静まりかえった部屋に、かりかりとひたすらに鉛筆を走らせる音だけが響く。
小さな手が何度も課題のプリントの上を行き交うのを、頬杖をつきぼんやりと見つめていた時。
ふいにごくりと喉がなった。
渇きの音。
目の前の白く小さな手は柔らかく、とんでもなく細い。
触れれば折れてしまいそうな程のその指を、ゆっくりと指の腹でなぞる。
びくりと優姫が肩を震わせ、持っていた鉛筆を落とした。
「ぜろ…?」
「……」
ひたすらにひたすらに触れる。
柔らかい指先は温かく滑らかで、零の思考を麻痺させるには十分だった。
ついにそれだけでは物足りなくて優姫の右手を両手で掴み、その掌もなぞっていく。
「…あ」
くすぐったいのか、与えられる弱い刺激に戸惑うように優姫が小さな唇から声を漏らす。
心なしか頬は赤みを帯び、吐息は震えていた。
それが酷く心地好い。
「…やめて、…零?」
溜め息のように訴えかける優姫の声も、何故か零には真意ではないように思えた。
だから、止めない。
爪先から皺の一本一本までほぐすように、蹂躙するように緩慢に。
「ぜ ろ」
「…止めて…いいのか?」
こんな浅ましく狂暴な感情は本来の自分が内包していたものなのか、それともヴァンパイアになって備わったものなのか。
意識の片隅で少しだけ考えて、放り投げた。
考えるだけ無駄だ。
優姫の瞳がゆらり揺れる。
それが答えだと解るけれど、欲しいのは確信。
「……ゆうき?」
囁くように、唆す悪魔のように、今与えられる全ての優しさを声音に乗せて。
「…教えてくれ…優姫
本当に、嫌…?」
酷いことをしているという自覚はある。
けれど膨れ上がった冷たい熱を消し去る術が見つからない。
この際、同情でもいい。
優姫から与えられるものなら、もう、何だっていい。
ぽろり、と決壊するように優姫の瞳から涙が零れた。
絡まった視線はそのままに、優姫の空いている左手が零の頬に伸びる。
「…やめないで、ぜろ」
何よりも待ちわびたその言葉に、胸が震え、視界が滲む。
嬉しいのか、悲しいのか。
自分の感情のはずなのに理解できず、ただただ涙だけが止まらない。
久しく忘れていた滴は嫌に頬を熱く滑り落ちて。
気づけば零は、その小さな体にすがり付くように腕を回していた。
「…ごめん」
絞り出す謝罪の言葉。
幸せになんかなれないことは当の昔に分かっていて、それでも優姫を求めてしまう自分の不甲斐なさが悔しくてたまらない。
自らで引いた一線を軽々と飛び越えたのは間違いなく自分だ。
ただ愚かにも衝動に突き動かされるままに。
ならば全て。
この後味の悪さも、胸をつくような痛みも全て、自分が引き受けよう。
腕の中の彼女が自分を生かしてくれたように。
自分の全てを優姫に捧げる。
この命、魂ですらどうなっても構わないから。
「……………好きだ…」
数年分の想いを吐き出して、今からはじまる日々は背徳。
これ以上ないほどの、贅沢。
けれど束の間の夢。