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スノウ・メモリィ[後編]


「桑本も須崎も好きだ。一緒にいると楽しくて、他の奴とは違う心地好さがあった。」「うん。」
「でも、今よく考えてみた。桑本の顔は恥ずかしくて直視出来ないのに、須崎は違うんだ。ちゃんと目を見て話せる。」
「うん。」

 結論は出た。
 こんなにも呆気なくていいのか、なんて思うくらいあっさりと出たけど、きっとそんなものなんだ。

「白川。今から春菜のところに行ってあげて。」
「え?でも、」
「大丈夫。心配いらない。私が保証してあげる。」

 白川は、少し間を置いたあと、「ありがとう、よいクリスマスを。」と言って電話を切った。
 そこで気付いた。今日はクリスマスだったのだ。まわりを見渡してみると、だいたいの民家にクリスマスデザインが施されており、ツリーやサンタを模した可愛いイルミネーションやランプがきらきら輝いている。
 私はおかしくなってきて、小さく笑った。

「…こんなクリスマスも良い、か。」

 雪は降り続いている。しんしんと、静かに。
 私の上にも、春菜の上にも、白川の上にも。しんしん、しんしん。静かにゆっくりと、街を染め、世界を染め上げる。

「恋、したいなあ。」

 私はそう呟いて、家路を急いだ。
 やはりまだ、雪は降り続いていた。











「何でだろうね、もう三年も前になるのに。」

 窓の向こうの世界は白かった。昨晩から朝方にかけて雪が降ったのだ。
 私はヒーターをつけて、その前に置いてあるソファーに座った。素足だったので、ヒーターの風が直に当たる。温かくて気持ち良かった。

「私も思い出すよ、あの夜のこと。白川の電話でクリスマスって知った時とか、もうね。」
「ちょっと悲しくなってくるね。でもいいんじゃない?陽子はクリスチャンじゃないでしょう?」
「うん、無宗教。」

 あれから、春菜と白川はめでたく付き合うことになったのだが、高校進学と同時に別れてしまった。理由を聞けば、二人とも違う高校に進むから、と春菜は言った。二人で話し合って決めただけ傷は小さいと思うが、それでも春菜はショックだったようだ。
 時の経過はゆっくりと彼女の傷を癒し、今では白川の名前を出しても、泣いたり落ち込んだりはしない。

「ねえ、あいつ今何してるのかな?」
「知らない。可愛い子捕まえて楽しくやってるかもね。」
「ありえるけどなんか嫌ー。こっち彼氏いないのに。」
「春菜ならすぐ出来るよ。―――あ。」

 ふと、窓の向こうに目をやると、白いものがちらついていた。

「陽子、外。」
「知ってる。雪、また降り出したんだね。」
「うん…。」

 雪はしんしんと降り続けている。また今日も世界は白いままだ。
 私は目を細めて、その永遠とも言えるような光景を眺めた。





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スノウ・メモリィ[中編]

 私は、白川と春菜、二人から話を聞くようになっていた。と言っても、春菜の方はすっかり諦めていたけれど。
 溝端さんの件は春菜の勘違いだと、ちゃんと彼女に伝えたのだが、既に気持ちは無くなっていたらしいのだ。
 白川はまだ春菜が好きらしかった。たとえ事務的なことでも、春菜と話せたとなれば舞い上がるほど喜んでいたし、彼女が他の男子と談笑しているだけで不機嫌になった。
 単純な奴、と思ったが、自分に素直なんだろう。何だか、嬉しくなった。

「白川はさ、告白しないの?」

 そう尋ねると白川は真っ赤になって顔を背けた。

「しねえよ。」
「何で。好きなんでしょ?」
「フラれるの怖いもん。それにさ、フラれた後、また同じ関係に戻れるか分かんないし。」

 白川は本で顔の下半分を隠しながら言う。私は驚いた。同じだったのだ。春菜の告白に対する考えと全て。

「あんた達、本当似てるね。」

 白川は意味が分からない、と首を傾げたが、私はそれ以上何も言わなかった。
 嬉しかった。同時に悲しくなった。二人が結ばれればいいなあ、と強く願った。

 木々が色付き始めていた。中一の秋のことだった。










「陽子は白川が好きだったんだね。知らなかった。幸せになってね。」

 そう言って走り去っていく春菜を、私は追いかけもせず、ただ眺めていた。訳が分からなかった。確か以前にもこんなことがあった気がする。そんなことはどうでも良かった。とにかく、ムカついていた。

「おい、須崎。」

 白川が走ってきた。
 来なくてもいいのに。

「なあ、桑本のやつどうしたんだ?喧嘩?」
「私は知らない。知りたくもない。」
「桑本泣いてたぞ。」

 それを聞いた瞬間、なんだ、と思った。怒りは消え、変わりに脱力した。何だか分からないけど、たまらなくおかしい。

「須崎?」
「白川が行ってあげてよ。」
「え、俺?」
「私は疲れた。帰って寝る。」

 返事を待たずに教室に戻る。鞄を置いて来たのだ。
 西陽は傾き、空をオレンジに染めていた。空だけではない。雲も街も、全てが少なからずオレンジだった。
 教室には誰もいなかった。私は机の上にポツンとある鞄を取り、立ち去ろうとした。と、白川の席の前で足を止める。
 机の右隅に、何か書かれていた。それが何か分かると、私は思わず笑ってしまった。

『白川春菜』

 随分気が早すぎる落書きだ。結婚だなんて、まだまだ先の話だろうに。いや、それ以前にまだ付き合ってすらないくせに。

「子供だなあ。」

 帰ったら電話しよう。
 長々とは話さないでおこう。ただ、頑張ってってだけ伝えよう。それだけでいい。
 この日、結局私は春菜に電話をしなかったのだけれど、それが結果的に良かったということに気付くのは、少しあとのこと。
 私が帰ったあとの二人の会話を、私は知らなかったのだ。










 翌朝。珍しく寝坊してしまい、春菜には先に行ってもらった。
 家を出て、早足で歩く。途中、何度も携帯で時刻を確認しながら。学校までは二十五分だから、うん、ギリギリ大丈夫。
 ふと、後ろから名前を呼ばれた。振り向かずとも分かる。白川だった。

「珍しいなあ、こんな時間に会うなんて。」
「寝坊したの。白川はいつもこの時間?」
「うん。」
「嫌な予感するわ。遅刻するかもしれないじゃない。」
 暗に白川のせいだと言ってみるのだが、気付いているのかいないのか、彼はずっとにこにこしていた。何がそんなに嬉しいのか分からないが、特に気にすることでもないだろうと思って、何も言わなかった。
 教室に入ると、その場にいた人間全員が一斉に私達の方を見た。にやにやと笑ったり、嫌悪感を露にしたり、その反応は様々だった。
 私は特に何か言うわけでもなく、普通に机の間を通って席に着いた。

「ツレの男取るとか最低。」

 そんな呟きが確かに聞こえた。瞬時に白川と春菜が浮かんだ。
 なるほど。彼女、いや、クラスメートは私と白川が付き合ってると思っているのだ。
 馬鹿じゃないか、と小さく笑った。二人はまだ、互いに好き合っているのに。付き合ってはないけど。
 だけど本当は、私が知らなかったのだ。










「須崎のことが好きだ。付き合ってほしい。」

 夜。白川からきたメールに、そう書かれていた。訳が分からなかった。私は即座に彼に電話をかけた。

「ねえ、今のメール、何?」
「何って、見た通り告白メール。」

 電話の向こうで、はにかむ白川が目に浮かんだ。声の感じも少し違うし、本当なんだ、と思った。

「あんた、春菜のこと好きじゃなかった?」
「確かに桑本のことは好きだったよ。だけど今は須崎のことの方が好きで……」
「……、によ、それ」
「え?」
「何よそれ!」

 ふざけんな、と思った。何だか裏切られた気がした。
 白川が何か言っていたが、無視して電話を切った。ベッドに倒れ込む。なぜだか分からないが涙が出た。

 好きだった。春菜に恋する白川が、大好きだった。春菜一人に振り回されて悲しんだり舞い上がったり不機嫌になったりする、馬鹿なくらい自分に正直な白川が。
 季節と同じように人の心は変わる。当然のことなのに、私は何故か、それを受け入れられることができなかった。
 私は恋をしたことがない。だから、二人の恋の結末に泡沫の夢を重ねていたのかもしれない。現実とはもともと、幾度となく雨に打たれて錆び付いた金属みたいなものだったのに、そのことを私は充分理解していたはずなのに。いつしか私は綿菓子みたいに甘くてふわふわして、それからきらきらしたフィルターをかけていた。それが今、びりりと剥がれてしまったのだ。

 春菜への罪悪感がぐるぐると巡る。学校での、女子の言葉が鮮やかに蘇った。
 早急に春菜に謝らないといけない。時計を見ると、八時を少し過ぎていた。この時間ならまだ大丈夫。私は上着を取って、部屋を出た。

 中二の冬。その日、街には雪が降っていた。










 春菜の家に行き、半ば強引に彼女の手を引いて、やってきたのは近くの公園。街灯の光は弱々しく、少し頼りなく感じた。
 私は春菜に、ベンチに座るよう言った。そして、自動販売機で温かいココアを二人分買って、一本を春菜に渡す。春菜は笑ってくれなかったけど、「ありがとう」とは言ってくれた。

「話って、何?」

 声の調子から、彼女が不機嫌である、と分かった。当たり前か。

「この間のこと。私、まだ何も言ってないから。」
「いいよ、今更聞きたくなんか、」
「私、白川のことが好き。」

 春菜は目を小さく見開き、そして、ふい、と目を地面に向ける。

「知ってるよ、そんなこと。」
「違う。春菜は知らない。私は、」
「嫌!聞きたくない!」
「春菜!」

 彼女の手首を握り締めたのは無意識だった。多分、彼女が逃げようとしないように、と手が伸びたのだろう。
 春菜はびく、と肩を震わせた。私は滅多に声をあげないから、驚いたのか。彼女の大きな瞳は、多分涙のせいで潤み、震えていた。

「好きは好きでも私は、春菜に恋する白川が好きなの。白川単体はどうでもいい。」

 雪がしんしんと降り続いていた。
 白いそれは私と春菜の間を断りもせずに入っていき、そして、音もなく消える。木製のベンチだったので、黒い後が残った。

「春菜のいいところや悪いところをいちいち見つけて、全てひっくるめて春菜が好きだって言う白川が、私は大好き。」

 白川に限らず、恋をしている人が好き。きらきらしていて、同じ世界を見ているはずなのに、何故かその人は、私が気付かない幸せを見つけていく。
 好きな人と話した。隣りを歩いた。目が合った。そんな、普段なら気にも止めないようなことに喜ぶ。私には分からない。けど、羨ましいなあって思う。いいなあって思う。

「春菜、あんたまだ、白川が好きでしょう?」

 春菜は何も言わない。分かっていた。だから、私が一方的に話す。
 気持ちは伝えない。けど、その背中を押すくらいは、許されるだろうから。

「諦めないで。私も出来得る限り強力するし。」
「でも…。」
「春菜は勘違いが多すぎるの。ちゃんと確認取らないと、勘違いされた側も迷惑よ。今回みたいにね。」

 春菜の目から涙が落ちた。私は黙って春菜を抱き寄せる。
 髪の毛に雪がついていたので払ってあげた。手袋をしていなかったので、冷たかった。

 それから春菜を家まで見送った。扉が閉まるのを見届け、私は手のひらに息をかけて温めながら空を仰いだ。
 鈍色の空はどこか重々しい感じがして月も空も無い。不規則にたくさん、降ってくる白い雪は淡く発光しているように見えた。

 さあ、次は白川だ。
携帯を開く。もう少しで九時になるところだった。

 まだ大丈夫だろうか。少し不安になりながら白川に電話をかける。五回目くらいのベルで、ようやく彼は電話に出た。

「さっきはごめん。何か訳分かんなくて。」
「…嫌いなら嫌いって言えよ。その方が怒鳴られるよりはいくらかマシだったのに。」

 やはり彼の声も沈んでいた。
 悪いことしたなあ、と先刻の自分の言動を悔やむ。

「違うの。白川のことは好き。」
「そんな、気なんて遣わなくても…、」
「本当よ。春菜に恋してる白川が、私は好き。」

 私は話した。まるで小さな子供のように春菜に恋する白川が好きだと。だから、裏切られたような気持ちになって、失望して怒鳴ったのだと。

「結局、俺が失恋したことには変わらないじゃないか。」
「ううん。だって白川、あんたの好きな人は私じゃないでしょう?」
「え?」

 これは私の、理想混じりの推測。そうであってほしい、そうでなくちゃいけないという願望。
 掛けであった。

「根拠は無い。私は今までのあんたを見てきた上で、確信してるの。よく考えてみて。」

 暫く沈黙が落ちる。スピーカーから何かの音楽が聞こえた。洋楽だ。その音は随分小さく、彼が聞いていたのだろうと知る。落ち着いた、少し寂しい感じのバラードだ。

「…………俺、さ。」

 ようやく聞こえてきた白川の声に耳を傾ける。



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スノウ・メモリィ[前編]


 何度目かのベルで受話器を取る。スピーカー越しに届いた声は友人の桑本春菜のものだった。
 珍しい、と思った。彼女は、滅多に自分から電話をしてこないからだ。

「どうしたの?何かあった?」
「ううん、何もない。」

 彼女はそれきり、黙ってしまった。発言するのをためらっている感じだった。私といえば、電話をかけてきたのは向こうだから、お金かかるの春菜だよなあ、とか、くだらないことを考えながら、指先にコードを絡めて遊んだ。

「あの、ね…、」

 長い沈黙のあと、春菜はようやく、話し始めた。

「白川のこと、覚えてる?」

 その名前が出た瞬間、ああ、と思った。窓の向こうに目をやる。
 分かったのだ。彼女が、何故突然電話してきたのか、が。

「覚えてるよ。白川優也だよね?」
「うん…。」

 話は、六年前に溯る。
 私達はまだ小学生だった。











 白川優也を一言で表すなら、馬鹿だ。これは、多分彼を知る人であれば、誰もが同じことを述べるだろう。
 彼と初めて会ったのは、小五の時だった。二学期の始めに、彼が転校してきた。
 身長は百六十近くあったが決して細身と言うわけでなく、かと言って肥えすぎていたわけでもない。顔が丸かったためにポッチャリしたイメージがあったが、本人曰くそうでもなかったようだ。
 かっこよくはない。不細工ということもない。笑うとさらに深くなる笑窪が印象的だった。そして、いつも春菜をからかって遊んでいた。

「もやしもやしー!」
「本が好きなだけよ!」

 本が好きと言って休憩時間を読書に費やす彼女をもやしと言っては笑い、

「ちょっと食べ過ぎちゃって…。」
「やーい、でぶー。」

 帰りに寄り道して、友達とお菓子を食べてきたと言えば、でぶだとはしゃぐ。そんなくだらないことを拾いあげてネタにして嘲って、何がそんなに楽しいんだろう。当時やんちゃと言われていた男子達でさえそんなことを言っていた。

 春菜も、うざいだとかガキだとか言って、彼を嫌っていた。無理もない。春菜は騒ぐことをあまり好まない、静かな子だった。そして、うるさい人間が嫌いだった。彼と知り合ってからは、

「私、うるさくて、しかもその騒ぎ方がガキな人が嫌い。」

 暗に白川優也と限定しているようなものである。
 そんな彼女の、白川優也に対する態度が変わり出したのは、小六に上がってクラスが分かれてから。そして、彼女がその変化に気付き始めたのは、その年の冬。

「陽子、話があるんだけど、いいかな?」

 そう言って、彼女に案内されたのは、彼女がよく行くという喫茶店だった。小学生が通うには少々おしゃれ過ぎやしないだろうか。そう思うくらい、綺麗で落ち着いた店だった。

「話って?」
「うん。驚かないで聞いてね…、」

 私はまだ珈琲が飲めなかったので、紅茶を注文した。ミルクティーだ。通の姉が言うには、自動販売機やスーパーで売っているペットボトルなどのものより、ちゃんとしたお店で淹れる紅茶の方が美味しいらしい。なるほど、言葉には表せないが確かに私が飲みなれたものよりも別段美味しかった。

「私、白川のこと、好きみたい。」

 喉元を落ちていくミルクティーを、思わず吐きかけた。
 咳き込む私の顔を、春菜は心配そうに覗き込む。大丈夫だから、と涙目で笑って、深呼吸した。

「白川って、あいつ?」
「他に誰がいるの?」
「だよね。でも春菜、嫌いって言ってなかった?」
「そう、なんだけど…。」

 よくよく考えてみれば、確かにそれらしいと思うことは多々あった。二人で楽しげに談笑するようになっていたし、本の貸し借りや、登下校で二人一緒のところを見たこともあった。まさか、と何度も思ったが、ありえない、とその考えを否定して、確かめようとはしなかった。

「いつから?」
「分からない。気がついたら、いつも白川のことばかり考えてて、白川といると、楽しくて…。」

随分ベタだな、と思ったが、きっとこんなものなのだろう。私は、温くなったミルクティーを飲み干した。

「で、どうしたいの?」
「分からない…。」
「分からない?」
「うん。付き合いたいのか、ただ好きってだけなのか、よく分かんないの。」

 何だそれは。
 普通恋をしたら、その相手と付き合いたいって思うものじゃないのか。
 私は春菜の考えが分からず、ただ、「そう。」とだけ返した。

「ごめんね、急にこんな話。」
「別にいいよ。私でいいんなら、相談乗るし。いつでも話してよ。」
「ありがとう。」

 春菜は笑った。その笑顔が、以前より柔らかい気がするのは、白川のせいなんだろうか。
 私はまだ恋をしたことがなかった。だから、彼女が少し羨ましかった。
 店を出ると、白いものが一つ、視界を縦に横切って落ちた。雪だった。私達は手を繋いで帰路を辿った。











 どうやら白川優也も春菜に気があるらしい。誰からかは知らないがそんな噂が吹聴されて、それは瞬く間に学年全体に広まった。

「良かったね。白川、春菜のこと好きらしいじゃん。」

 何も知らない私は、彼女が喜ぶだろうと思って噂を伝えた。すると彼女は、喜ぶどころか、ひどく憤慨した。

「陽子まで信じるの!?」

 私は驚いて、走り去る彼女を追いかけられなかった。
 結局その日は一言も言葉を交わすことなく、帰りも別々に帰った。
 夜。私は釈然としないまま、自室のベッドで寝転がっていた。すると、突然携帯が鳴った。サブディスプレイには『桑本春菜』と表示されていた。

「何?」
「陽子、今日はその、ごめん…。」
「……別にいいけど。何で怒られたのか分かんない。」

 春菜は少し間を置いて、話し始めた。

「白川に迷惑がかかるって、思ったの。」
「迷惑?」
「うん。知ってるんだ、あの噂はガセって。」
「え、そうなの?」

 これは驚きだ。
 私は、さっきまで怒っていたことを忘れて、彼女の話に耳を傾けた。彼女の話はこうだった。
 白川優也の近所に住んでいる、溝端直美。どうやら白川は、その子に想いを寄せているらしいのだ。本人に確認を取ったわけではないそうだが、春菜は絶対にそうだと言いはった。

「だって白川、よく溝端さんの話するし、溝端さんの名前出すだけで、雰囲気変わるんだもん。」

 それは確かに彼女にしか分からない情報であろうが、だからといってそれだけで決め付けるのも早計というものではないか。そう言えば、彼女は違う、と言った。

「私には分かるの。白川は溝端さんのことが好き。」
「じゃあ、仮にそうだとして、春菜どうするの?」
「どうするのって、決まってるじゃない。潔く諦めます。」

 ていうか、諦めないって言うほど白川に入り込んでないし。
 春菜は、気持ちいいくらいスパッと言ってのけて、笑った。私は呆気にとられて、一瞬言葉をなくしてしまった。

「でも、そんな…、」
「白川のことは好き。だから、私は白川に幸せになってほしいんだ。」

 なんて優しい子だろう。私は、つん、と鼻の奥が痛くなる気がした。泣きたくなった。

「そういうことだから、さ。陽子も、あの噂は信じないでね。」
「う、うん…。」
「じゃ、ばいばい。また明日。」

 私は携帯を見つめながら、溜息をついた。
 相手の幸せを考えられることは良いことだと思う。だけど、春菜はこれでいいのだろうか。良くないはずだ。きっと彼女は、後悔をする。
 確証はないけど、何故か自信があった。











 私と白川が初めて言葉を交わしたのは、中学に上がって、同じクラスになってからだ。
 私と彼は出席番号順で前後の席(私が白川の後ろ)になり、それがきっかけで話すようになったのだ。

「須崎ってさ、桑本の友達だろ?」
「何を今更。」
「いいじゃん。でさ、聞きたいんだけど、桑本が俺のこと好きって、マジ?」
「は?」

 ちょっと赤くなりながら、「どうなんだよ。」と返答を促す白川を、初めて心の底から殴り飛ばしたくなった。
 何だこいつは、と思った。もとより私はそんなに白川を好く思ってなかったので(だからといって嫌いと言うわけでもなかったが)、思いっきり嫌な顔をした。

「気持ち悪。」
「ストレートに言うなよ。お前結構アレだから結構くるんだぜ?」

 結構が二回出たとか、何がアレなんだとか、つっこむ気はなかった。ただ、一つだけ。

「なんで春菜があんた好きって思うの?」
「え、いや、そんな噂聞いたから……。」

 噂。そうか、そういえばそんな噂が流れていたな。私は卒業間近のことを思い出す。春菜が特にアクションを起こさなかったので、気に留めるまでもないと記憶から末梢していたのだ。

「ガセだよ、ガセ。そんなわけないじゃん。」

 後から、この言い方は中々彼を傷つけるものだと気付くのだが、生憎この時の私にはそんな心遣いなど少しもなかった。

「そっか…。」
「白川こそ春菜のこと好きだって噂あったけど、どうなのよ?」
「ん?ああ、あれか。本当だよ。」
「ふーん。…………え?」

 耳を疑った。
 今、白川は何て言った?

「俺は桑本のこと好きだったよ。だけど、あの噂流れてから急に桑本素っ気なくなって。そん時に分かったんだ。ああ、迷惑なんだなってさ。そりゃそうだよな、誰だってこんな奴と噂になんかなりたくないさ。」

 驚愕だった。白川が春菜のことを好きだったということより、二人の考えが全く同じだったことに。
 言ってあげようか。悩んだけど、やめた。これは私の役目ではない。彼女が自分から言うことだ。

「白川のこと、そこまで気持ち悪くないって思えてきたよ。」
「そりゃどうも。」

 だが、私は遅かった。
 この頃、既に彼女の白川に対する気持ちは、完全に消えていた。



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はっぴ はっぴ ゆあ ばーすでぃ♪

HAPPY BIRTHDAY OKAN!
日付変わったと同時にプレゼント渡したんですよ?洒落てるくないですか?私。けどおかんそん時小公女セイラ見てたんですけど。セイラ見ながらのありがとうやったんですけど。なんか切なかった。

さて、誕生日というわけで朝からインターネットカフェに行ってきました。私はずーっとようつべでサンホラのライヴDVD見てました。もう…、陛下まじ男前LOVE。あとれみさん超美人LOVE。朝からテンション上がりまくりです。

そっからおかんと二人でカラオケ行って、自嘲せずに色々歌いまくって、夕食は焼肉『小倉優子』へ(リアタイに写メあり)
まさかの知り合いが働いてて固まったり、ドリンクがまじアメリカサイズでびっくりしたりとりあえず皆さん「〜りんこ」とかゆうゆうこりん口調でびっくりしたり。楽しかったです。もう暫く肉いらねえ←

いやいや、しかしあれですね。誰かの誕生日を一緒に迎えれて、お祝いできるっていいですね。願わくばこれからもずっと、今日みたいな楽しい誕生日でありますように。生まれてくれたことに感謝!です。

さて、今は風呂待ちです。昨日なんやかんやでダンスも資料作成も出来なかったんで、今日は終わるまで寝らんぞっと。追記にてコメレス!
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雨 男( あめおとこ )

 おじさんはいつも黒い服を着ていました。服だけじゃありません。靴も靴下も手袋も。全部全部真っ黒け。でも、おじさんの肌は雪みたいに白くて、サングラスを外した時にだけ見ることのできるおじさんの瞳は、まるでお空がそこにあるかのように真っ青でした。

「聞いてください。僕はもうここには来ません」

 おじさんは、あまり寂しそうではありませんでした。だからでしょうか。私はとても悲しくなって、おじさんの腕をぎゅっと抱き締めました。すると、おじさんは私の頭を優しく撫でて、

「でも、二度と逢えないわけではないのですよ」

 私は「えっ?」と顔を上げました。サングラスのせいでよく分からないけど、おじさんの口元はお月様みたいににんまりしていましたから、きっと笑っていたのでしょう。

「あなたが大人になる日には、きっと雨が降ります。その時にまた、逢いましょう。そして――――」

 そこから先は、よく聞こえなかったと思います。けど、聞き直す間もなくおじさんは行ってしまったのでした。

 その日は朝から、雨が降っていました。





 せっかくの誕生日だというのに、朝から雨とは気分も下がるというもの。雨が嫌いというわけではなかったが、好きでもなかった。洗濯はできないしジメジメするし。それに、せっかく立てた予定も台無しだ。

「…うん…ごめんね。また今度……うん。じゃあ、来週の土曜日に。またね」

 がちゃん。つー、つー。
スピーカー越しに回線が切れたことを告げる寂しい音が聞こえてくると、電源ボタンを押して溜め息をついた。今日は友人と映画に行く予定だったのだ。でも、映画館までの交通手段が徒歩なので、中止にした。
 あの映画、楽しみにしてたんだけどなあ。思っても仕方のないことだけれど。

(そういえば卵切れてたっけ…)

 台所に行き、冷蔵庫を開ける。卵はない。昨晩、最後の一個を使ってしまったのだ。ちなみに昨晩の夕食はゴーヤチャンプルーだった。とまあ、そんなことはさておき。

(うわ、何も無い)

 実際に何も無いわけではなかった。牛乳、ヨーグルト、バター、納豆、ミートボール、食パン(カビ防止に)、オレンジジュース。野菜室も見てみるが、冷蔵室にあるものといい感じに調理できそうなものはない。冷凍室も然りだ。

(結局行くしかないか…)

 だるいなあ、と思いながら、鞄を肩にかける。一応紫外線防止のために帽子も被った。晴れている時よりも曇っている時の方が紫外線が強いらしい。というのはいつか見たバラエティ番組で言ってたこと。玄関に行き、靴を履く。扉を開けると、遠くに感じていた雨音が近くなった。ジメッとした外気が肌にまとわりついて嫌な心地がする。私は傘を開くと、嫌々ながらも歩き出した。
 雨は降り続いている。





 近所のスーパーまでは歩いて十分もかからない。私は卵と、それからある程度食材を買い込んだ。お菓子も少し買った。予算を大分下回ったので、買い物上手になったなあ、と自分を褒めながら帰路を辿る。

(あ、この店可愛い)

 そこは、どうやら喫茶店のようだった。白い壁と焦げ茶色の屋根。それから窓際に並べられた可愛らしい雑貨。あまり派手ではない、素朴な雰囲気が気に入った。

(どうせ帰っても暇だし…)

 そういえば今日は誕生日だったことを思い出す。帰ってもどうせ一人寂しく過ごすしかないのだから、ならちょっと寄り道するのもいいかもしれない。今日だけは少しわがままに過ごしても許されるんだから。

(…入っちゃえ)

 傘を閉じ、ノブに手を掛ける。扉を開くと、店内の冷えた空気に包み込まれた。寒すぎず暑すぎない、ちょうど良い涼しさ。まるでシャワーを浴びたあとのようなさっぱりとした気持ちになりながら、傘を傘立てに入れて、扉を閉めた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「はい」
「ではお席まで案内させていただきます。どうぞ、こちらへ」

 可愛らしい店員さんの、実に丁寧な接客態度に気分を良くしながら、案内されたテーブルにつく。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 店員さんはメニューをテーブルに置くと、頭を下げて奥へと引っ込んでいった。まるでレストランみたいだ。けど、コーヒーの種類がやけに多いメニューを見ていると、やはり喫茶店なんだな、と思う。いや、もしかしてコーヒーに力を入れたレストランなのかも。考えて、いやでもそれはないな、と頭を振った。
 店内に流れていた音楽は、どうやらかの有名な久石音楽らしい。久石音楽と言えばジブリ。ジブリは基本どの作品も好きなのだけれど、一番好きなのは『千と千尋の神隠し』だ。あの一面海と空のシーンが特に好き。とても綺麗で泣きたくなるくらいだ。泣きたくなるくらい好きと言えば『ハウルの動く城』でソフィーらが休息のために寄った湖畔のシーンも。ああいう素敵な場所に、一度でいいから行ってみたいと思う。

「すみません、お客様」

 不意に声を掛けられ、私は顔を上げた。そこには先ほどの店員さんと、見知らぬ男性がいた。

「何ですか?」
「合席お願いしてもよろしいですか?」

 私は店内を見回した。どうやら満席らしい。しかも、一人で四人掛けのテーブルを使っている図々しい客は私だけのようだった。合席かあ。と、店員さんの後ろにいる男性を見る。見知らぬ男性。正直断りたかったのだが、かと言って彼にたった一人で待っていろと言うのも(直接私が言うわけではないが)気が引けたし、何より私はいいえと言えない純然たる日本人だったので「いいですよ」と返してしまった。

「すみません。それではお客様、こちらに」

 店員さんに促されて男性は私の向かいに座った。私はもう充分に見たメニューを彼に渡し、『カフェ・イタリアン』とやらを注文した。かしこまりましたと頭を下げて、店員さんは奥に引っ込んでいく。

「あの、すみません。僕なんかを一緒のテーブルに入れてくださって」

 男性はぺこりと頭を下げた。僕なんか、とは随分自分を低く見る人だなあ。私は「いいんですよ」と笑う。

「男一人で待ってるってのも寂しいじゃないですか。私だったら諦めて帰ります」

 彼は常連さんだろうか。何となくそんな気がした。にしては、随分店の雰囲気に合わない出で立ちだったけれど。
 黒いハイネックの長袖。黒ズボン。黒い革靴に黒い傘。それからサングラス。全身黒ずくめ。一見不審者だが、彼から発せられるオーラが何となく緩くて、警戒心を拭い去ってくれる。直感的に「この人は良い人だ」と思った。
 彼はカプチーノを注文した。何故か先に注文したはずの私のカフェ・イタリアンが彼の注文したカプチーノと一緒にきたので、仕事が遅いなどと言って笑った。それから、色んな話をした。仕事のことや趣味のこと。小さい頃の思い出。
 彼からも色んな話を聞いた。気がつけば私は、まるで彼が久し振り会った旧友であるかのような錯覚に陥った。それほど彼は話しやすく、また彼の話もすんなりと聞けた。

「えっ、今日誕生日なんですか?」

 私は頷いた。

「二十歳になるんです。やっと大人の仲間入り。まあ、あまり実感ないですけど」
「そんなもんですよ。所詮世間が決めた境界線です」
「ですよね。年齢ってあまり意味無いんじゃないかなってたまに思うんです、私」
「うーん。必要な場合もありますけどね」
「まあ、そうなんですけど」

 大人になるってなんだろう。大人になったってどういうことなんだろう。私は、今でも高校生であった頃と変わらないと思うし、でもそれは、成長してないってことでは決して無い。大人の証は世間が作ってくれるのかと思えば、そうでもなくて。とりあえず今日を越えたら私は大人って名乗ってもいいらしいのだけれど。

「あなたは、随分深い考えをする方なんですね」

 胸の内をありのままに語ったら、彼はそう言って笑った。引かれただろうか。不安になったが、そうではなかったらしく、むしろ「立派だと思います」というえらく大層なお言葉をいただいた。

「立派でしょうか。答えなんて出せないこと悶々と考えて」

 その時。ふと、ある人の言葉が浮かんだ。

「大人になる日に…」
「え?」

 彼が聞き直してくれたおかげで、私ははっと我に返った。今、私は何を口走ったのか。不思議なことに、思い出せない。代わりに懐かしい記憶が浮かんできた。

「小さい頃、名前も知らないおじさんとよく遊んでいたんです」
「名前知らなかったんですか?」
「はい。向こうも多分私の名前は知らないと思います。おじさんは雨が降った日にだけ、近くの公園の裏手にある森に現れては、お話を聞かせてくれたり遊んでくれたりしました」

 気がつけば私はおじさんのことについて話していた。あなたと同じように、いつも黒ずくめだったおじさん。おじさんなんて言ってるけど、それは当時の私からしたらそう見えただけで、今思えばお兄さんくらいだったこと。おじさんはとても聞き上手で話し上手だったこと。行きつけの喫茶店についてよく聞かせてくれたこと。きっと君も気に入りますよ。そう言うから私は、いつか連れていってねと言った。するとおじさんは、いつか一緒に行きましょうと頭を撫でてくれた。おじさんとする他愛ない話はどれもきらきら輝いていて、おじさんに会いたいがためによく逆さてるてるをぶら下げていたこと。話していると止まらなくなって。それでも彼は途中口を挟んだりせず、丁度良い相槌を打ちながら黙って私の話を聞いてくれた。そういえば彼も随分聞き上手である。

「おじさんのこと大好きだったんですね」

 話し終わると、彼は静かに言った。

「おじさんは何で来なくなっちゃったのかなって。それから暫くは塞ぎ込みました。嫌われちゃったのかもって」

 私は何か忘れていた。それが何かさえ思い出せない。大切なことだったということだけは覚えているのに。

「それはないですよ」

 彼の言葉にはやけに自信が込められていた。不思議に思って彼を見る。サングラスのせいでどんな顔をしているかは分からなかったけど、口元はまるで三日月のようににんまりしていたから、きっと微笑んでいたんだろう。

「やむを得ない事情があったんですよ。けど、きっと。これは僕があなたの話を聞きながら考えた予想でしかないんですけど」

 約束をされたんじゃないですか?おじさんは。いつかまた逢いましょうって。少なくとも僕がおじさんなら、まだ小さいあなたにそう言ってると思います。
 コーヒーはすっかり冷えていた。けれども私は、カップを握ったまま飲もうとしなかった。頭の中で、弾けたのだ、記憶が。

 何だ、そうか。

 ゆっくりゆっくり、理解していく。ようやっと飲み干したコーヒーは冷たかったけど、美味しかった。

「出会ったばっかりでおかしいと思うかもしれませんが、いいですか?」

 彼は少し頬を染めながら聞いてきた。はい、どうぞ。私は頷く。彼は嬉しそうに笑って、サングラスを外した。そこには、青空があった。

「僕と、恋をしてくださいませんか?」

 雨は降り続いている。





 夢を見た。
 私は森の中にいた。昔よく遊んだ場所。私が大好きだった場所。空を見上げると、白かった。

 しとしと、さーさー。

 どうやら雨が降っているらしい。私は裸足だったけれど、不思議なことに足は濡れなかった。

「二度と逢えないわけではないのですよ」

 懐かしい声が聞こえた。ばっと振り返る。そこには幼い私と、おじさんがいた。相変わらず真っ黒け。やっぱりおじさんって呼ぶには若すぎる。私はおじさんに近付いていった。

「あなたが大人になる日には、きっと雨が降ります。その時にまた、逢いましょう」

泣きじゃくる私の頭を撫でるおじさん。その先に続く言葉を、私はようやっと聞くことができた。

「そして、恋をしましょう」






雨 男
あ め お と こ



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