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ありがとう

*原作コルダの最終話、その後の妄想話です。ネタバレしまくりですので、「まだ最終話見てないよー!」って方は戻ってください。大丈夫な方はそのままどうぞ。































 秋と冬の間の、なんともいえない涼やかな風が吹き抜けていくのを感じながら、香穂子は月森の腕の中、未だ固まったまま動けずにいた。
さらり、と月森の前髪が頬を擽り、その近さにまた体の熱が上昇する。
もとより赤く火照っていた顔がより色づいていくのがわかり、恥ずかしくて、そんな顔を見せたくなくて、より月森の胸に顔を押し当てた。
柔らかな香りが香穂子の胸一杯に広がる。それは月森の香りだった。





演奏会が終わり、もしかしたら彼がいるかもしれないと、微かな望みをかけて学校に行き。
ふいに屋上から聞こえた旋律に、香穂子は脇目もふらず走り出していた。
案の定扉を開けば、そこにいたのは月森で。
あまりの偶然に驚いて、感動して、背筋がふるりと甘く震えた。
その激情のままに後ろから思いきり抱きついてしまったけれど、今思えば酷く恥ずかしかった。
決して後悔しているわけでも嫌なわけでもない。
けれど、無性に恥ずかしい。今の、この状況も。
心がふわふわして、落ち着かなくて。喉の奥がきゅんと痛む。
顔に籠る熱を逃がそうと息をふぅと吐き出すけれど、次に吸い込む息の甘さが、より羞恥心を煽るのだった。

それに、と香穂子は思う。あの月森の笑顔は反則だった。あんなに優しい瞳、これまで見たことがない。
好きだ、と瞳が言っていた。確かな愛情が、空気から溢れ出ていた。
恋愛初心者の香穂子が、そんな表情で見つめられることに慣れている訳もなく。あの優しい、優しすぎる瞳を少し思い出すだけでも、また鼓動が激しく脈を打つ。

ふいに、月森の腕の力が弱まり香穂子の体を解放した。
未だ恥ずかしく顔を上げることが出来ない香穂子に、ひとまず帰るか、と月森は言う。

「……うん」
「……もう遅いから、送ろう」
「……う、ん、ありがとう」

いつもと違う雰囲気に緊張して上手く言葉が紡げない自分を不甲斐なく思いながら、ちらりと月森の顔を伺い見れば、その頬もほんのりと淡く染まっている。
珍しい表情だな、と変なところに感心して、でも素直に可愛いなと思った。





とぼとぼと、電灯の灯りに二人分の影が並ぶ。
半年ぶりに月森と歩く帰り道は、会話がなくともいつもより特別に思える。
大通りを抜けてしまえば、香穂子の家がある住宅地。そこまで来れば道のりはもう僅かしかないため、二人の時間も終わってしまう。だから。
自宅までもう少しと言った所で、意を決し立ち止まったのは香穂子だった。
「あ、あの!」
香穂子の一歩前を歩いていた月森が、その声に立ち止まり振り返る。
「…日野?」
正面から重なる視線に、また体がかちんと固まってしまうけれど。
でも、香穂子はまだ月森の真っ直ぐな想いに答えを返してはいなかった。
まあ、突然香穂子から月森に飛び付いたり、月森も香穂子の答えなど聞かずに抱き寄せたことを踏まえれば、きっともう香穂子の気持ちなどバレているのだろうけれど。
もう逃げてしまうのは嫌だったから。ヴァイオリンからも、月森からも。だからこれはけじめなんだと自分に強く言い聞かせる。

さわり、と。
香穂子を後押しするように穏やかな風が吹き抜けた。
香穂子が月森に一歩踏み出す。
きっと顔はどうしようもないほど赤いのだろうけれど、震える心を叱咤して月森の瞳を見つめた。

「あ、あのね、」

伝わるように、届くように、一文字ずつ心を込めて紡いでいく。

「私、あの後、どうしても月森くんに会いたくて。それで学校に来たら月森くんがいて、本当に、嬉しかった…。また月森くんの音が聞けて、また月森くんに会えて……本当の本当に、嬉しかったんだよ…?」

「……ああ」

正面に立つ月森の手が、胸の前で固く握りしめられている香穂子の手を取ると、ゆっくりほどいていく。
そのままその手を取ると、きゅっと優しく包み込んだ。
その温かさに胸の奥が甘く痛む。

「えっと……それでね、あの……私も………好き」

好き、です、と。
一度声に出してしまえば、もう想いは止められなくて。
ああ自分はこんなにも彼を好きだったのかと思い知らされる。

「月森くんが、好き。好きです。………大好き」


ぽろぽろと、言葉が、気持ちが止まらない。
何故か喉が圧迫されて、最後の方は声が小さく掠れてしまったけれど。

「……君はずるいな」
小さく、困ったような声が聞こえて。
ふいにまた、香穂子は月森に抱き寄せられる。

「また、調子を狂わされた」
そう言って、くすりと笑い月森が香穂子の頭に頬を預けた。
先程のものより強い抱擁に、一瞬驚いて、けれど今度は満たされる気持ちの方が強かった。
これまで回すことの出来なかった腕を、おずおずと月森の背に回す。
ややあって、月森が、ありがとう、と囁いた。受け入れてくれてありがとう、と。とても、嬉しそうに言った。

香穂子は月森の胸に頬を擦り寄せる。
言葉だけでは伝えきれない想いが、全身から、全て彼に伝わればいい。
そう願いをこめて。

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