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華麗なるコルダ家の人々(起床編)




我が家での一日の始まりは、酷く騒々しい。


「おはようございます」

始めに台所に現れたのは黒いセーラー服を身に纏った六女・笙子。

「今日の朝ごはんは何ですか?」

笙子の後に続いて現れたのは、朝早いにも関わらず爽やかな笑顔を浮かべた四男・葵だった。

「見ればわかるだろ」

俺はどこか投げやりに答えながら、身に付けていたエプロンを外す。
葵が「似合うと思うよ」と言って買ってきたエプロンは、オフホワイトで明らかに女性用。
着るつもりなど無かったけれど、香穂子が梁ちゃん可愛い などとはしゃぐものだから仕方無く着てやっている。

「…あれ、香穂さんは?」
「そういや遅いな…。蓮と和樹兄も起きなきゃ不味いんじゃないか?」

長男の梓馬兄は俺が起きるより前に仕事の為、家を出ている。
しかし和樹兄は、確か1限から大学の授業があると言っていたはずだ。
和樹兄は…まあいつものことながら寝坊だろう。
蓮も蓮で、とてつもなく寝起きが悪いから、こちらも100%寝坊だ。


「………はあ」

こんなことがほとんど毎日続くのだから、ため息も吐きたくなる。
別に朝食を作るくらい構わないが、もう小学生ではないのだし自分の力で起きて欲しいものだ。

「葵、和樹兄を起こして来てくれ!
笙子は香穂と桂一を頼む」

はーいと、二人が別々に台所を出ていった所で俺は蓮の寝室へ向かう。
突き当たりの奥の白い扉を開けば、同じ白を基調とした整然とした室内。

「おい蓮、起きろ!」

中にずかずか入るのは躊躇われて部屋の外側から呼び掛けてみるものの、全く起きる気配がない。
しょうがなく足を踏み入れてベッドに寄れば、一人にしては明らかに不自然な膨らみがあって、瞬間嫌な予感が背中を走る。

「…まさかっ!?」

がばっと思いきりシーツを剥がし取れば。
正しく…予感的中。

熟睡している蓮の背に抱き着くように 蓮の双子の妹 香穂子が気持ち良さそうに眠っていた。

「…な、な、なっ…!」

怒りにわなわなと震える俺の前で、ようやく香穂子の瞼が開く。
猫のように暫く目を擦っていたが、俺に気づくとにんまり笑顔を浮かべ笑った。

「…あ、梁ちゃん。おはよ〜」

少々ぼさりと乱れた髪型だったり、開ききっていない瞼であったり。
こんな状況でなければ、可愛らしいと目を細め見守ってやれたのだけれど。

…生憎今はそんな状態ではないし、そんな気分でもない。


「おはよう…じゃないっ!!どうしてお前がここで寝てるんだ!?」

いくら双子だからといえ、もう二人は高校生だ。
兄妹だけれど いや、兄妹だからこそこれは不味いだろう?
朝から必死に訴える俺に、香穂子も負けじと言い返す。

「いいじゃない!私と蓮は一つなの。離れるなんて嫌っ!!」

白熱した言い合いに流石の蓮も目が覚めたらしい。
その瞳はぼーっとしているけれど、とりあえず体だけは起こしている。

「あ、おはよう蓮!」

香穂子は、俺が言った側から蓮の首に腕を回してぎゅうと抱き着き。
まだ完全に覚醒していない蓮も されるがまま。
この感じを見る限り、香穂子が蓮の部屋に忍び込んだのだろうことは想像に難くない。

「…い、いい加減に「もうみんなっ!早くしないと遅刻するよ!」

和樹兄と桂一を起こし、朝食も食べたらしい葵が話を遮り、また俺の血管がプツリと来たけれど 時間をみれば、確かにギリギリの時間。

…もう朝食を食べる時間はなさそうだ。

朝早く起きて作るだけ作った挙げ句、食べられないなんてどれだけ自分はみじめなのか。



ばたばたと廊下を駆け回る兄弟達の中、俺はがっくりと肩を落とした。
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悪戯

迂闊だった。

「だーれだ?」
急に視界が暗くなり、それと同時に後方から聞こえる楽しげな声。

温かな体温。
甘やかな香り。
姿を見ずともわかる。

「俺がわからないとでも?」
挑戦的に返せば ふふ、と笑う声がして けれどその手は緩められぬまま、月森の視界を遮り続ける。


「本当にわかってる?」
「勿論」
「本当に本当に、本当?」
「本当に本当に、本当だ」

つまらない戯言。
それ以上に甘い睦言。



「香穂子」

「えへへ」
満足したのかしなやかな指先が瞳から離れ、視界を光が埋め尽くす。
振り返る先には笑みを浮かべた香穂子。

刹那、月森は痩せた腕を引き寄せた。
ぴったりと、示し合わせたかのように隙間なく収まる身体。

「まったく、君は…いきなり何をするかと思ったら…」

「怒った?」

じゃれあうように寄り添い、笑い混じりに囁き交わす言葉だけが室内に響く。




「いや、可愛い」



悪戯
(癖になりそう)
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残留

*加地悲恋注意


柔らかな夕日が射し込み、二人分の影を作り出す。
暫くの沈黙の後、意を決したように香穂子が口を開いた。

「私ね…月森くんのこと、好きみたい」

頬を染め、はにかみながら告げられた残酷な事実に、加地は何とか微笑んだ。


最近の香穂子は、傍目から分かるほど元気がなく、それが加地の一番の気がかりだったから。

「日野さん、何かあったの?僕でよければ話を聞くよ」

少しでも香穂子の手助けになりたくて願い出た申し出に香穂子は微笑んで。
放課後誰もいない教室で二人向き合う。
香穂子は長らく逡巡していたけれど

「…あのね、」

と絞り出すように語られた内容は、どこまでも加地の胸を締め付けるものでしかなかった。


「月森くんのことを考えるとね、呼吸の仕方を忘れたみたいに胸が苦しくなって…。姿を見ただけで泣きたくなったりするの。…やっぱり変だよね?」

一言も言葉を発さない加地を否定しているととったのか、香穂子は悲しげに瞳を附せる。

「そんなことないよっ!」

そんな顔を見たくはなくて、慌てて否定する。
香穂子はゆっくりと顔をあげると、迷子になった子供のように不安げな顔で加地を見つめ、口を開いた。

「…加地くんも、そんな気持ちになったりする?」

それは…
何て酷い質問なのか。
無知はそれだけで罪になりうると昔聞いたことがあるけれど 今、まさにそれを理解した気がした。

加地は内面の動揺を悟られぬよう、不自然なほど笑みを作り答える。
震えそうになる唇を叱咤しながら。

「なるよ。泣きたくなったり、いつもその人のことばかり考えたり。
 触れてしまいたくなったり、ね」


そう。
いつも追う視線の先、例えどんなに離れていても耳に届くその声。

香穂子の気持ちは痛いほどわかって けれど今の加地にそれは皮肉でしかなかった。

羞恥の為か香穂子は夕日に負けないくらい顔を真っ赤に染めている。
その光景をどこか遠くで加地は見ていた。


―どうして何もかも月森なのだろう。
痺れた思考回路で考える。
あまりにも惨めな自分はやっぱり何も手に入れることなどできないのだろうか。

こんなに欲しいと心から渇望したものなんて今まで無かったのに。

上手く笑えているのかも分からないまま黙っていれば、香穂子が吹っ切れたように笑顔を浮かべた。
どうやら自分はこんな時でも完璧に笑顔を作れているらしい。

「…そっか。
ありがとう、加地くん。」

恥ずかしそうに、けれどとても嬉しそうに笑う。
香り立つような甘い仕草。

「ううん」

張り付けた笑顔のまま返事を返して、教室から去っていく香穂子を見送る。

残る影は一つ。


「あーあ」

寂しく漏れた声は妙に大きく響き加地の耳に届く。
…振られてしまった。
告白もしていないのに。

胸は未だに激しく痛むけれど誇れることが一つだけあって。
それは香穂子を笑顔にする事が出来たということ。

あの場で自らの想いを告げることも加地には出来た。
けれどそれをしなかったのは、加地の自負。

もし衝動のまま想いを告げていれば、香穂子はきっと困っただろうから。


ぽろりと、滴が頬を伝って自分が泣いていることを知る。

「…泣くなよっ…」

掠れる声と共に堰を切ったように涙は溢れ、噛み殺すことのできなかった嗚咽が込み上げる。
震える、影一つ。



残留
(貴女のことが大好きです)
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標的

何時もどんな時だって、すぐに見つけてしまうから。
隠せない思いならいっそ、駆け出してしまおう。




「ね、日野ちゃん。今恋してるでしょ?」
「…えっ!?」

突然の天羽の先制攻撃に思わず間の抜けた声が漏れる。

「私もそう思った」

同意するように森が頷き、好奇心で輝く眼差しが二つ香穂子に向けられる。

「あ、あはは」

どう言っていいのかわからず、渇いた声が情けなく漏れる。
他人の色恋沙汰は大好きだけれど、自分の事になると話は別だ。

「してるんでしょ?」

にやりと森が笑い、

「最近、日野ちゃん綺麗になったよ!」

と天羽が追い討ちをかける。
全く、何と見事な連携プレーなのか。まるで長年コンビを組んでいた探偵のように、じりじりと香穂子を廊下の隅まで追い詰める。

「…えーと」

苦笑を浮かべながらも、どうにかこの状況から脱するすべはないものか、と考えを巡らせていると。


二人の間。
僅かな隙間から見える前方を歩いている人物に目を奪われた。
長い廊下の隅でがやがやと騒ぐ妙に目立っている三人組に、どうやらその彼も気を取られたよう。


重なる瞳に、突き刺さる視線。
心ごと射ぬかれて、気がつけば居ても立ってもいられない程に落ち着かない体を自覚する。

理屈などなく。
理由などなく。




香穂子の異変に気がついたのか天羽と森がその視線の先を辿れば、今まさに去っていく背中が見える。
どこか納得顔で二人、顔を見合せると未だじっと動かない香穂子の肩を叩く。

「いってらっしゃい」
「女は度胸よ!」

逞しく笑う森と、拳を突きだしウインクを決める天羽には、きっと何もかもお見通しなのだろう。

「うん!行ってくる!」

香穂子も胸の前で両拳を握り締めると、勢いよく駆け出した。

「頑張れ〜!!」

後ろから聞こえる二人の心強いエールが香穂子を後押ししてくれる。


そんなに優しい訳じゃない。
でもふとした瞬間、心を拐っていくのはいつもあの人だから。

恋しちゃったんだ。



「っ月森くん!!」

何とか追い付いた背に呼び掛ければ、振り返る貴方はきっと仏頂面。

でもいいの。
そのくらいなくちゃ張り合いないでしょ?



標的
(覚悟しなさい!)
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*宵闇

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