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「普通、ねえ」
「んだよ」
シュンの含みのある言い方に、ピクリと隆也の眉が動く。
それを見てとったシュンは言葉を続けず、テレビのニュースの方に意識を向けた。
テレビの向こうでは、どこかの町の防災の取り組みが紹介されている。
突然、携帯が鳴る音がした。
人というものは無意識に呼び出し音に敏感になってしまうものである。
シュンも、それが自分の携帯のものではないとすぐに分かったが、それでも音のした方に目を向けた。
リビングの壁に沿って置いてあるラックの上に、兄が使っている携帯が充電器コードにつながれている。
着信音は鳴り止まない。
隆也は立ち上がると携帯のところまで行った。
しかし、画面に映った相手の名前を確認すると、黙っまで携帯を眺めている。
「出ないの?」
シュンが聞いた。
「んー? ああ…」
隆也は困った顔をしたが、鳴り止む気配がない電話をとうとう持ち上げた。
「はい」
だが、そのまま隆也は黙る。
「切れた」
「え?」
「でる前に、ちょうど切れた」
「そうなんだ、誰?」
隆也は黙ったまま、携帯を握ってテーブルに戻ってきた。
「べつに…」
そう言った時、また隆也の携帯が鳴った。
今度はメール着信音だ。
眉をしかめながらも、隆也の指はスッと携帯を操作する。
そして一層、眉をしかめる。
けれど、その瞳が真剣で、頬のあたりに薄っすらと赤みがさしたことをシュンは感じた。
2017-4-16 10:02
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「休めてよかった。焦り過ぎてたのかもな」
隆也のつぶやきを聞いて、シュンはまじまじと相手を見た。
「なに?」
隆也が視線に反応する。
「あ、いや。そういうこと言うんだね」
「そういうこと?」
「焦ってた、とか。なんかそういうこと、あんまり言わなかったじゃない」
「そうか?」
兄の隆也は心底、意外そうな顔をしてシュンを見返す。
けれど、その反応こそ、シュンにとっては意外で、つい苦笑いした。
「言わなかったよ、そういうこと、ずっと」
シュンがよく見てきたシニアの頃の兄は、唇を固く結んで、なにかを睨みつけるような目で、いつも前ばかり見ていた。
そしてその兄の視線の先に誰がいたのか、昨日、わくわかった。
「ヤバイとか、無理だとか、結構、オレ、言ってるぞ? この間だって、うちのピッチャーの三橋に、試合中なのに弱音吐きそうになって…」
隆也はさっきの話を続けている。
「言わなかったよ。少なくとも中学の頃は」
「中学? あー…」
隆也がシュンの顔を見た。
「そりゃ、シニアんときは言える相手もいなかったからな。うん、あれはキツかった。…そう考えたら、いまのチームではオレ、だいぶ安心できるようになったのかもな。無理してるって、感知できるだけ、心に余裕があるのかも」
「中学の時は、心に余裕がなかったの?」
「だってよ、榛名みたいな暴君相手にしてたら、ゆとりなんてありえねえよ」
「暴君…? あんまりそうは見えなかったけど」
隆也が黙った。
そうして少し考えるような顔。
「あの人も変わった」
ゆっくり、隆也が言葉にする。
「オレもあの人も、変わった。高校に入って。オレがいまのチーム、いまのピッチャーに出会って、少しづつ自分以外のことが見えるようになったと思う。…あの人も、高校でいい出会いをしたんだろうな。オレとあの人じゃ、お互いの首を絞めあってるだけだったって、いまは思う」
「……でも、昨日、仲良かったじゃない」
「あ?」
「昨日、榛名さんと。スゲー仲良さそうで驚いた」
「そう?」
コクンとシュンがうなづく。
隆也の顔が渋いものになった。
「良くねえし。そりゃ、久しぶりに会ったし、助けてももらったけど。まあ、普通? 普通に話せただけ良かったっていうか」
2017-4-5 20:09
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翌朝。
シュンがリビングに行くと、もうそこには兄の姿があった。
昨日と同じ席に座り、ぼんやりしている。
テレビからは朝のニュースが流れているが、それも見ているというほどではないだろう。
「おはよう。早いね」
シュンは隆也に声をかけた。
隆也が振り向く。
「昨日からあんだけ寝たからな」
そうか、と適当な返事をしながら、シュンは冷蔵庫に近づい、牛乳を取り出した。
流しの食器洗いカゴの中から、乾いたグラスを取り出すと牛乳を注ぐ。
注ぎながらテーブルの方に声をかけた。
「飲む?」
隆也がこっちを見てうなづく。
2人分のグラスを持ってシュンはテーブルに戻った。
グラスの中身を一気に飲み干すと、お代わりが欲しくなって、また冷蔵庫から今度は大きなパックごと持ってくる。
その間、隆也の方はチビチビと飲み進めていた。
「体調、どう?」
「あー…平気」
隆也がこたえる。
****
よくリビングって書いてたけど、イメージ的に、ダイニングキッチンだったかな…と思った今日この頃です…。
2017-3-30 08:56
シュンは帰宅すると、まだリビングにいる両親に、榛名を無事に見送ったことを伝えた。
兄の隆也はあの後、また眠ってしまったそうだ。
シュンな はそのまましばらくリビングにいて、デザートとして冷凍庫から取り出したアイスを食べた後、歯を磨くために洗面所に向かった。
帰宅してから両親とも、皆、元希と兄の話しを話題にはあげなかった。
けれど、母は元希が使った食器を洗っていたし、父親は元希と言葉を交わした席にどっしりと座ったまま、どこかボンヤリとテレビを見続けていた。
シュンは自分の部屋に向かう途中、隆也の部屋を覗いてみた。
薄暗い部屋の奥、ベッドの上に眠る兄の後頭部が見えた。
静かな寝息が聞こえる。
一番知っているようで、その実、一番わからない存在なのかもしれない。
そしてその兄が、なやみながら求めていたもののひとつを知ったと思った。
2017-3-25 09:03
「あれに乗ったら、3つ目のバス停で降りてください。駅前のターミナルで止まるから、すぐにわかると思います」
「おう、わかった」
元希は頷いて、近ずいてくるバスが自分を乗せるためにとまると、中に乗り込んだ。
そして、バスから離れて立ったシュンに振り返る。
「ありがとな」
バス、動きます、という運転手のどこかくぐもった声がして、自動ドアはしまった。
元希はドア近くの一人掛けイスに座る。
元希が座ったのを確認して、バスは走りだした。
シュンはバスを見送ったあと、家に戻った。
iPhoneから送信
2017/03/12 17:04、
のメッセージ:
> いきなり続きですみません(>_<)
>
>
> ****
>
> バス停の時刻表を2人で確認してから、なんとなくバスが来る方向に目を向けてお互い黙っていた。
>
> バスは遅れているらしい。
>
> 「来ませんね」
>
> シュンがポツリと呟くと、元希は、そうだな、と言ってお互い顔を見合わせた。
>
> なんとなく元希が笑ったので、シュンも苦笑する。
>
> それから2人は少しづつ野球のことを話し始めた。
>
> シュンがポジションを聞かれ、捕手だとこたえると一瞬、元希の目が光った。ジッと見つめられた数秒間、自分は隆也と比べられていると感じて緊張した。
>
> しかし、元希は特になにも言わず、中学での野球部の様子などを聞いてきた。
>
> チームメンバーのこと、最近あった試合のこと、監督のこと。シュンのおしゃべりを聞きながら、元希も自分の中学の思い出を話したりして、会話は盛り上がる。
>
> 「あ、バス」
>
> バス停からはまだ手前の道路の信号機の下、赤信号で待っているバスの姿をシュンがとらえた。
>
>
> iPhoneから送信
2017-3-15 12:06