*加地悲恋注意
柔らかな夕日が射し込み、二人分の影を作り出す。
暫くの沈黙の後、意を決したように香穂子が口を開いた。
「私ね…月森くんのこと、好きみたい」
頬を染め、はにかみながら告げられた残酷な事実に、加地は何とか微笑んだ。
最近の香穂子は、傍目から分かるほど元気がなく、それが加地の一番の気がかりだったから。
「日野さん、何かあったの?僕でよければ話を聞くよ」
少しでも香穂子の手助けになりたくて願い出た申し出に香穂子は微笑んで。
放課後誰もいない教室で二人向き合う。
香穂子は長らく逡巡していたけれど
「…あのね、」
と絞り出すように語られた内容は、どこまでも加地の胸を締め付けるものでしかなかった。
「月森くんのことを考えるとね、呼吸の仕方を忘れたみたいに胸が苦しくなって…。姿を見ただけで泣きたくなったりするの。…やっぱり変だよね?」
一言も言葉を発さない加地を否定しているととったのか、香穂子は悲しげに瞳を附せる。
「そんなことないよっ!」
そんな顔を見たくはなくて、慌てて否定する。
香穂子はゆっくりと顔をあげると、迷子になった子供のように不安げな顔で加地を見つめ、口を開いた。
「…加地くんも、そんな気持ちになったりする?」
それは…
何て酷い質問なのか。
無知はそれだけで罪になりうると昔聞いたことがあるけれど 今、まさにそれを理解した気がした。
加地は内面の動揺を悟られぬよう、不自然なほど笑みを作り答える。
震えそうになる唇を叱咤しながら。
「なるよ。泣きたくなったり、いつもその人のことばかり考えたり。
触れてしまいたくなったり、ね」
そう。
いつも追う視線の先、例えどんなに離れていても耳に届くその声。
香穂子の気持ちは痛いほどわかって けれど今の加地にそれは皮肉でしかなかった。
羞恥の為か香穂子は夕日に負けないくらい顔を真っ赤に染めている。
その光景をどこか遠くで加地は見ていた。
―どうして何もかも月森なのだろう。
痺れた思考回路で考える。
あまりにも惨めな自分はやっぱり何も手に入れることなどできないのだろうか。
こんなに欲しいと心から渇望したものなんて今まで無かったのに。
上手く笑えているのかも分からないまま黙っていれば、香穂子が吹っ切れたように笑顔を浮かべた。
どうやら自分はこんな時でも完璧に笑顔を作れているらしい。
「…そっか。
ありがとう、加地くん。」
恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうに笑う。
香り立つような甘い仕草。
「ううん」
張り付けた笑顔のまま返事を返して、教室から去っていく香穂子を見送る。
残る影は一つ。
「あーあ」
寂しく漏れた声は妙に大きく響き加地の耳に届く。
…振られてしまった。
告白もしていないのに。
胸は未だに激しく痛むけれど誇れることが一つだけあって。
それは香穂子を笑顔にする事が出来たということ。
あの場で自らの想いを告げることも加地には出来た。
けれどそれをしなかったのは、加地の自負。
もし衝動のまま想いを告げていれば、香穂子はきっと困っただろうから。
ぽろりと、滴が頬を伝って自分が泣いていることを知る。
「…泣くなよっ…」
掠れる声と共に堰を切ったように涙は溢れ、噛み殺すことのできなかった嗚咽が込み上げる。
震える、影一つ。
残留
(貴女のことが大好きです)