いよいよぼくはこの世界からいなくなる、という気分を体感したいとき、小さな安アパートから退去する夜を想像すればいい。棚は解体し植物は知人に預けた。長年世話になった洗濯機や冷蔵庫は無情にも売り払った。彼らは紙切れに変わっただけで、あれほど夜中にウンウン唸ったり、水を宇宙のように混ぜたりして立派に活動していたのに、物言わぬ紙切れになると何も言わない。きみたちがいなくなると正直寂しい。ぼくはぼくがここからいなくなることを差し置いて言う。明日にはこの部屋は空になる。
 物を手放すことは苦手なんだ。時間を岸辺から切り離してしまうみたいで。ごみ箱の中では渦が巻いていて、手を差し入れたりしたら腕からぱっくりもぎ取られてしまう。そんなところに放り込んでごめん。でもごみ箱は一部屋に三個は置いている。便利に使ってごめん。いったいどれほどの物をごみ箱に放り込んで来たのだろう。明日この部屋は空になる。片付いて四角い形に戻った部屋。重い鉄の扉を開いて外に出ると、渦が巻いていて、ぼくの体は波のような風のような圧の壁に巻き込まれてねじ切られる。
 まったく寂しいことだ。