笙子。

「今日の朝ごはんは何ですか?」

笙子の後に続いて現れたのは、朝早いにも関わらず爽やかな笑顔を浮かべた四男・葵だった。

「見ればわかるだろ」

俺はどこか投げやりに答えながら、身に付けていたエプロンを外す。
葵が「似合うと思うよ」と言って買ってきたエプロンは、オフホワイトで明らかに女性用。
着るつもりなど無かったけれど、香穂子が梁ちゃん可愛い などとはしゃぐものだから仕方無く着てやっている。

「…あれ、香穂さんは?」
「そういや遅いな…。蓮と和樹兄も起きなきゃ不味いんじゃないか?」

長男の梓馬兄は俺が起きるより前に仕事の為、家を出ている。
しかし和樹兄は、確か1限から大学の授業があると言っていたはずだ。
和樹兄は…まあいつものことながら寝坊だろう。
蓮も蓮で、とてつもなく寝起きが悪いから、こちらも100%寝坊だ。


「………はあ」

こんなことがほとんど毎日続くのだから、ため息も吐きたくなる。
別に朝食を作るくらい構わないが、もう小学生ではないのだし自分の力で起きて欲しいものだ。

「葵、和樹兄を起こして来てくれ!
笙子は香穂と桂一を頼む」

はーいと、二人が別々に台所を出ていった所で俺は蓮の寝室へ向かう。
突き当たりの奥の白い扉を開けば、同じ白を基調とした整然とした室内。

「おい蓮、起きろ!」

中にずかずか入るのは躊躇われて部屋の外側から呼び掛けてみるものの、全く起きる気配がない。
しょうがなく足を踏み入れてベッドに寄れば、一人にしては明らかに不自然な膨らみがあって、瞬間嫌な予感が背中を走る。

「…まさかっ!?」

がばっと思いきりシーツを剥がし取れば。
正しく…予感的中。

熟睡している蓮の背に抱き着くように 蓮の双子の妹 香穂子が気持ち良さそうに眠っていた。

「…な、な、なっ…!」

怒りにわなわなと震える俺の前で、ようやく香穂子の瞼が開く。
猫のように暫く目を擦っていたが、俺に気づくとにんまり笑顔を浮かべ笑った。

「…あ、梁ちゃん。おはよ〜」

少々ぼさりと乱れた髪型だったり、開ききっていない瞼であったり。
こんな状況でなければ、可愛らしいと目を細め見守ってやれたのだけれど。

…生憎今はそんな状態ではないし、そんな気分でもない。


「おはよう…じゃないっ!!どうしてお前がここで寝てるんだ!?」

いくら双子だからといえ、もう二人は高校生だ。
兄妹だけれど いや、兄妹だからこそこれは不味いだろう?
朝から必死に訴える俺に、香穂子も負けじと言い返す。

「いいじゃない!私と蓮は一つなの。離れるなんて嫌っ!!」

白熱した言い合いに流石の蓮も目が覚めたらしい。
その瞳はぼーっとしているけれど、とりあえず体だけは起こしている。

「あ、おはよう蓮!」

香穂子は、俺が言った側から蓮の首に腕を回してぎゅうと抱き着き。
まだ完全に覚醒していない蓮も されるがまま。
この感じを見る限り、香穂子が蓮の部屋に忍び込んだのだろうことは想像に難くない。

「…い、いい加減に「もうみんなっ!早くしないと遅刻するよ!」

和樹兄と桂一を起こし、朝食も食べたらしい葵が話を遮り、また俺の血管がプツリと来たけれど 時間をみれば、確かにギリギリの時間。

…もう朝食を食べる時間はなさそうだ。

朝早く起きて作るだけ作った挙げ句、食べられないなんてどれだけ自分はみじめなのか。



ばたばたと廊下を駆け回る兄弟達の中、俺はがっくりと肩を落とした。
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悪戯

迂闊だった。

「だーれだ?」
急に視界が暗くなり、それと同時に後方から聞こえる楽しげな声。

温かな体温。
甘やかな香り。
姿を見ずともわかる。

「俺がわからないとでも?」
挑戦的に返せば ふふ、と笑う声がして けれどその手は緩められぬまま、月森の視界を遮り続ける。


「本当にわかってる?」
「勿論」
「本当に本当に、本当?」
「本当に本当に、本当だ」

つまらない戯言。
それ以上に甘い睦言。



「香穂子」

「えへへ」
満足したのかしなやかな指先が瞳から離れ、視界を光が埋め尽くす。
振り返る先には笑みを浮かべた香穂子。

刹那、月森は痩せた腕を引き寄せた。
ぴったりと、示し合わせたかのように隙間なく収まる身体。

「まったく、君は…いきなり何をするかと思ったら…」

「怒った?」

じゃれあうように寄り添い、笑い混じりに囁き交わす言葉だけが室内に響く。




「いや、可愛い」



悪戯
(癖になりそう)
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