「キス、しよっか」
突然、目の前にいるヤツの口から発せられた言葉に意味がわからず、俺は小首を傾げた。
「は?」
つい、マヌケな声まで漏れたが、それにヤツは、にっこりと微笑むと。
「だからさ、キス、しよっか?」
「意味がわからない」
急に、何なんだ。
「いやさ、この間、カラオケに行ったじゃん?」
「あぁ」
そういや、2週間前くらいに何人かで行ったな、と思い返す。
「でさ、その時のオレのテーマが恋愛ソングだったじゃん?」
いや、知らねぇよ。
心の中で突っ込みつつ、そういや、コイツ、そんな歌ばっか、歌ってたっけな?なんて、思い出すも、記憶に残って無い。
コイツのテーマになんて興味は無い。
「・・・ふ〜ん」
「それから、なぁんか、モヤモヤしてさ〜」
「何故?」
「切ないキスって、どんなんだろうな?って思って、あぁ、そうじゃん、お前いるじゃん!とかなったんだよね」
「・・・は?」
脈絡が無いだろ。
切ないキスの相手が俺とか。
コイツの思考は、ぶっ飛んでて理解不能だ。
なのに、目の前のコイツときたら、人の呆気に取られた呟きも無視して、何処か遠くを見ながら。
「もう、切ないキスが気になって夜も眠れねぇよ」
なんて言ってやがる。
いやいやいや、寝てるだろ、お前。
目の下の隈も無ければ、肌もツヤツヤしてんじゃねぇか。
「・・・麻実ちゃんとでもしとけば?」
「何で、麻実ちゃん?」
きょとん、とした顔で見られても困る。
「だって、お前、麻実ちゃん好きなんだろ?」
ここ最近のお前のお気に入りは麻実ちゃんじゃねぇか。
名前しか知らねぇけどな。
今日だって、麻実ちゃんがどうとか騒いでただろ。
「麻実ちゃんか・・・麻実ちゃんね・・・う〜ん」
「何が不満なんだ」
そう問い掛けると、尚も小さく「ん〜・・・」と悩むそぶりを見せた後。
「麻実ちゃんは、違うんだよな〜」
「何が違うんだ?」
お前、女の子が大好きじゃねぇか。
「麻実ちゃんは、そこまで何も感じないって言うか、慰め用っうか」
おい、既に体の関係があるのかよ。
敢えては聞かないけどな。
面倒だし。
「・・・へ〜」
「ま、そんな事、置いといてさ、キスしようよ」
置いとくな、持ってこい。
・・・違った。
麻実ちゃんの話題、持ってこられても困る。
「嫌だ」
「何で?俺、上手いよ?」
お前のキス事情なんて知るか。
「そういう問題じゃねぇだろ」
「じゃあ何の問題があるんだよ」
「第一、男同士じゃねぇか」
「オレにとったら無問題。キスしたい、させろ」
「断る、近付くな」
どれだけ俺をからかいたいんだ、コイツは。
顔を引きぎみにして、拒否を示す俺に、溜息を零して。
「む〜・・・わかった」
拗ねたような表情を浮かべて、乗り出していた体を引いたヤツに、納得したか、と安堵の息を吐いた瞬間。
「、っ」
唇に柔らかな感触が広がった。
「ご馳走様」
「なっ、お前っ!?」
「だって中々、首を縦に振ってくれないからさ〜、実力行使?」
そんな積極性はいらん。
「ふざけんなよ」
「とか言って、顔、真っ赤っ赤だし。そんな弱々しく言われても説得力に欠けるよ?」
「お前のせいだろ!?」
ムキになって言い返す俺に、飄々と躱すコイツが何を考えてるのか、さっぱりだ。
知りたいとも思えない。
「何、足りなかった?」
「・・・お前、馬鹿じゃないのか」
「しょうがないな〜」
「ばっ、」
馬鹿、止めろ!と怒鳴ってやるハズだったのに、再度、不意に近付かれて、防ごうと思ったが、時既に遅し。
今度は、しっかりと口を塞がれた。
押し返そうとヤツの胸元を押すも、びくともしない。
「っん、」
その内に、ヤツの舌は俺の歯をなぞり、舌を絡め、馴れないキスに翻弄されていく。
いつしか、俺は押していたはずのヤツの胸元の服を弱々しく掴んでいた。
段々と意識が、ぼぅとしていく中、上手く出来ない呼吸を必死にしようと足掻きながら、ヤツの動きに合わせている自分。
苦しさだけじゃなく、ずくり、下半身が疼く感覚がした。
「っは、」
漸く解放された時には、息を整える為に、浅く呼吸を繰り返すしかなかった。
「キス下手だよね」
「っ、うるっさい!」
まだ、乱れている呼吸を繰り返しながら、そう言い返してやると。
「大丈夫。オレが教えてあげるからさ」
にっこりと笑うヤツの憎たらしい顔が目の前にあった。
「結構だ」
「またまた〜、気持ち良かったくせに」
そう言われて。
キスは確かに手慣れている感じはしたし、気持ちよかったか、どうかと言われれば、否定は出来ない。
だからって、簡単に肯定なんて出来る訳が無い。
「っ、知らねぇよ」
すると、ヤツは微かに笑った。
こんなヤツに負けてるかと思うと悔しくて堪らない。
「まぁ良いけどね」
得意げにも見えるヤツを睨みつけながら、ふと、俺は、多分、またコイツに迫られたら、抗えないんじゃないかと、肯定したくない思いが頭の中を、ぐるぐると巡る。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、コイツは、また無邪気ともとれる笑顔を浮かべながら。
「難しい事は考えなくていいんじゃない?」
なんて言った後。
黙ってる俺に向かって、再度、口を開いた。
「ねぇ、だからさ
キス、しよっか」