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ゆりるれろ2

「お邪魔します」

 靴を脱いで上がった家の中は、とても綺麗だった。きちんと掃除がされていて、塵一つ無い。

「うわぁ…」

 思わず、嘆息がこぼれる。

「とても、綺麗な家ですね」

 おずおずと、でも素直に褒めると、

「ありがとう」

微笑んでくれた。ふわっと、周りが温かい空気に包まれたようになる。
 戸惑い、顔が熱くなって、手を頬に当てた。

 家をこんなに美しく保っておけるなんて、主婦の模範生だ。私も、こうならないと……と、散らかった自室を考えながら思う。

(帰ったら、片付けよう)
 奥さんは部屋に案内すると、台所から声をかける。

「ちょっと待っていてね。美味しいお茶を入れるから」

 薦められた、ダイニングキッチンの椅子に座って待つ。
 他人の家に呼ばれるのに慣れていなくて、そわそわと、辺りを見回す。ただ掃除が行き届いているだけでなく、落ち着いたベージュ基調の色合いで、インテリアも統一されている。
 考えているんだな、と、雛子は思った。すぐには真似できない。

「はい、どうぞ」

 薄い陶器の、繊細な意匠のカップに、そっと注がれた紅茶からは、あまり馴染みのない、しかし心地の良い香りが漂っている。

 奥さんは正面に座った。その丸くて優しく、でも、整った顔立ちを見ていると、何だかとても緊張してくる。

「紅茶…ですか?」

 そう尋ねたとき、奥さんは自分のカップに手を伸ばし、口をつけようとしているところだった。
 細い指先。爪は何も塗っていないが、短く整えられている。色白ですべすべとした、綺麗な手だ。

「ええ、ちょっと匂いが変わっているでしょう。フレーバーティーなのよ」

 奥さんが飲むのを見て、雛子も、一口、味わってみた。何の疑いもなく。
 湯気が立って、ちょっと熱い。でも紅茶はこれくらいが美味しいのかも。
 思わず嬉しくて、にこにことしてしまう。

「ふふ…」

 雛子を見て、奥さんは笑った。理由が分からず、きょとんとする。素直に喜んだつもりだったが、おかしかったのか。少し心配になり、両手で包み込むようにカップを持ち、紅茶を飲んで動揺を隠す。
 ありがとうと言ったときとは違う、隠微なものを秘めた、どこか満足げな笑みに思えた。何故そんな表情をするのだろう……。
 全く雛子には、分からなかった。

ゆりるれろ

 寂しくて、寂しくて。
 ただ猛烈に、寂しくて、雛子は帰途を急ぐ。帰れば、ゲームと、ネットが出来るから。
 自分にはそれだけでいい、そのはずだった。

 でも…。
 その時、何故か、その家の前で、立ち止まってしまったのは…、小さなピンクの花が、可愛かったから。白い門に括りつけられた、茶色のプランターの中でひっそり咲いていた。
 しばらく、見てしまった。家にも何だか、帰りたくなくて。しゃがみ込んで、花をつつく。

「あら…どうしたの?」

 きぃ、とドアが開いて、奥さんが、顔を出した。

「うわっ、あっ…、何、何でも、ないんです……」

 他人の家の前で、帰宅途中の学生が、こんな格好をしていては、それは不審だろう。

「すみません…」

 慌てて弁解しながら、改めて相手の顔を見た。
 知っている人だった。帰宅途中、登校中、よく話しかけてくれるおばさん。学校で挨拶運動が推進されていた頃、気紛れに、雛子が挨拶をしたのがきっかけだった。
 綺麗で、優しそうな人。挨拶したのもこの人なら、返してくれそうだったから…。
 この家、彼女の家だったのか。

 雛子は、とても恥ずかしくなった。

「本当、すみません。すぐ帰りますから…」

 退散しようとしたが、

「お花、綺麗でしょう?」

と、気にしていないように優しい声で話しかけられ、つい、足が止まる。

「はい。つい…それで、見てしまっていました」

 奥さんは、ふふっと笑った。
 気のせいか…いつもの優しさに加えて、何か仄かに甘い感じがした。

「良かったら…お茶でもしていかない?」

 勿体ない申し出だ。

「え、あ、いい…んですか?私なんか……」

 もじもじしていると、中に入って、と手招きされる。

「私一人しか居ないから、大丈夫よ。…それとも、用事がある?」

「いいえ」

 雛子は首を振った。躊躇はあったが、断ったら次はないような気がした。

「じゃあ、上がらせてもらいます」

 ちょっとお茶をするだけなら、と、応じることにした。

「どうぞ」

 奥さんがドアを、雛子一人が通れるくらいに開けてくれて、入ってしまうと、元のように閉じられた。

ちょっと頑張った

ディエンビエンフーのヒカル。
手直し前。
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