「ねえ、キスしてよ」
不意のおねだりに驚いたのか、おねだりの内容に驚いたのか、隣に座ってのんびりとお茶を飲んでいた恋人が噎せた。
それから周りをチラリと見るように目を動かしてから、耳元で小さく囁いてくる。
「ここ、人がたくさんいるんだよ…?」
耳元で囁いているから、彼の顔がよく見える。
恋人、雷光の顔は、先程の壬晴の言葉のせいか少し赤くなっているように見えた。いや、実際恥ずかしくてたまらないのだろう。
それを指摘してやるともっと面白い反応を彼はしてくれるのだが、今はそれどころではない。
とにかく、自分のおねだりを聞いてほしい。
「だから、して欲しいんだよ」
何でもないことのように笑って見せる。
実際、二人が今いるのは人々が行き交う公園。
雪見の部屋で夕飯を作ることになり、壬晴と雷光の二人で買い物に出掛けたのだ。
その帰り、少し休みたいと壬晴が言ったために、二人は暫くこの公園のベンチで休んでいた。
時刻は既に夕刻。下校中の学生や犬の散歩をしている人など、先程からひっきりなしに人が通っているというのに、何故こんなことを言うのだろう、と雷光は内心焦っていた。
しかも壬晴の方からしてくるのではなく「して欲しい」という要求なのだから意図がわからない。
「キス、なら…もっと人がいないところでしてあげるよ。だから今は…」
「ここじゃないと駄目」
真剣な顔で見つめられると、「嫌」とは言えなくなる。言ったところで恐らく聞いてはくれないだろうが。
再度チラリと周りを見れば、笑いながら歩いている学生の集団や自転車で走り抜けていく人、全員でないにしろ、気が付いたようにこちらに目を向けてから通り過ぎていく人は何人かいる。
そんな中でキスなんて…とても自分にはできる勇気がない。
「壬晴君、お願いだから…」
「してくれないと、雷光さんの事嫌いになっちゃうよ?」
雷光の懇願を遮るように言い放たれた壬晴の言葉が、雷光の心にちくりと刺さる。
こうして人の心を掻き乱すのが彼の得意技なのはとっくに理解しているはずなのに、どうしても「嫌い」の一言には慣れなかった。
人前でキスをするか、壬晴に嫌われるか。
嫌われるのだけは、嫌だ。
「……っ」
ぎゅっと目を閉じた雷光の顔が一瞬だけ間近に来る。それはすぐに離れていってしまって、唇に柔らかいものが触れた感触を微かに残していた。
ああ、キスしてくれたのか、と少し遅れて理解した。
「…っこれでいいだろう?」
真っ赤になりながら言うなり、雷光は慌てて周りを見回す。
目尻に涙が浮かんでいるのは羞恥の為か。
少しからかいすぎてしまったかと壬晴は苦笑して、離れていってしまった雷光の顔を引き寄せた。驚いたように目を見開く雷光をよそに、雷光の目尻に浮かんでいる涙を舐め取ってやる。
「…っ壬晴君!」
突然の壬晴の行動に、思わず雷光は声を荒げてしまう。その声に何事かと通行人が数人、こちらを振り向いては通り過ぎる。
そんな周囲の反応に気づいた雷光は、更に赤くなって壬晴から少し離れた。
更に間に遮るように買い物袋を置かれてしまい、警戒されてしまっているのが見て取れた。
「そんなに恥ずかしかった?」
俯いてしまった彼に問いかける
当たり前、と呟いたのが聞こえた。
その答えに、壬晴は何か引っかかってしまう。
そうだ、雪見の部屋にいた時から、ずっと何かが引っかかっている感じがする。
その引っかかった何かが、自分が雷光に「キスをしてほしい」とねだった原因でもある。
何が違うんだろう。
「雪見さんには人前でもベタベタするのに?」
引っかかっていたもの。
それは雪見と自分に対する彼の態度の違い。
壬晴の言葉に、雷光が俯いていた顔を上げた。その顔は少し驚いているようで、まさに今、壬晴に言われて気付いたと言わんばかりの表情だ。
それから少し考えて口を開く。
「……そんなに、私はベタベタしていたかい?」
「してた。ケーキ、あーんしてあげたりとか」
「してた…っけ…?」
本気で考え込んでいる彼の様子を見ると、ああ、無意識でやってしまっているんだなと理解した。
雪見もそんな雷光の行為を自然に受け止めていたから、恐らくこの二人にとってはごく普通の行為だったのだろう。
五年もの歳月が二人をそこまでさせるのかと考えると、自分達はまだ出会って数か月しか経っていない。差は明白だった。
仕方ないと割り切ってはいても、やはりその時間の差は悔しい。
「もしかして、それでやきもち妬いてあんなことを…?」
今、壬晴の意図がわかった。そう言いたげな表情で雷光が問いかける。
この人は本当に鈍いな、と思う。
自然と呆れたような、よくわからない笑みが零れてしまう。それと同時にため息を漏らすと、遮るように置かれていた買い物袋を自分の背後に置き直して、無理矢理雷光の腕を引っ張った。
「壬晴く…んっ!?」
引っ張られた反動で体が前に倒れると同時、前にいた壬晴の唇と自分のそれが再度触れ合う。
今自分達がいる場所がどこなのか改めて考えた雷光は慌てて離れようとするが、いつの間にやら後頭部に回されていた壬晴の手によって逃げられるどころか、更に口付けは強く、深くなっていく。
「んん…っふ、ぁ…っ」
奥に逃げていた舌を捕まえて絡ませる。通行人が数人、驚いたようにこちらを見ては慌てて通り過ぎていくのが横目で見えたが気にしない。
彼は自分のものなのだと、誰でもいいからとにかく見せつけてやりたくて仕方なかった。
暫く舌を絡ませ合ってから離れれば、雷光は今にも泣きそうな表情で真っ赤になって呼吸を整えていた。毎度ながら、この時の彼はとても色っぽいと思う。
「雷光さん、顔真っ赤」
「壬晴君が…こんなところでそんなこと、するから……」
「ふふ…ごめんね」
小さく笑いながら謝れば、まだ赤い顔のまま軽く睨まれてしまった。怖さなんて微塵も感じられず、寧ろ可愛いと思ってしまう。
人が見ていたことを知らせれば本当にこのまま泣き出してしまいそうな気がするから、敢えて黙っておくことにした。
「でも…俺にやきもち妬かせる雷光さんがいけないんだからね」
壬晴の言葉に何か言いかけた雷光の唇をまた塞いで、すぐに離す。
買い物袋を持って立ち上がってから「さあ、帰ろう」と雷光に手を差し伸べれば、不意打ちのキスのせいか俯いたまま、彼は差し出された手を取った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから暫くの間、雷光はその場所に行けなくなった上に雪見にも近づかないようになってしまったりすればいいさ!
雪見は急に雷光が甘えてこなくなったから、自分が知らない間に雷光に何かしてしまったんじゃないかと変に心配してたらいい(笑)
この間日記で語ったネタを文にしてみた。
壬光って初めて書いたけど雷光らしさを残すのが難しい…!!どうしても壬光は雷光が壬晴に翻弄されまくってあたふたしちゃうのばかり想像してしまうからなぁ…何もない時は普通に雷光なんだけどな!あのお兄さんお兄さんしてる雷光。
お兄さんお兄さんしててもどこか抜けてるのが雷光だと思います。
その抜けちゃってる部分で壬晴をハラハラさせてしまうようなことをしてしまうのだといいと思います(笑)
まあ主に雪見と変な漫才やっちゃったりな!何か雪見に甘えちゃったりな!でも二人にとってそれは5年間一緒にいた中で身についてしまったものだから、壬晴に「もう雪見さんにベタベタしちゃダメ」って言われてもまたすると思います。学習能力がないとかじゃなくて何かもう習慣になっててどうしようもなかったりすればいいよ!(*´∀`)
そんでその度「雷光さんがいけないんだからね」ってお仕置きされてしまえばいいぜ!
とりあえず自分の中の壬光はこんな感じだなんだ。一番雷光が別人になってしまうカプだな壬光!