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零が暴走して優姫と一線越えちゃう話4



閉じていた瞳を開けば、目の前の零はぽかんと、酷く間抜けな顔をしていた。
何が起きたんだといった様子で瞳を見開いたまま固まっている零がおかしくて、優姫は口元だけで笑う。
いつもはきつく寄せられた眉も今は驚きで皺も伸びていて、どこか幼い印象を与えた。
いつもこうならいいのにと思って、けれど言ったところで何の効果もないのだからとその言葉を心にしまう。

今こうして、改めて正面から零を見つめれば、幼なじみ以上の親愛が胸に湧いた。
きゅん、と胸の奥を突き刺す甘い衝動。
それをきっと、恋と呼び、愛と慕う。
離れていただけで身を切る程切なくなって、でも触れ合えばすぐに、何もかもが満たされる。

どうしようもなく好きだ、と今更知った。



「お、前………」
「うん」
「は……………………?何して」
「何って………仕返し?」

べーっと、優姫は舌を出して笑う。
零は一瞬絶句して、はぁーと盛大な溜め息をついた。
右手で顔を隠すように優姫から視線を逸らすが、指の隙間からほんのりと赤く染まった目元が見える。

「仕返しって、お前、馬鹿か。ってか馬鹿だ」
「馬鹿じゃないよ!」
「馬鹿だ、大馬鹿。自分が何したかわかって…」
「わかってるよ」

零が言い終わらぬ内に、優姫がきっぱりと言った。

「ちゃんと、わかってるよ。わかってて、キスしたの。零だから、したの。」

そこまで言って、優姫も恥ずかしくなってきたらしく頬を淡く染めた。

「この前のは、その。びっくりしたし、怖かった、けど……でも。別に嫌だった訳じゃないし……だから……」

その、と。
言い淀みながらもちらりと視線を向けてくる優姫に、零はまたぴきりと固まった。
自然と、いつものように眉間に皺が寄る。
言葉が、出ない。
あまりの急展開に正直頭がついていかない。
ちらちらと伺ってくる優姫の視線に耐えられず、零は脱力したように優姫の肩に額を預けた。

「俺は夢でも見てるのか……」

ぼそりと呟いた言葉は誰に向けたものでもない。
けれど。

「なにそれ…」

その呟きを拾った優姫はふふふ、と柔らかく笑んだ。
優姫の細い指が零の癖のない髪を撫でる。
息を吸い込めば、久しぶりに優姫の匂いがした。
甘えるように優姫の首に唇を寄せれば、くすぐったいよと優姫が笑う。


結局、一人で暴走した挙げ句、優姫から離れ。
それでも優姫から離れることなんてとうとう出来ず。
こうして、最後には連れ戻される自分の不甲斐なさに苦笑を溢して。
こんなところ、絶対理事長や学園関係者には見せられないなと溜め息をつく。
甘やかしているつもりで、いつのまにか甘やかされているのはいつも零だった。
きっと、これからも。


「優姫」
「ん?」
「この間は、ごめん」
「うん」
「あと……」
「ん?」

素直に顔を上げ此方を見つめる優姫の頬に手を滑らせて。
瞳を合わせれば、零の意図に気づいた優姫が目元をぽっと染め上げる。
少しうろうろとさ迷った瞳は、また零の視線とぶつかり、優姫はおずおずとそのまま瞼を閉じる。
ふっ、と。
零は久しぶりに笑みを溢した。

触れる柔らかな感触。
三度目のキスだった。






*これにて終了です。
続きを読む、にて後書き的な物を…(笑)
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零が暴走して優姫と一線越えちゃう話3




学校が終わり、顔を合わせないように真っ直ぐに帰宅して。
ガチャリ、と自室の扉を開いたまま、零はピキリと固まった。
そのまま何事もなかったように扉を閉めて出ていこうとした零を引き留める、華奢な腕。

「ま、待って、零」

眉尻を下げた優姫は零の腕を掴み離そうとしない。
零が厳しい表情で一瞥しても優姫はしがみつく力を緩めようとはしなかった。
どうしてこんな所にいるんだ、とか、勝手に部屋に入るな、とか。言いたいことは沢山あったけれど何故か言葉にはならず、逸らされることのない視線に戸惑い、瞳を伏せる。

「ね、零」

躊躇いがちに優姫が零の服の袖を引く。

「こっち、見てよ」

懇願の、声。
頼りなく零を呼ぶ夢姫の声に、つい体は反応してしまう。
目線を下げた頭一つ分下に、悲しげな色の瞳が揺れていた。
どうにも気まずさが先行して、零はまた視線を逸らす。
そんな零の態度に、ついに、優姫の中で何かが切れた。

「………零の馬鹿っ!」

煮えきれない零の態度に流石に痺れを切らした優姫は、そのまま体重をかけ思いきり零を部屋に引っ張りこんだ。
ぐらり、と零の体が傾き優姫の方へ倒れてくる。
このままでは零もろとも床に盛大に倒れ込むだろう。
お尻ぶつけちゃうだろうなあ、とか、背中痛いだろうなあ、とか。
少しだけ考えて、でもそんなことはもう、どうでも良かった。

「お、おい…!」

油断していたらしい零は、突然の出来事にバランスを崩し、らしくない慌てた声を出す。

「──っ、この馬鹿!」

続いて耳に届く罵声と、腰を抱く力強い腕。
このまま倒れ込めば優姫は零の下敷きになるはずだったのだけれど。
小さな衝撃と、どすん、という鈍い音にきつく閉じていた瞳を開けば、どういうことか、下敷きになっていたのは優姫ではなく零だった。

「──痛っ」

思いきり背中を床に打ち付けたのだろう零が、小さく息を洩らす。
零に抱き締められるようにして同じく床に転がっていた優姫は、その声にパッと身を起こし、心配そうに零を見つめる。

「だ、大丈夫?零、怪我とかしてない?」

あわあわと、目まぐるしく表情を変えながら顔を覗きこむ優姫に、つい零の顔に笑みが浮かびそうになる。
けれど、ああ今は彼女を避けているんだったと思い出し、優姫に自分がしてしまった行為を思い出せば、居たたまれなくなりそっけなく大丈夫だ、と返事を返した。
それを見て、また頬を膨らませるのが優姫だ。
きっ、と零の瞳を睨み付けると、零なんか大嫌い…と呟いた。
思いの外その言葉にショックを受けつつ、零はこのまま立ち上がり部屋から出ようとする。

けれど、それもまた目の前の少女に阻まれる。

「…零の馬鹿。馬鹿馬鹿、大馬鹿。もう零なんて、嫌い。大嫌い」
「……優姫」
「嫌い、嫌い。」

暴言を並び立てながら。
ぐりぐりと。優姫は零の胸に額を押し付けた。
腕は零の腰にしっかりと回されていて、離れる気などないようだった。

ふぅと一つ息をこぼし、零は優姫の頭をぽんぽんと、叩くというには優しすぎる仕草で撫でる。

「嫌いなら離れろよ」
「……嫌」
「……優姫?」
「………嫌いだから、離れてあげない」

零の馬鹿。そう何度も呟いて、優姫は零の胸に頬を摺り寄せる。
それほど寂しかったのか、優姫は甘えるように零に身を任せている。
これは、一体どういう解釈をすればいいのだろうか、と零は眉間に皺を寄せた。

普通あんなことをされて、こうも無防備に近寄ってくるだろうか。
こっちはもうあんなことをしてしまわぬようにと距離を取ったというのに。
いくら幼なじみで兄妹のように育ったといっても、もう近寄りたくない程酷いことを、してしまったのに。
そう、自覚しているのに。

「馬鹿、零。離れていかないで。寂しいよ。……悲しいよ」

零の胸の中で、優姫が小さな声で言った。
消え入りそうな声に零が頭を撫でていた手を止め、視線を腕の中の少女へ向ける。
重なるように、二人の視線が絡まった。

「嫌だよ、零」

そう言って。
優姫は零の頬に手を伸ばす。
ポロリと、何かが頬を伝うのを感じながら。
そのまま、優姫からキスをした。

少し、しょっぱかった。





*次でラストです。多分(笑)
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