肩で切り揃えられた漆黒の髪が、優姫の動きに合わせて、さらさら踊るように舞う。

「ほら、零!早くしなくちゃ日が暮れちゃうよー」

零よりも数歩先を歩いていた優姫が、くるりと振り返り大きく手を振る。
バレないようにそっと溜め息をついた零の手の中で、カサリと買い物袋が音をたてた。



先程まで赤く色づいていた空にも、ぽつりぽつりと輝く星たちが姿を見せ始めていた。
晩御飯の買い出しを頼まれて、理事長宅を出たのが午後4時。
通常ならば一時間程で終わるはずだった買い物が予想以上に長引いた原因は、目の前を満足気に行く一人の少女。

買い出しの後、半端に残ったおつりで優姫がどーしても食べたいと駄々をこねた、杏仁★チョコクリームドーナツパフェスペシャル。
その名前だけで零の背筋には戦慄が走ったのだけど、実物は 想像以上だった。
これほど凶悪な食べ物を今まで見たことなんてない。
しかもそんなものを、あろうことか零にまで食べさせようとするのだから、あの時は酷く恐ろしかった。



「あのパフェ、ホントに美味しかったよね♪」

夕焼けに伸びる2つの影。
足取り軽く、食欲を満たされたからか鼻歌を歌いながら優姫が笑う。

「…甘過ぎだろ、あれ」
「甘いからパフェなんだよ!!」

拳を握り締め、良く解らない理屈を言いながら此方を睨み付ける優姫に、全く迫力などないのだけど。

「…はいはい」

こんなことで言い合うのもくだらなくて、零はずり落ちそうになった両手の買い物袋を握り直した。

「…重い?」

その仕草を目に止めた優姫が不安げな視線を零に送る。
寄り道をさせたうえ、零に半ば無理矢理パフェを食べさせた罪悪感でもあるのだろうか、心なしかしょんぼりしているように見える。
「…別に」

素っ気なく言った言葉。
本当は少しだけ指が痛いのだけれど、そんなことを言えば優姫のことだ。
自分が持つと言って聞かなくなるだろう。
それに、これ以上のペースダウンは望ましくない。


「お前はもっと大きく手を振って歩け」
「…なんで?」
「カロリー消費しないと…豚になるぞ」

「……、!!」

きょとんとしていた優姫の瞳がきりっと引き締められたかと思うと、みるみるつり上がっていく。

「零のぉ……馬鹿ーっ!!」

怒声と共に飛んでくる正拳突きを何とかギリギリのところで交わすと、恨めしそうに此方を見上げる優姫の瞳と重なった。

「ふんだっ!心配して損しちゃった!!もう零なんか知らないんだからねっ!」

肩を大きく上下させ、分かりやすい程に体全体を使って怒りを表現している。
馬鹿だな、と思いつつ少しだけ羨ましい。
こんなにも素直に喜怒哀楽を表現できたなら、どんなにいいだろう。

「お前に心配されたらもう終わりだ」

ふっとわざとらしく鼻で笑いながら、続ける言葉。
―本心ではない。
どうしようもなく零れる軽口。
どうやら自分は思っていた以上に素直ではないらしい。


「なにおーっ!!」

もう一度振りかぶった優姫の一撃を、これまた寸での所で交わし、あっさりと優姫を追い越して歩調を早める。

「ちょっと零!!待ってよー!!」

先刻まであんなに顔をしかめていたというのに、今ではもう置いてきぼりの子供のように不安な顔をして追いかけてくるから。

(…ばーか)

緩む頬はどうしようもなく俯いて隠すように笑う。
そんな零の後ろ、追い付いたのだろう優姫が零の上着の袖を掴むから、歩調をゆっくりと落としてやる。

「…早く帰るぞ」
「…はーい」


端から見ればこの関係は一体何なのだろう。
仲の良い兄妹か、それとも恋人同士なのだろうか。

どちらにしても優姫が側にいてくれるのであれば何でもいい。

 続く沈黙。
けれどけして不快ではなく、逆に優しく暖かいような、そんなむず痒い感覚。
それを振り切るように零は空を見上げた。

(俺は、これ以上なんて…望まない)

―きっとこんなに居心地の良い場所なんて他に知らないから。


少しだけ後方を振り返れば大人しく後をついてくる優姫の頭がすぐ真下に見える。
何気なく、いつの間にか染み付いてしまっていた癖で、小さな頭を撫でそうになるけれど、生憎今は両手が塞がっていた。

(…仕方ないな)

帰って荷物を下ろしたらめちゃくちゃに髪を乱してやろう、とこっそり胸の中で企んで。
零はまた少しだけ歩調を早めた。

家はもう、すぐそこ。