何度か私のブログ読んでくださってる方なら、私がこのドラマに世間のファンの方達とは全く違う解釈や感想を持ってることを知っててくださってる方もいらっしゃるかと思います。今回はその辺りのことを詳しく書こうと思います。あくまで『私が自分で理解しやすい方法』を書きますので、これが正解かどうかは分からないことは前置きさせていただきます。

以前も書いたんですけど、ゲームだと壁にひび割れがあるのを調べると隠し通路があったり、置物の向きが1個だけ違うのを調べると仕掛けが…とかよくあるんですよ。このドラマ、まさしくそれです。『ドラマの内容をありのまま見る』ということを大前提に考えると、どうしても辻褄の合わない部分が多いのです。目に見えてる通路だけを真っ直ぐ歩いていってもゴールには辿り着けるんですが、矛盾や違和感といった部分の謎解きをしていくことで詳しいエピソードが見えてきたりします。『最終話を見た後で戻る』という手順が必須で意味が変わり、初めて解ける部分もあるため、『視聴者が自分の解釈を修正する』ということで見えてくる部分もあるのです。なので1回見て終わりの方や仕掛けに気付いていない方は一般的な解釈に落ち着くはずです。

矛盾→
・牧君からもちずちゃんからも服ダサいと言われているが、1話のわんだほうでダサくない普通の服を着ている。この服と試着に選ぶ服が趣味が違いすぎるし、この服と牧君が選んだ服が上半身の着こなしが似ている。
・牧君から方向音痴と言われたが、お婆さんにすらすら道案内。
違和感→
・14:55にマイマイから呼び出しの電話が来て別れ、海→葛西と移動した後パパラッチを追いかけてもまだ暗くない。
・風邪をひいているのにマスクしないでスーパーへ買い物に行く。5話から無くなりますが、春田家のダイニングには元々マスクの箱有り。
…等々こういうのをおかしいと気付けるかどうかで見える情報量は全く変わりますよ。「あの時はこうであっちではああだから、つまりここの意味はこうなる」とか全7話を総合的に見るパズルみたいなものです。

そもそもこのドラマ、おかしな点多いですから、『作りの甘い残念なドラマ』と思ってる方もいらっしゃるかもしれないですよね。オンエア時に打倒・牧凌太が部長の送信画面では牧良太になってたり(DVDでは修正されてる)、最終話の『春田さん用晩ごはんカレー』のメモが2話のものに見えるけど、2話のは『晩ごはんのカレー』なのでよく見ると別物。『の』の有無により2話のものではないんですが(6話で出ていった時にカレー作っていってくれた?)、仕掛けとしては2話を見返すのでいいと思います(詳しくは12/22の記事で)。
5話の歯ブラシが春牧のバックハグに見えちゃう人続出したけど、5→4→1話の順に洗面台のシーン確認すると、ね。これだけの仕込みをしてる時点でかなり周到ですから、作りの甘い残念なドラマのはずがないんです。

矛盾を辻褄合わせていくと展開が変わる件について、非常に特殊な手法を使っていると思われるため、分かりやすいように日常的なシチュエーションを例に説明しますね。
出された料理が美味しくないと感じることってありますよね。相手に正しく伝わるようにするには「美味しくない」とはっきり言うことです。でもなかなか言いづらいものですし、相手を傷付けちゃうかもしれないですよね。お世辞というか社交辞令というか、「美味しかったですよ。またご馳走してください」って言ったら言葉通りに受け取られてしまった…ってこと、経験したことのある方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?別に相手を騙そうとして嘘をついたわけじゃないですし、社交辞令としてはよくある話ですよね。この場合、この料理は美味しくないのが事実なんですが、美味しいって言われたのをそのまま信じると2人の間で認識にズレが出てしまう。
実際ありますよね。部長がプロポーズした時、視聴者には「おい、何言ってんだ、おい!?」っていう心の声が乗るから流されて返事をしてしまったっていうのが分かるんだけど、部長には「はい、あの、僕なんかで良ければ」っていう口から出た言葉だけが伝わって喜んでしまった。

突き詰めていくと、このドラマの手法ってこれと思われます。矛盾や違和感を多用した作りになってるから、それを辻褄合わせていくと全く違う展開になる。登場人物が喋った言葉を全部そのまま聞いた場合の展開(一般的に知られている展開がこちら)と、矛盾や違和感をドラマの内容に合わせて辻褄合わせていった場合の展開。
視聴者に伝わるようにするには『心の声を乗せる』などの手法が一般的と思いますが、その『心の声が無いため視聴者に正しく伝わらない』シーンが複数あるということです。あと思い込みや刷り込みを上手く利用して視聴者の盲点突いてきたりとかもね。視聴者に対しては非常に不親切なドラマですよ(先の歯ブラシの件でも、誰が何色の歯ブラシかというそもそもの情報が無いので正解の特定は不可能だったり)。でも日常生活において人と話すには相手の心の声なんて聞こえないですから、表情や雰囲気、前後の会話の流れなどから察しなければならない。そういう意味ではとてもリアルなドラマだと思います。

何故そんなことが起きるかというと、目線の違いだと思います。分かりやすくイメージしてもらうなら、アルファベットの『T』がいいと思います。この上の横線が物語の世界で、登場人物達はこの横の線上を向いている。私達視聴者がいるのは縦の線の1番下の部分で、ここから縦の線上を向いている状態です。私達視聴者から物語の世界全体を見渡すことはできるのですが、登場人物達の目線の先に私達視聴者はいませんから、登場人物達は私達視聴者に伝わるようには喋る必要は無いのです。お互い別世界ですからね。登場人物達は皆自分の考えや感覚で喋ったり行動したりしているのですから、それを視聴者が世間一般の感覚で見たり聞いたりすると認識や価値観が全く違っていたりする。同じに見えるようにするには、登場人物達と同じ横の線上から見ることです。物理的には無理ですから、『登場人物の立場や目線で見たり考えたりしてみる』ということです。
これは日常的にもありますよね。同じ日本でも都道府県が違うと気候・文化・方言など全く違いますから、『A県民の普通の感覚』と『B県民の普通の感覚』が全く違う方向を向いていたりする。地元で有名な料理が全国的には全く知られていないとか、同じ言葉でも方言によって全く違う意味になったりとか。だいたい皆さん『自分の地域の普通の感覚』で会話しますよね?相手が他県の人だと分かっていても、『相手の地域の普通の感覚や方言』で相手に合わせて会話することができる人なんてなかなかいないでしょうし。

別の方法でも説明しましょう。実際やってみていただけると分かりやすいかと思うのですが、お持ちでしたらサイコロをご用意ください。テーブルの上にサイコロを置いて、普段自分が座る席に座ってください。向かいの席には登場人物が座っていると思ってください(好きな人物を思い浮かべてくれていいのですが、ここではとりあえず牧君ということにしましょう)。自分から1が見えている場合(天井を向いている面じゃなくて自分の方を向いている面の話)、牧君からは何の数字が見えているか。これが理解できる人だと、イメージしやすいんじゃないかと思います。向こう側の面なので、もちろん直接こちらから目で見ることは不可能ですよ。
『反対側の面の数字を足すと7になるように作られてるから、こちらが1なら向こうは6』
という『思考で』見ることができます。これが自分と相手の視点の違い。同じものを見ているのですが、見る視点が変わると全く違う見え方になる。実際、このドラマそういう風に作られてますよ。1番分かりやすいのが『方向音痴』ですけど、3話でお婆さんにすらすら道案内する姿を方向音痴と思うのかって話です。『ダメな所直すって言ってるから改善させた』と解釈してるなら、道案内の難しさを舐めすぎ。それとも『お人好し』に気を取られて『方向音痴』忘れてましたか?ショッピングセンターで働いてたり、あとよく道を聞かれる職業は駅員さんとか交番のお巡りさんとかでしょうか。うちの店ならトイレとサービスカウンター、駅員さんやお巡りさんは近隣の観光スポットとか人気のお店とかかな?そういう『よく聞かれる場所』があらかじめ分かってるから案内できるのであって、分からなければ「確認しますので少々お待ちください」です。おっさんずラブ展で東京行った時に、電車の中で日本語話せる外国人の方から、「このホテルどうやって行ったらいいですか?」って地図見せながら聞かれたんですよ。でも私そもそも東京の人間じゃないのでさすがに答えられなくて…。たまたま降りる駅が一緒だったので、「じゃあ改札まで行けば駅員さんいるはずなので、そこまで一緒に行きましょう」が精一杯でした。道を聞かれるって突発的な出来事ですから、余程地理や方向感覚に強くないとあんな詳しい道案内できませんよ。春田さんは元々方向音痴じゃないんです。お母さんは「甘やかしすぎたのかな」と言っています。ダメな姿を見せると甘やかしてもらえるということをお母さんで知っているため、甘やかしてほしい人の前では『本当はできるけどできないふりをする』。だから牧君からは方向音痴に見えた。マザコンなのを本当だとしないと何も話が繋がらないですし、こういう気を引こうとする工作してるくらいなので、自覚してないだけで早くから牧君のこと好きだったと思います。『好き嫌い多い』についても嫌いな食べ物はピーマンしか書かれていないですから、おそらく方向音痴と同じようなことと思います。で、食べたいものは「ちょっとそれ1口ちょうだい」とか、計算高いな(笑)
モテないんじゃなくて、相手が理想のタイプか探ったり気を引こうとする工作してきて、初めて応えてくれた相手が牧君だったって話だと思ってる。かなり難度高いけど、服ダサいの一連が理解できるようになると分かるよ。

話戻りますが、サイコロなんて日常生活で使うことなんてあまり無いでしょうから、足して7になるっていう法則を知ってないとイメージできないかもしれないですよね。
では、牧君からどう見えているか、直接目で見ることができる方法を考えましょう。小さなサイコロなら上から覗き込む方法もありますが、それはちょっと無しで。テーブルの周りをぐるっと移動して牧君のいる所に行きましょう。それで同じように見えます。牧君のいる席を時計の12、自分の席を6とした場合、543…という反時計回りの向きになるように、こっち側からあっち側へ回ってください。
あるシーンを思い出してくださる方だと話は早いです。これが私が見ているおっさんずラブの世界観です。

正確には先の料理の話のように事実は1つだが『登場人物が実際喋っていること』と『視聴者が一般的に認識する解釈』にズレが出てしまう状態であると考える。実質的には1つの脚本で2つの展開を同時に作り出している状態で、とんでもない天才的な脚本家に出会ってしまったわ…。その能力に視聴者がまだ気付いてないだけです。小説とかマンガとか書く側の人は、本気で研究してみると表現方法の勉強になります。すごすぎて素人の私には真似できるものじゃないけどね…。

私が一般的なファンの方達と全く違う解釈や感想を持っているのは、『視聴者目線のこっち側』ではなく『登場人物目線のあっち側』から見ているからです。あっち側は牧君を巡る武川さんと春田さんの三角関係がメインで、武川さんがかなり鍵になります。カセットテープのA面B面みたいな感じかな(若い方、分からなかったらすみません…)。今ある全7話をよく見てよく聞いてたくさん考えて、『物語を読み解く』ということをしただけです。最終的には『波長が合う』かどうかだと思うので、多分私は『こっち側』が合わなくて『あっち側』が合うからこうなったと思う。ちゃんと見たいってことは、公式には伝えてある。

1日と2日に拍手1件ずつありがとうございました!