冗談にしか聞こえないようなことが、真顔で至極当然に口にされて、美雪は思わず体が震えた。先ほどのような、官能の混じったものではなく、百パーセントの恐怖。これが、彼に向き合った者が感じるという威圧感なのか。

「そんな、私は…そんな大それたこと、考えられません……」

彼に敵視される。そんなことは、あってほしくない。美雪は、彼を愛していることを自覚した。
それでも、これ以上言葉が出て来ない。

「君が国籍のことを気にしているのは分かる。少数民族だからな。しかし、繰り返し言うようだが、帝国ではどのような人も差別なく一丸となって平和に暮らしていけるよう、国の基盤から整えられ、全てが計画されている。我々も努力している。移民の為にも、様々な施策が講じられてきた。これ以上、何が不十分だというのだ?」

最後の一言は美雪にだけではなく、上から抑圧するものか、はたまた横から批判するものか、誰に言うでもないという調子で放たれた。

「いずれ地球圏を統一しても、地球にもあまねく同様の政策が行き渡るようにする。そのことは、政府が確約している」

彼が話す素晴らしい国のことは、好きだ。平和で、どんな人も手を取り合い、小さな幸せを分かち合える世界。そうなったら素敵だと思う。
けれども、何故か、これだけ月日が経ち、軍に籍を置いていようと、無条件で賛成は出来ない。反発が湧いてきてしまう。

「はい。そうだと思います。でも、…貴方は、いつも、国のことばかり…」

今まで言わなかったことを、ぽろっと口に出してしまった。上目遣いに彼を見ながら。軍人である彼にとって常に国事が優先なのは、仕方ないことだと思っていた。国防を仕事とするのだから。それを、頭から否定する気がして。
彼は一瞬だけ意表を衝かれたという表情になった。しかし、すぐにしかめっ面に戻る。それはそれで冷徹な格好良さがあるが、最近美雪は少し惜しいとも思う。折角綺麗な顔立ちをしているのだから、もっと優しい、嬉しそうにしている彼も見てみたい。

「…私は、君を危険な目に遭わせたくないのだ」

彼女と目を合わせないようにしながら、彼は呟くように言った。青年が話の終わり際に、彼の変わりようを嘆いたとき、確かに胸が激しく痛んだ。
彼は努めて、弱点を作らないようにしてきた。いつ命を奪われそうになるか分からない仕事だからだ。彼女という存在が、気付かないうちに自分の弱点になってしまっていたとは。考えもしないことだった。しかし、身近に置くのを許したら、いつかはこうなると分かっていた。

「貴女のことは、自分が守ると決めたのだから」

それなのに。不甲斐ない自分を彼は恥ずかしく感じた。

「…え……。そうなのですか…?」

きょとんとした顔で自分を見つめながら、弱々しく応じる美雪。彼は自分の額に手をやった。

「自覚が無いのか。貴女は危なっかしい。見ていられないほどにな。だから、軍という場所で…いやそれだけでなく、これからやっていく上で、危機に陥ることが少なくなるように助け諭し、見守ってきたというのに。ずっと常に私が傍にいてやるわけにはいかないからな」