「なあ、タカヤ。もうめまいとかしねえの?」
「…ふぁい」

口いっぱいに頬張っている隆也がうなずく。

「じゃあ、なんでそんなに眉間にシワ寄ってんの?」

ギュギュっとますます眉が寄る。
元希の口元が緩んだ。

しばし、みんな黙って食事に専念する。
シュンが一度、席を立って、ご飯のお代わりを取りにいった。

テレビの向こうの試合は1対2。
阿部家が応援しているチームの方が負けている。
父親が、今日のピッチャーの調子をつぶやくように母親に言っている。
しかし中継は切り替わり、球場のファンの姿になった。
応援チームのユニフォームを着て、三人並ぶ女性達。
一人はチームのマスコットキャラのグッズを持っている。
試合では押され気味だが、ファンはインタビューされると張り切って笑顔でこたえ、最後に好きな選手の名前を出してエールを送った。
その後、画面は応援席全体に切り替わる。
大勢の人が、バッターボックスに立った選手の名前を呼んでいる。
再び試合が始まった。

「…目え、赤い」

また元希が隆也の顔をのぞき込んできた。
そう言われた途端、隆也の顔が赤くなり、耳まで色が変わる。
ジワ、と隆也の瞳がまた水っぽくなった。

「なに? 泣いてたの?」

すると隆也はギッと元希を突き刺すように睨んで、それから隣にいるシュンにまで視線を向けてきた。

「え?」

シュンが困ったように兄を見返す。
その目はまるで、「アイツをどうにかしろ」と言っているようだった。
真っ赤になった兄が自分に訴えるような視線を向けている。
そして原因になった相手は愉快そうに笑っている。

「あー、いや…」

シュンは曖昧な返事をした。
隆也は、グイグイと手の甲で目を拭うと、小さく舌打ちしてからお茶を飲み、サラダを口に運び始めた。
視線は努めて手元に落としている。
隆也の前に座っている元希は口元の笑みを消せないまま、そんな相手を見守っている。

父親は食卓で起きているこの様子に気づいているのだろうか。
なにも言わずに、とにかく黙ってテレビ画面を見ている。

シュンは自分もサラダを手に取り、ドレッシングのかかった真っ赤なトマトにフォークをさした。

(部活の先輩、後輩ってこんな感じだっけ?)

シュンはチラと隆也、元希の様子を見る。

(兄ちゃん、あんなに顔、赤くなることあったっけ…?)

運動部の先輩と後輩というのは、もっとこう、あっさりしているか、もしくはこどものようにふざけあっているか、そんなところじゃないだろうか。

では、このすぐ隣で発生している、ホワホワした感じは何だろう。

「榛名君、ハンバーグ、お代わりする」

ふいに母の声がして、元希と同時にシュンまで母の顔を見てしまった。
母親はいつもと変わらない笑顔。いそいそお皿を差し出す元希に新しい煮込みハンバーグをよそう。

(気にしすぎてるだけかな)

シュンはなんだかちょっと恥ずかしくなってサラダをもりもりと食べる。

しかし、隣の兄が赤いことに変わりはない。
目のやり場に困って中継画面に目を向けると、自分が好きな選手が打席に立った。
思わず目が吸いつけられる。
振るタイミングが合わず、ツーストライク。打者は確認するように素振りをしてから投手と見合う。
次の瞬間、バットに当たった球は宙を大きく舞った。

「お、お、行ったな!」

父親がうなるように言った。

ホームラン。
しかも、すでに3塁、2塁にランナーがいた。
4対2。
見事に試合をひっくり返した。
球場から歓声が起こる。