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シアワセ




昼休み。
教室前の廊下は、皆が思い思いに行動するため大変混雑している。
がやがやと騒がしい中たまたま教室から顔を覗かせた香穂子は、普通科特有の黒い制服の中、ぽつりと目立つ白い制服を見つけ目をこらした。
すらりと伸びた背筋、色素の薄い髪、端正な顔立ち。

本人は無自覚なのだろうがどこにいても目立つ凛とした存在感。

「月森くんっ!?」

思わず声を掛ければ月森が驚いたように香穂子を見つめ立ち尽くす。
どこか気まずそうに目を泳がせる月森を疑問に思いながらも、香穂子は月森の側へ駆け寄った。

「珍しいね!月森くんが普通科に来るなんて」
「……ああ、まあ…」
「何か用事?」
「……まあ……」
「誰か探してるなら、私が呼んでこようか?」
「…い、いや…」
「…………月森くん?」
「…………………」

困ったように黙りこんでしまった月森に、香穂子もまたどう対応すればいいかわからない。
先刻は、気が付けば月森に声をかけてしまっていたけれど、もしかして凄く迷惑なことをしてしまったのだろうか?
考えだすと、自分が酷く悪いことをしたような気分になって、居たたまれなくなる。

「えっと…、なんか引き留めちゃってごめんね!じゃあっ…」
「…あっ!」

ははは、と力なく笑いながら背を向けようとした香穂子の腕を咄嗟に月森が引き留める。

「……へ?」

思いの外、強い力に驚きつつも月森を見やれば。

(つ、月森くん?)

そこにあるのはいつものポーカーフェイスではなくて。
普段より心なしか赤く染まった目元と、心の内の迷いをそのまま宿したかのような瞳。

「…気がついたら、その。…普通科まで、来ていたんだ…。」
「うん?」
「…いや、だから。その…」
「……?」

月森の言わんとしていることがわからなくて、香穂子は首を傾げる。
月森は何かと格闘するように、何度も言葉につまりながらも、何かを言おうとしているようだ。
短い沈黙の後、意を決したようにふーっと、一つ大きく息を吐くとしっかりと香穂子の顔を見据え、月森は重い口を開いた。

「…会いたくて、君に。気がついたら、ここまで来ていた。」

(会いたくて、って)
それは、つまり。

「……っ!!」

月森の言葉を理解するのに数秒費やして。
そして訳がわからなくなって。
体の芯が燃えるように熱くなって、香穂子は少しでも熱を逃がそうと、赤く染まっているだろう頬を両手で包み込んだ。
呆然と月森を見れば、今まで見たことのない顔をして香穂子の表情を伺っている。

恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
その衝動のまま、香穂子は思わず顔を俯けた。

(何か言わなくちゃ…)

そう思うけれど、喉はからからで心臓はバクバクで声にならない。
ただ時の流れが驚くほど遅く感じられる刹那。

(…何か…)
伝えなくては、と香穂子は両手を伸ばす。
赤くなった顔は上げられず、けれどしっかりと月森のジャケットの裾を握り締めた。
言葉にならない心を伝えるように、ぎゅっと握る。



「………初めて、なんだ。こんな気持ちは…」

力の込められた華奢な指先に、月森の大きな手が重なる。
力の入りすぎて白くなった指先を、そっとほどきながら月森は小さな声で囁いた。
耳に直接かかる吐息の甘さにクラクラしながら、香穂子はゆっくりと頭を上げる。

「この気持ちを、恋、と呼ぶのだろうか…?」

至近距離で重なる視線。
ほどかれた指先は、今は月森の硬質な指先と絡まっている。
一言一言、まるで確認するようにゆっくりと紡がれる言葉は、それ故に真摯的で。

「……私も、初めて、…なの。」
―こんなきもち。

なんとか絞り出せた言葉は少し掠れ気味で、けれど月森には十分に伝わる距離。

「…そうか」

ぽつり一言呟いて、あまりに優しく月森が笑うから。
どうしようもなく、切なくて、愛しくて
……たまらなくて。

「…だいすき」

そっと目の前の広い胸に体を預ける。
一瞬、月森が息を飲んだ気配がして、おずおずと背に回される腕。

「…君が、好きだ」

鼓膜に直接響くような声に、また心臓がけたたましく騒ぎだして。
香穂子はより強く、しがみつくように月森の胸に頬をすりよせた。
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