(2)カナリア×(5)ジョイス
「ぼくのたいせつ」
「…そうして、王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
絵本を閉じて、ジョイスはうーん、と大きく伸びをした。
外は晴れ、暖かな空気が欠伸を誘う。昼過ぎにふさわしい緩やかな時間が流れていた。
(…おしまい?)
そうジョイスに問いかけたのは柔らかな金髪の少年。カナリアである。
「おしまいおしまい」
(もう1つ)
「え?」
(おはなし、もう1つ)
「1日に1つって約束しただろ? 今日はもう終わり!」
そう言ってジョイスが腰かけていたベッドに倒れ込むと、それを見たカナリアはむう、と頬をふくらませた。
「籠の鳥」だった少年は日一日と人間らしさを取り戻し始めていた。
はじめは自室に籠りがちだったが、今ではこうしてジョイスの部屋にやってくるまでになった。表情も明るくなり、ときおり微笑むことさえある。
相変わらず口はきけないが、筆談で相手に考えを伝えられるようにもなった。
止まっていた時間が一気に流れ出したかのように目まぐるしい成長を遂げるカナリアだが、それが吉と出たか凶と出たのか、ジョイスを困らせる原因にもなっている。
カナリアは名残惜しそうな表情で絵本を手に取りジョイスの前で揺らした。
反応がない。
もう1度同じことを繰り返しても反応がないので、カナリアはベッドに倒れたジョイスを覗き込んでみた。
閉じられた瞼、唇から漏れる吐息、静かに上下する胸。
――ねて、る?
(…じょいす)
覚えたての言葉を、二度と忘れないだろう言葉を、カナリアはジョイスの手の平に綴る。
相手がなかなか起きないので何度も文字を書いていると、ジョイスは眉間に皺を寄せて唸り、寝返りを打った。
手のひらに感じる刺激がくすぐったかったのだろう。
(じょいす、おきて。じょいす)
ぼくを見て、ぼくに笑いかけて。
しょうがないな、という顔をしながら絵本を読んで。
規則正しい寝息が部屋に響く。何をしてもジョイスが起きないのを見てとると、カナリアはようやく諦めた。
ジョイスの隣にそっと身を横たえて、ぼんやりと寝顔を見つめる。
ほんのりと赤く染まった頬をぺちぺちと叩くと、ジョイスは何事か寝言を呟いて、またすぐに深い眠りに落ちていく。
この感情がなんなのか、まだ分からない。
顔を見ると落ち着いて、この人のためならなんでもしようと思えて。
あわよくば側にいてほしいと思ってしまう。
(…「たいせつ」?)
ざわつく胸の内から何か得ようと探っているうちに、そんな言葉が出てきた。
ジョイスがしばしば口にする言葉。
――オレは、大切なみんなのために歌い手になるんだ。
そう言って毎日かかさず練習をしている。
「たいせつ」だから、頑張れるのだろうか。
ぼくにとってのジョイスは「たいせつ」なのだろうか。
ジョイスにとってのぼくは「たいせつ」なのだろうか。
「…っ」
頭の中に疑問が渦巻き、カナリアは頭を抱えた。
これほど何か考えたのは初めてで、どうすればいいのか分からない。
「…だいじょーぶ」
耳元からの声に驚いて、カナリアはベッドから飛びすさった。
もともとは動物や植物と会話できるほどの聴覚の持ち主なので、突然音が聞こえると体が勝手に反応してしまう。
(…じょい、す?)
ベッドの上のジョイスは相変わらず眠っている。
と、寝返りを打ちながらもごもごと呟いた。
「ちゃんと、たいせつだから…」
たいせつ。
その一言に胸の奥が温かくなるような気がした。
そっとジョイスに近づいてベッドに寝転がると、その首もとに顔をうずめる。
ジョイスに出会って、沢山の人に出会って、色々なことを経験した。
それでも分からないことだらけで、この世界における「ぼく」という存在は小さすぎるけれど。
(ぼくのたいせつ…)
隣にいるのが、世界の広さを教えてくれた人で、「ぼく」の存在を教えてくれた人で。
ぼくのいちばんたいせつな人。
2つの寝息が部屋に響く。
ジョイスにくっつくようにして眠るカナリアは、母犬に寄り添う子犬のようで、見ている者が思わず微笑まずにはいられない光景だった。
やがて夕方になり、召し使いが夕食を知らせにくるまで、2つの影が離れることはなかった。
end.
はい!カナリアとジョイスでした!
書きたかったのはジョイスにベッタリなカナリアでして(笑)
ジョイスと出会うことで「自分」を見つけていくカナリアの姿を描きたかったんですが…んー、やっぱ難しい;
ここまで読んでくださりありがとうございました!!