「…しかし…」
「…ふぇ?」


友達と先日見つけたお洒落な喫茶店。月森を半ば引っ張りこみながら早速注文した苺タルトを頬張ること二口目、エスプレッソに一口だけ口をつけた月森が香穂子に尋ねる。
「…今日は、何かあったのか?」
「どうして?」
「いや…、普段の君とは雰囲気が違うようだったから」

確かに普段の香穂子ならこんなに華やかな私服は着ないだろう。メイクだってこんなにバッチリ決めたことなんて初めてだ。

「今日はお姉ちゃんと買い物に来てたの」
「…そうだったのか」
「うん。でも会社のお友達から電話がきて、先に帰っちゃった」
「それは…残念だったな」

姉がいる、と知らなかったらしい月森が少し驚いた顔をしてエスプレッソに再度口をつける。先程からタルトを口に運ぶため世話しなく動かしていた手を休ませながら、香穂子は月森の端正な顔に視線を送った。


『残念だったな』と月森は言った。確かに姉が先に帰ってしまった時は残念に思ったけれど、その後すぐに月森の姿を見つけ思わず声をかけてしまった。
自分でも現金だと思う。その姿を目に留めた瞬間、姉にショッピングに誘われた時よりも嬉しかったのだから。

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「さあ、香穂子!今日はお洒落するわよ!」
「えっ!ちょ、お姉ちゃん!?」

遡ること数時間。日野家は朝から騒がしかった。
一週間ほど前から約束していた姉とのショッピング。臨時のボーナスが入ったから欲しいものを買ってあげると言われ、香穂子は密かに楽しみにしていたのだけれど。

「あのねぇ!好きな男の子にどこで会うかなんてわからないのよ?」
「で、でも…」
「大丈夫よ香穂子!!お姉ちゃんがとびきり可愛くしてあげるから!」

そう言って笑う姉に、こうなったら敵わないことは身を持って知っている。
ポロリと口が滑って、『好きな人が出来た』と話してしまったことを後悔するが、もう遅い。
「ほらほら、香穂子〜」
今まで浮いた話のなかった妹の変化が嬉しいのか、服もメイクも髪型までも全てを完璧にプロデュースして満足げに姉は笑った。


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「……何か?」
「あ、ううん!その…やっぱり似合わないよね?私にこんな格好…」

自然と、早口でしりすぼみになる香穂子の言葉。目の前の月森といえばいつもと変わらぬ表情だから不安になる。

『綺麗だ』とか、『可愛いな』とか。そんな具体的な言葉が欲しかった訳ではないし、言われてもどうしたらいいのかわからないほど、きっと自分は混乱する。
でも期待していたことも事実で。
大人っぽいメイクもお洒落な服も最初は凄く気恥ずかしかったけれど、ショッピングの途中、何気なく覗きこんだショーウィンドウに映る自分の姿を月森に 好きな人に見て欲しいなと思った。だから本当に見つけてしまった時は、反射的に声をかけてしまったのだ。
他の誰でもなく、月森に誉めてもらいたくて。



「…いいんじゃないか?」
香穂子にとっては永遠に思えた長い沈黙の末、ぽつりと月森が呟いた。自然と香穂子の瞳が月森を捉える。月森も真っ直ぐ香穂子を見つめていた。

「いや、俺にはあまり女性の服装のことはわからないが……似合っている、と思う」

数秒遅れてやっと意味を理解して、頭で噛み締めているうちにだんだんと動悸が激しくなる。胸の奥がきゅっと痛んで、香穂子は思わず胸元を握りしめた。

「あ…ありがとう」
真っ赤に染まる顔を俯いて隠しながら、掠れそうな声で言葉を絞り出す。
ありがとうお姉ちゃん、と心の中でだけ呟くと、香穂子はそっと顔を上げ月森を伺い見る。案の定、目があって恥ずかしさは最高潮。それでも香穂子はにっこり笑った。
月森もまた淡く微笑み返し、暫し見つめ合う。言葉はないけれど、何より素晴らしい優しい時間。