「なっ・・んでっ」
驚愕し、狼狽えた俺の手からナイフが滑り落ちる。
「何でっ・・・お前なんだよ!?」
問い掛けに答えは返って来ず、数歩、離れた目の前の相手は、微動だにせず、黙って俺を見据えていた。
「理由があるんだろ!?言えよ!!」
信じられなかった。
いや、正確に言えば、信じたく無かった。
薄々、そうじゃないか、なんて気が付いていたものの、否定している自分も居て。
・・・違う。
俺は否定したかったんだ。
おかしい点は、いくつもあった。
疑問を抱きなからも、自ら、それに目を向けなかった。
だって、肯定してしまえば本当になる気がして。
「何でだよっ!?」
認めざるおえない、こんな状況になっているにも関わらず、俺は否定したくって堪らなかった。
なぁ、違うって言ってくれよ。
俺の勘違いなんだって。
タイミングが悪かっただけとか、何だってあるだろ?
事情があるんなら聞いてやるし、そもそも、俺は、お前を疑いたくないんだから。
じゃなきゃ、俺は・・・
だって、そうだろ?
一緒に悩んで、愚痴って、笑って、泣いて。
俺の唯一無二の親友は、お前だけなのにっ。
カラン、カラ、カラ。
自分の近くから、軽い音がして、はっと意識を戻すと、俺は片手を頭の横に縫い付けられるようにして、体を壁に押し付けられた。
余りに素早い動きに抵抗する間も無く、ぐぐっと足と足の間に膝が割り入れられる。
「、っ」
股下を強く刺激される感覚に息を呑んだ。
「・・・何でかって?」
顔を顰めながらも、目を逸らす事が出来ない俺に、親友はニヤリと口端で笑ったかと思うと。
「ぶっ壊してやろうと思ったからだ」
俺の手首に尖った爪を立て、細く赤い線を付けながら、至極、残酷な言葉を吐き出した。
別Side
「なっ・・んでっ」
カラン、と、そいつのナイフが手から床に落ちた軽い音が響いた。
あぁ、遂にバレたか。
いや、漸く、か?
こんな決定的な証拠を目の前にして、尚も信じたくないとでも言うように、疑問を投げかけてくるヤツを、黙って、じっと見つめていた。
でも、お前は気付いていただろ?
俺の零したヒントに。
本来、俺はつめが甘いタイプじゃない。
やるなら徹底的に隠し通す。
それを敢えて、お前にはしなかった。
俺が怪しい事くらい、感の鋭いお前は知っていただろ。
それに一緒にいりゃ、嫌でもわかるんだよ。
お前が俺を疑ってる事くらい。
それでも信じたいなんて、お前は、どんだけ甘ちゃんなんだよ。
罵られれば良かった。
お前なんて信じられない、と、酷い言葉を吐いて切り捨ててくれたら良かったのに。
実際、そのチャンスは何度もあっただろ?
だけど、お前は、それをしなかった。
馬鹿みたいに俺にくっついてきて。
きっと、お前には理解できないだろ?
俺のこんな薄汚い感情なんて。
・・・もう、限界なんだよ。
猶予は、まだ、あった。
だけど、耐え切れなかった。
だから、これは、お前と変わらない日々を過ごす事に限界を感じた俺の我が儘だ。
傷付いた顔をして、俺では無く、どこか遠くを見ているような視線を向けているヤツの目の前に移動した俺は、軽く足元に落ちているナイフを蹴って。
どんっ。
片手で片腕を拘束し、体を横の壁に抑え付けた。
はっ、と、目を見開いて俺を凝視するコイツに、俺は、ぐっ、と股下で膝を割り込ませる。
コイツ自身を直に感じながら、いつもより重く感じる口を開いた。
「・・・何でかって?」
わざと軽く聞こえるような口ぶりで、にやり、口端を上げて笑ってみせる。
なぁ、頼む。
頼むから。
馬鹿なお前は、こんな状況を目の前にして、まだ信じていたいと思ってんだろ?
だから、俺は謝らない。
絶対に謝ったりはしないから。
「ぶっ壊してやろうと思ったからだ」
どうか、俺を嫌ってくれ。
顔も見たくない、消えてしまえば良いと思うくらい憎んで欲しい。
俺を罵って、スダズタに切り裂いて傷を切り刻んでくれたら良い。
その為なら、俺は何だってするんだよ。
俺は、細い手首に自分の伸びて鋭くなった爪を立て、軽く引っ掻いた。
ぴくり、と微かに震える体に細く赤く、痕が残る。
こんな直ぐに消えてしまうものなんて、証にもなりはしない。
「残念だったな」
俺を焼き付けるかのように目を逸らせずにいるコイツに、唇を無理矢理に重ねた。
願わくば、どうか。
俺を嫌って、憎んで、否定して。
そして。
忘れないで居て。