「やっぱりあんた、嫌な人だなぁ」
ふざけて体を押したら、抵抗がなく、そのまま引き込まれる形で、ほぼ馬乗りになっていた。
―え?
「…良いぞ」
気が動転して訳が分からない。
腕は、しっかりと握られている。意外にこの人、力が強い。気障な知性派だと思いきや。
「貴様が本当に、妹の夫となり、我が家の一員となるのに相応しいかどうか、……私が試してやる」
―試すだって?
別の流れで発せられたら、ごくごく自然な台詞なのであるが。
―ここじゃおかしいでしょ!
猛然と突っ込みを入れるのは、脳内だけ。声にはならない。
くくっ、と、またも戸惑う様子を嘲笑う。
「自己主張の出来ない者は……、命を取られるのが我が国の掟」
ロシアの殺し屋恐ろしや。しかし、そんな掟は聞いたことがない。ロシア人もきっと怒る。
「そんな風では、命よりも大切なものがあっても守り切れないぞ」
体格では負けるのは悔しいけど分かっている。彼の身長は百八十センチぐらいあるし、流石軍人経験の長さから筋肉もついている。
対して、自分は。頑張ってはいるが、日本人の標準体格という限界の範疇に収まってしまう。
何のつもりか分からないが、出来たら応じたくない、と思った。喧嘩でないなら尚更。
しかしその希望を粉砕するようなことを、彼が口走った。
「なかなか、パーツで見れば綺麗なものだな……男も、いやむしろ男のほうが」
今ここで飲み物を飲んでいたら間違いなく吹いただろう。それぐらいの衝撃を感じた。
「やめましょうよ!こんな事!」
精一杯の抵抗を示す。
「―こんな事とはどんな事かな」
いつもの六倍増しで怪しい笑みを浮かべて彼は尋ねた。
「例えば?」