瞳を大きく広げる真ん中の少年に、ほかの少年ふたりが、まだ小学生らしい高い声で話しかける。
「おい、本当か?」
だが、真ん中の少年は興奮したように榛名のことをみつめて声をあげる。
「本当だよ、オレ、お父さんと野球場でみたもん!」
男の子の声が商店街に響くと、今川焼きの列にもざわめきが走る。
榛名がちょっとびっくりして黙っている間に、まわりの人達の視線は彼に集中した。
秋丸は頭を抱えるが、反面、どこか冷静に考えている自分がいる。
まあ待て。別段、変なことをしているわけじゃないんだし、スキャンダルになる要素はこれっぱかしもない。
ただ、店に並んで食べ物を買おうとしているだけだ。
あっというまに榛名と秋丸は気持ちが通じたらしい。
とりあえず、榛名はにこやかに軽く手を上げて応えた。
その瞬間、真ん中の少年のテンションが上がる。
「あのっ、僕…」
それから急に背負っていた鞄をガサガサやって、水色のノートを取り出すと、自転車をおりて榛名に近づいてきた。
「あの、サイン、もらえますか?」
「お? おお…」
「キュージョーデモラエナカッタンデス」
早口にいわれて、榛名はそれが、「球場でもらえなかったんです」だと理解するのに数秒かかった。
「そっか」
「サインもらうとき、遠かったから…」
そのあとは、急に顔を赤らめてもごもごと口ごもる。
きっと、急ぎで通過したときに、サインをし損ねた子なんだろう。
榛名は気軽に少年からノートとボールペンを受け取ると、開かれたページをみた。
ノートは急いで開けたので、とりあえず余白が多いページが選ばれていた。
みると、まだ幼い字で、「バッターが打った瞬間、目をつぶらない。よくみる!」と書いてあった。その下には、「フライ捕る」と付け足してある。
榛名は動きをとめた。それから少年の顔をみる。
「お前、キャッチャーなの?」
少年はたくましそうな太い眉の顔でうなずいた。 榛名の言葉に驚いているようだ。
だが、榛名は少年に笑顔をみせると優しくいった。
「すごいじゃん、大事な役目だな」
少年の頬がスッと赤くなり、「あ、はい」とだけ返事をよこした。
榛名は慣れた手つきでサインを書いて渡す。
少年がようやく口元に笑みをみせたところで、仲間のふたりも順番待ちのように榛名に紙とペンを差し出してきた。
「あの、オレのもお願いします」
「お願いしまっす」
だされたのは、小さなメモ帳と、今日の練習で配られたらしいプリント用紙。
それでも少年達の瞳は、思わず笑みがもれてしまうくらい真剣だ。
少年達はサインをもらうと、普段から仕込まれているらしい、大きな声でお礼をいってバッと頭を下げた。
「おお。野球、頑張れよ」
榛名もなんだか小さな後輩達を前にして満足げだ。
と、今度は後ろから声がかかった。
「あの〜」
先程、列の前の方に並んでいたカップルだ。
男性が携帯を手ににぎっている。
「彼女がファンなんで、一緒に撮ってもらってもいいですか?」
「彼女と?」
男性の後ろに女の人が、やや逃げ腰ながら目をキラキラさせている。
榛名は彼女の様子に、他意はなさそうにみたが、町中のツーショットは気が引けた。
「彼氏さんも一緒に写らないの?」
即座に返事をすると、男性はちょっと困ったように笑って、
「僕は写真とりますんで…」
と答えた。どうも気のよさそうな青年だ。
「大丈夫。秋丸!」
「あいよ」
榛名の言葉に秋丸はすぐ答えると、男性の手の中の携帯をみながら聞いた。
「これ、ボタンを押すだけでいいですか?」
「あ、はい」
男性は手早く写真機能をつけると、「どうも」といいながら秋丸に携帯を渡した。
「はい、じゃあ、いきまーす」
榛名を真ん中にして、なぜかVサインをするカップル。
先程の少年達とはノリが違うが、これはこれでまあありだろう。
写真を撮り終わると、女性は「応援してます!」と明るい声をだし、男性は秋丸から携帯を返してもらいながらお礼をいってきた。
「あー、いやいや…」
榛名は笑顔をみせるが、そろそろまわりがざわめきだした。
ぞろぞろっと何人もの人達が近づいてくる。
嬉しいような、困ったような。
そんなとき、今度は年配の男性の声がかかった。
しかし、それは榛名の横にいる秋丸にたいしてだ。
「あなたは…高校野球のとき、榛名投手と組んでた人?」
え? と、秋丸が声のほうに振り返る。
すると、がっしりとした男性は秋丸と榛名を交互にみてから、またたずねてきた。
「武蔵野高校が優勝したとき、バッテリーじゃなかったですか?」
「はい…」
秋丸がうなずく。
それを聞いて男性が急に顔じゅうで笑った。
「あれはいい試合だったね」
******
この様子に、今川焼を焼いていたさっきのおばちゃんも店のなかから見守っている。
そしてその頃、隆也君は……
「あの人、おっせなー」とブータレながら、スタミナ料理とスタミナドリンクを作っているのだった。
こんなノリで、続く。(ハルアベじゃねええええ)