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お布団が幸せすぎたね+αでエルガイム

話題:本日のやっちまった

寝坊だよ。
……っていうか、6:30に起きてたはずなんだ。

それなのに。

何故か、気付いたら7:30になっていたんだ……

皆は、真似しちゃだめだぞ☆汗

そういえば、「やっちまった」っていえばね。

某TV局の記者がプーチン大統領閣下にね。
「空気読まずに『ロシアが実効支配を強めているのに北方領土問題が解決出来るのか』」(某所より引用)と質問しちゃったらしいのよ。
そんなことは踏まえた上で会議に来ているのにね。
あまりに下らない質問にプーチン閣下は呆れてキレちゃったらしいよ。
(詳しくはhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1759812.html。)

その上、怒らせるためにその質問をしたんだ!って記者はまるでラッキーマンみたいな後出ししてたみたいだよ。

「やっちまったな!」

さてね。
気分を変えるために素敵なMAD動画を二つ貼っておくよ。

(エルガイムMAD)風のノー・リプライFULLをTV版の音源で再現してみた
https://www.youtube.com/watch?v=-zjbHD_72CE

機動戦士Zガンダム/『風のノー・リプライ』
https://www.youtube.com/watch?v=Gcb4X6HlA7U

やはりエルガイムは名作で、鮎川氏は名歌手で、こういう動画を作ってくれる人は能力溢れる方なのだよ。
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楽しい楽しいGW

話題:GWの予定

まず親元に帰る予定はない。
病み上がりの体にとって(実はそうでなくても)F県行きは足が重い……
友人たちと会えるなら話は別だったが、タイトなようなのだ。

弟(長男A)も下の弟(二男S)を誘って帰る予定だったのが、Sが急に予定を変えて帰らないと言い出したため暇を持て余す。

そこでだ。
犬山に行くことにしたのだよ。笑
Aと私は、かなり離れているとはいえ同一県内に住んでいる。
軽く落ち合って、どこか近場の観光地でも巡り歩けば良いと考えたわけだ。

カラオケか映画しかないよなとAは言っている。
しかし私は実のところAとカラオケに行くのは乗り気ではない。
N市の科学館という案も出た(リニューアルしたので、我々は行ったことはないはず)。

というわけで……
ただ今考え中。
5月2日までに結論を出さねばなるまい。
しかし、こんなGWは初めて。

一昨年は引越しの後始末。
去年は……蒲郡だったかな?
覚えてないや。
実家にも帰って、強引に友人(だと思っている大切なお二人)にお会いしてきた。

GWは楽しい。
そういうものなのだ。
仮にたとえ何もしなかったとしても、間に仕事が挟まっていたとしても楽しい、そういうものなのだ。

さて、風呂に入ろう。
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「夢色チェイサー」8bit版アレンジの紹介

http://www.youtube.com/watch?v=4oLa6wVpGPc
『機甲戦記ドラグナー「夢色チェイサー」8bit』

世の中にはこんなものを作っている方もいらっしゃるのですな。
いや、「夢色チェイサー」(機甲戦記ドラグナーのOP)の8bit版だそうなのですよ。

こういうものを聴いていますと、18の頃、midiを変換して「夢色チェイサー」をまだMOVAだった頃の携帯の着メロにしていたことを思い出してしまいますなぁ……死
しかも、その頃は着メロのみならず、待ち受け画面はD-1のアニメ内キャプ画(公式サイトから取ったもの)という、とても他人様には見せられない状態でしたな。

弟に教えられたのに、弟以上に自分がはまり込んでしまったんですよね……
おまけに新撰組ブームも兼ねての京都訪問、と。
「らきすた」が流行っているからといって何で鷲宮神社に行かなきゃならんのだよ!と鼻で笑って否定していた人間が、あれ、おかしいな、その資格はない人が言っているという。

どうも私みたいな人間にとっては、こうしてゲーム音源に近い音で曲を聴いてみたいという欲望がありましてね。
それを叶えてくれる、素晴らしいお方もいるということです。

いつも動画はfc2に貼るのですが、どうしてもこちらで紹介したくてですね、つい……
興味のある方は、アクセスして聴いてみてください。
とても良いですよ(他の曲のアレンジも)。
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履き潰してきた靴の数と同じだけの夢たち

話題:今日のこと

昨日に引続き、家の掃除&整理をし続けていました。
お蔭で、引越し以来行方不明になっていたスカートやペンダントが見つかりました。

そして、セーター(深緑)はやはり部屋中探しても出て来ないので、母に確かめ、実家に忘れてきたことがほぼ確定。
このアホ!(自分に)と思いつつも、安心しました。

ダンボール箱にして3箱程度を片付けました。
私にしては、重労働でしたね。

その合間に買ってきていただいたミスドのドーナツを食べましたが、P氏情報によると、味が変わったそうなんですよね。
油が変わったとか。
何となく変わったような気がしないでもなかったけども、正直よく分からなかった……汗

何故か、金曜日に「勇者よいそげ」という歌(『ダイの大冒険』のOPだった歌です)を急に聴きたくなって、今日掃除のBGMに聴いていたら、何故かP氏が「天地魔闘の構え」の画像を開いているではないか!
てっきり私がダイ大に浸っているせいかと思いきや、どうもポージング人形に荒ぶる鷹のポーズ以外のポーズも取らせてみたかったようなんですよね。
素晴らしいシンクロニシティ。

見た目も、説明を聞いても何がすごいのか分からない「天地魔闘の構え」。
どう見ても普通の構えで、正直当時ただの手抜きだと思いました。汗
しかも、自分は忘れていたのですが、バーン陛下の技「カイザーフェニックス」は実のところメラらしい。
なら、メラゾーマを撃ったらどうなるのか。
そして、何故メラゾーマを使わないのか。
私はきっと、大魔王様はストイックにメラしか覚えていない、メラ一筋なんだと思いますが……笑
でなければ、メラゾーマを撃たない説明がつかない!笑

(訂正:後で分かりましたが、カイザーフェニックスはメラゾーマでした。
「今のはメラゾーマではない、メラだ」、「余のメラはメラゾーマの威力がある」等というバーンの名台詞があり、それとごっちゃになっていたようです。)

『ダイの大冒険』は母が認めたアニメでもあります。
というのは、魔族との対立構造やダイ父子、ヒュンケルなど「複雑な話(設定)でよく分からない」、「難しい漫画だ」と言っていたからなんですね。
そして記憶する限り、そう感想を述べていた少年漫画原作のアニメはダイ大くらいだと……汗

父は変な剣士(=ヒュンケル)がいたことと、アニメが始まるくらいの時間になると「いそげー」とOPを歌いながら実際に家路を急ぐ少年たちを見かけたことを覚えていると話していました。
そんな話をしながら自分も楽しかった記憶があります。

OPだけでなくEDも聴きながら、そんなことを思い出していました。

「履き潰してきた靴の数と同じだけの夢たち」。
子供の時、その表現がすごくかっこいいと思ったのを覚えています。
実際、そんなもんなんでしょうか。
今でもまだ分かりませんけど、確かに一個一個靴が磨り減る度に確実に時間は経っている。
そんな実感は(改めて考えてみれば)あります。

友達で、DQシリーズの中でYのみがとても大好きな人がいました。
それも、主人公×ミレーユのカップリング。
独自路線を突っ走っていました。
バーバラの竜化についても、思うところがあったようで漫画にしていました(彼女なりのこだわりがあったようで、私に色々話してくれました)。

どうして彼女が数あるDQの内でYを愛したのか。
ずっと考えてきたのですが、どうもやはりあれが哲学的だからなのではないかと思えるのです。
そもそもが、夢の世界と現実を行き来するゲームで、二重存在がいる世界ですし、冒頭で村人が「人生とは自分探しの旅である」と(王様が言っていた話として)話してくれるくらいですから、恐らくそういったもの(自我)がテーマになっていると捉えてもおかしくないと思うんですよね。
バーバラの竜化も、サブキャラであるアモスですら魔物化してしまう(しかも自身はそのことを知らない真面目な騎士)ことも、ダーマ神殿での転職も、みんな全て自分探しの旅、もう一人の自分、というのが下地にあると考えれば、そう取れるのではないかと思ってしまいます。

そして友達は哲学的な人でした。
もしかして自分探しをまだ続けているのかもしれないし、見つかったのかもしれません。

履き潰してきた靴の数と同じだけの夢たち、叶っても叶わなくてもその連続が人生なんではないかと思います。
なんちゃって、格好つけてみました。

「今はまっすぐに走れ」。

私は三連休の真ん中なんですが、P氏はそうではないそうです。
明日、仕事なんだそうです。汗
すっかり昭和の日は祝日だから、どこも休みだと頭から決めてかかっていてそのつもりでした……。
悪いことしちゃったなと思いました。

久しぶりに酒を飲んだので気を良くして色々書きまくってしまいました。
根がお喋りなんです、本当。
しかも相手にとっては分からない話やどうでもいい話をしまくる悪い癖があります。
いけませんねぇ。
そろそろ薬と風呂の時間だし、満足したので切り上げます。

ダイ大のOPとEDはYouTubeで探したんですけど、やはり人気のある、多くの人にとって思い出深い歌であることがコメント欄で分かって、何となく嬉しかったです。
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文通に関する回想

話題:文通

文通。
昔は大好きでした。

初めは転勤族の子だったから、前の学校の子や、自然の家等で催される合同合宿で知り合った子と手紙のやり取りをしていたのが始まりでした。

その内、楽しくなっちゃって。
何でも書くけど、返事が来なくなっちゃうんですよね。

そんな寂しさも感じていた頃。

三度目に転校した中学で、一部の人の間でものすごく同人が流行っていて、『FIND OUT』等の雑誌で募集をかけ、沢山の人と文通している人が数人いました。

その話を雑談や交換日記でしたり、この人はイラストが上手いんだとか、返事をすぐくれるとか沢山書いてくれるとかいう話になったりすると、こっちとしては羨ましいんですよね(笑)。

しかし残念ながら雑誌は購読していなかったため(手にする勇気と行動力に欠けた)、唯一家で購読していた『毎日中学生新聞』の募集欄に投稿して一度だけ載り、数名から応募があってしばらく続きました。

その頃、中学生新聞でも同人関係の文通相手やペーパー配布依頼の募集って多かったんですよね。
どうもトラブルが多発したみたいで、後々募集欄は廃止になったような話も聞きました。
あれだけ活発にやっていれば……と頷ける気持ちもあります。
だって、他にイラスト投稿欄もあったし、あまりにもそういう関係のことばかりが活発だったから(しかも一般紙ですよ!)、私は、同人は隠すのが常識だってことに(一部で?)なっていたなんて、高校に入るまで知りませんでしたよ。

お陰で恥をかいたというか、何となく引かれたようなそんな悲しい経験もあって、それは文通の話とは離れるのでやめておきます。

とにかく、そういったことがきっかけで、地方の新聞の投稿欄も見たし(応募は一度だけしかしませんでしたが……)、同人関係のイベントや人づてでもらったペーパーから、文通相手の募集をしている人を見つけて、どんどん増やしていきました。

最大で何人いたかは分かりませんが、同時にペーパー配布や、ごくたまにイラスト交換もしていたため、ものすごく負担になりつつありました。
でも、同じ高校の同人仲間も似たようなことをしていたし、中学生時代の同級生は、嘘かまことか「50人の文通相手がいる」、「文通相手の中に男性がいて驚いた(困った?)」等の話をしていましたし、中学・高校で「年上の人や社会人とも文通をしている」話も聞きました。
ですから、感覚が麻痺していたんでしょうね。

高校時代、母親が私の様子を見かねて、事情を訊かれました。
その時、「ねずみ講だよ」と言われたのをはっきり覚えています。
楽しくできるならいいけど、というようなことも言っていたけれど、あまり賛成はしていない様子でした。
自分の描いたイラストを交換しているなら良いが、他人の作った配布物を配布しているだけなのなら、やめたほうが良い、と。

その頃自分は、ほとんど自分ではイラストを描いていませんでした。
描けなくなっていたのかな?
よく分かりませんが、恐らく精神的なもの(自分は他の人に比べたら絵が下手だから相手にしてもらえないのだという強迫観念)か、実は勉強その他に忙殺されていることを自分で認めたくない、その狭間にいたのでしょう。

でも、そんな話をされて考えても、すぐには付き合いを断てず、ずるずるそのような「ペーパーを見ては増やし、その人と文通してペーパーも配布する」みたいな付き合いを続けていたと思います。

人との付き合いに飢えていたし、逆に同人関係以外で人間関係を築くことが、どうもできなくなっていて、それで仮にやめてしまったら自分は一人になるのではないかと、根拠なき不安もありました。

不登校気味になってもそれだけは続けていたという、本末転倒、アンバランスな日々でした。

多分、負担でありながらも心の支えにもなっていましたから、やめられたのは大学2年になってからでした。
その時、やめよう!と決めて、付き合いのあった方には文通・ペーパー配布を中止(お断り)したいと手紙やメールで連絡し、手紙の一部を処分したことを今でも覚えています。

お陰で、やはり一時期付き合いがなくなりました(笑)。
寂しい時にネットで文通相手を募集してしまい、それだけでは足りず、昔付き合いのあった人や、ペーパー等で見て接点を持とうとしたが出来なかった人を探そうと必死になってしまったこともありました。
それが父に見つかり、「本名を出すのはいかんぞ」的なことを言われ、恥ずかしくてそういうことはやめましたけど……。
以前、友達の発案でジャニーズ関係の署名のお願いも投稿したことがあって、その際も確か他の投稿者の方か、父にたしなめられたんですよね。
同じことを繰り返してしまう自分です……。

それからしばらくは、ネットで募集かけたり応募したりもしたけれど、結局(就活その他で、時間はあるのに……)返事が書けなかったりなんていう感じで落ち着いていました。

多分、代わりにネットの掲示板や、チャット、ブログがあったからだと思います。

それからも人寂しくなるとネットで文通相手をたまに探しました。
でも、多くが自然消滅してしまい、今ではお一人の方への返事をこちらで止めてしまっている状態です。
その人には大変申し訳ないのですがね。

もう、当分ネット等で新しい文通相手を探す気はありません。
昔つながりのあった方に関しても、強いて再び探し出そうという気は薄れてきました。

恐らく、ツイッターや、今のところGREEが、人恋しくなった時の繋がりの代わりというか、手段になってくれているのでしょうね。

何だかマイナス面の話が多くなってしまいましたが、楽しいやり取りをできた相手の方もいましたし、NARUTOのヒナタが好きで、とても可愛いイラストを下さった心の優しい人もいました。
沢山のグッズをプレゼントして下さった方もいました。

そういう良い思い出を作って下さった方・ことについては、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

そしてある意味私の青春を作ってくれた文通に、回想と訣別の意味を込めて、こんな長文をしたためました。
良き時代でした。
そういう時代でした。

今に比べれば、ネットも発達していない、アナログからデジタルへの過渡期でした。
そんな中に、自分はいたわけですね。
否応なしに。

ことの優劣や善悪、軽重など無視して、全てを記録(解説)したい人間なので読みにくいと感じられましたらすみません。
また、読む価値があるのか、面白さを感じられない人もいるかもしれませんが、こんな話(人)もあるんだなぁ程度に読んでいただけておれば結構です。

ここまでお付き合いありがとうございました。
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