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詩のこころを読む

茨木のり子『詩のこころを読む』読了。紹介

タイトル通り、様々な詩が取り上げられ、ひとつひとつに彼女の解説や魅力が補足としてつきます。
彼女自身もながい間、詩を書いてきた人で、俺もこの人の詩で、詩に興味をもつことになりました。
この新書の評価をググってみると全てが高評価で、批判を探してみるも、この世にはないんじゃないかと思うほど。
学校の図書館に2冊あったのも納得。

人生をプロットに、テーマに沿った様々な詩人の詩がページをめくると飛び出し、一字々々読む人の内にはいってくる。
そして、著者の解説、魅力がそれを咀嚼して、より内部へと染みていく
その著者の解説、魅力と素晴らしく、多く良質な詩がでてくるけどコレを求めて読み進めてしまうほど笑
まるで、隣で読み聞かせてくれるようで、母親のような優しさをもっている。
読み終わると、寂しくなった気がします。
どうやら、茨木のり子さんの、こういったタイプの著書がもう一冊あるみたいで安心しています。
ことばの使い方がウマイ人だなと関心します。

新書やから、一日で読み終えることができる。
でも、オススメは、
フとしたときに、思い出し
コーヒでも拵えながら
本を用意して
窓を開けて
自然光でページを照らし
どこまで読んだかなと、曖昧な記憶を頼りに、開き
ゆっくりと、目が字を追うのに任せ
定期にコーヒーを口に含み
親指を付箋代わりにし
本を閉じ
一息つく
そして、また読み進める

とまあ、こんなゆったりとした読み方がオススメ
自身も5ヶ月ぐらいかけて、読んだかなー
これからの季節的にもオススメな読み方
カバンに入れておいて、持ち出して読むのもいいかも

著者が女性なもんで、女性からの目線で見なければわからない詩もあるのだろうと、男にはどうしようもない気持ちになることもしばしば。
ただ、その未完成な思想にイライラすることなく、まいっか。と受け入れれる。そういった余裕すら用意してくれてる。


俺はつぶやく度に暇人を呈してるなー笑
このまま終わると、茨木のり子さんに叱られそうなので・・・
暇人にしか読めない本ではないので、オススメです。

I'm Here

久々に観てやっぱ良かったので紹介。
I'm Here
2010年公開のSFロマンス。ショートフィルム。
脚本・監督が「かいじゅうたちのいるところ」や、数多くの有名アーティストのPVを手がけるスパイク・ジョーンズ
ロサンゼルに住む、ふたりのロボットのラブストーリー

SFやけど、流線型のスペースシップが登場するようなのではなく、現代の街に人間と共存し、普通にアパートに暮らすロボットが人間のように生活をしていく。バックグラウンドなどの、詳細な設定は省かれている。
しかし、その創られた世界観が、現実もそうであるかのように錯覚する。
違和感なく観れるのは、そこに隠れた意味を、こちらが自然と見出しているからだと思う。

ロボットがロボットに恋をし、ロボットならではの愛を紡いでいく。一見すると特殊で、異質。
しかし、後半になっていくと、それはフィジカルにしか過ぎないと気づいてくる。
無いようで有るモノに気づく。ソレがフォルムを纏っているだけだと気づく。
人間にも、ネズミにも、ロボットにも変わりなく。

静かに進んでいくストーリーに、LAで活動する日本人アーティストのAskaのTHERE ARE MANY OF USが寄り添う。
このフィルムのサウンドトラックも良い!!さすがスパイク・ジョーンズ!!去年はヘビロテアルバムになってた。

30分のショートフィルムなんで、サクッっと観れてウルッっとできる
I'm Here - Spike Jonze
↑で観れます。残念ながら翻訳はなし。まあでも問題はなし
絵本で有名な「The Giving Tree(おおきな木)」が基になってるらしいから。馴染ある人もいるんちゃうかなー
あとタイトルのI'm Hereで、この詩を思い出した

『ぼくが ここに』まど・みちお

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ

マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として
___________________

うーん、世代も国籍も違った人が、違う媒体を使って同じテーマを表現する。
パネェ!!

I'M HERE_予告編_日本語字幕版

話題:最近観た映画

最強のふたり

真昼間から映画観てきた。
平日なのに、人が多かった。

最強のふたり
原題はIntouchables
イディオムで『最強のふたり』らしい
実話に基づいたストーリー、ヒューマンドラマ。

頸髄損傷で体が不自由な富豪と、その介護人となった貧困層の移民の若者との交流を、ときにコミカルに描いたドラマ。

障がい者を、ジョークにしたシーンが多くでてくる。
笑えない。と思うかもしれないけど、このふたりの前では、その心配は吹き飛ぶ。
笑いと一緒に容易に吹き飛んでいく。

BGMには、クラシックと70年代R&B・ファンクが織り交ざって流れ、シーンに動静強弱がある。
クラシックで静かに研ぎ澄まされ、ファンクが流れてくると解放されたかのように気持ちが高ぶる。
主演のふたりにも、これに似た感覚がある。このコンビがほんとに実在したと思うだけで笑えてくる。

最後は、ふたりの笑顔にやられる

第5惑星

昨晩、紹介したくなった映画をみたので紹介。
そもそも「うわー、馬鹿そうな映画始まったーw」で見始めた。
しかし、見終わるころには「ドラコ星人いいよドラコ星人」と、まさかの良作

第5惑星(Enemy Mine)は、1985年のアメリカ映画。
最初のB級丸出しのドックファイトシーンから、プラトーンのチャーリー・シーンもどきのような主人公、設定も曖昧で最初の10分ぐらいは、ジャンルがよくわからない映画。
でも、シーンが進むごとに目が離せなっていく・・・

21世紀末の世界では宇宙進出した地球人がドラコ星人と戦争を繰り広げていた。ある日、激戦の末に地球人のダビッジと雌雄同体のドラコ星人ジェリバが同じ惑星に墜落してしまう。-Wikiより

広義には戦争真っ只中に反戦のメタを含んだ、決して憧れるような未来像ではないSF映画。
しかし、国(惑星)の違うふたりが友好を交えていく、E.Tにみるような温かいハートフル映画でもある。
見終わってみると、『反戦』『人類愛』『差別』『ルーツ』などのテーマが次々とみえてくる。
シンプルなストーリーのようで、しっかりとしたテーマの基礎がある。

映像は、70年後半ぐらいの手作り感のあるSFって感じ。
人物も多くは出てこず、演技力でのカバー。特にドラコ星人のジェリバは、ほとんど特殊メイクにも関わらず、その表情は豊か。

きっと、もっと幼いときに見てれば強烈な印象が残る映画だと思う。地上波のロードショウで流してもいい映画なはず。
あ、そうそう、2010年の第9地区に近いかも、あれも外見からの差別に始まって、最終的には普遍の感情でもって人間の酷をみせている。
オススメ

<youtube>Enemy mine [1985] - Theatrical Trailer

桐島、部活やめるってよ

オレ、映画観てきたってよ
完全に、CMでの印象で何の情報もなく観にいった桐島ビギナーですが、正直オモロかった。

まず、中心人物となる桐島が全く登場しない、多くの語り手(視点)によって学校社会が形成する人間関係を深く時には浅く観察している、抽象的で曖昧な結末など、とにかく学園ものでありながら、すごいエグりかたをする。
わざと、モヤモヤを残させようとしてるんじゃないかと思うぐらいの場面が多い。そして、そのまま大団円へ。
けど、それが想像力を駆り立てる
んで、学校にある格差(クラスの人気者・天才・まじめな奴・静かな子・しゃべったことない奴のような、生徒内のランキング)を主観的なものから、客観的なものまでが、一人のキッカケで崩壊をみせる。
それらが実像ではない、というメタファーのようにも感じる。
そして、誰しもが指揮者が楽隊を指揮するように、監督が映画を撮るように全てを支配するといった、カタルシス(モヤモヤの解消)をむかえる。
後半は、なぜか精神が張り詰めたように緊張する。
あと、無駄なJ-Popなんかも流れない。あからさまなキャストでもない。
しいて言うなら、ほんまに抽象的。

でも、コレはオススメできる。
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