何をこんなに思いつめているのか、と思った。

「僕がいない間の君に、僕は絶対に会うことができない」

いつからか、その時のユーリのことを他の誰かに聞くしかないのが嫌になっている自分に気付いた、とフレンが呟いた。

「……だから、一緒にいられる間はオレに構いまくるってのか?」

「この『今』が過去になってしまった時に、取り戻せなくなるのが嫌なんだ」

「なんか…難しいな…。振り返った過去に、オレと一緒の自分がいないのがやだって事か」

「ちょっと違うけど…まあそんな感じでいいよ」

「だからさあ、」

一緒にいなくても大丈夫だ、オレたちは

「だから」

少しでも取り戻したいんだ、失ったものを


「………」

「………」


言葉が重なって、二人揃って沈黙した。


「恥ずかしい奴だな…」

「ユーリは冷たいな」


「………………」

「………………」

またしても沈黙。さっきより少し長めだ。



先に動いたのはフレンだった。
掛けっぱなしだった鍋を火から外し、ワインと砂糖を足してまた火に戻す。

(ワインだったのか、あれ)

沸いたホットワインをカップに入れてユーリに手渡した。

「ほら、熱いから気をつけて」

カップを受け取りながら、ユーリはフレンの言葉の意味を考えていた。


謎掛けみたいでよくわからない部分もあるが、要するに「あの時」に感じた不安のせいで、オレと離れるのを恐れている、ということなんだろうか。

少しでも一緒にいたいから必要以上に近くて、失う恐怖を感じたから過保護に?

フレンの知らないオレを知ってる仲間が羨ましい…つまり、妬いてる…?



ユーリはそこまで考えて、思わず吹き出してしまっていた。

「…何で笑ってるんだ」

「いや、だってさ!おまえそりゃ、『好きな女が他の男と話してんのが気にくわねー』ってのと同じじゃねーか!野郎に言うようなことじゃねえよなー」

あははは、と声を上げて笑うユーリに、フレンはむっとして詰め寄る。

「笑わないって言ったよな」

「だから、内容によるって!そーかそーか、おまえそんなにオレが好きか!」

「…ユーリ」

「いやー愛されてんなーオレ」

「ユーリ!!」


フレンがユーリの肩を掴んで自分のほうを向かせた。
思いのほか乱暴な動きに驚いてユーリが動きを止めた次の瞬間、


「っちょ、フレン!?」

「少し黙っててくれないか」

フレンはユーリを強く抱き締めていた。






(なんだこれ、どういう状況だよ……!?)

フレンの胸に埋まったまま動けないユーリの頭上から言葉が降ってくる。

「僕は君と、出来るだけ離れないでいたいと願ってる」

「え、あ…」

「だから君は、自分が僕に相応しくないなんて考えるな」

「………!!」

「嫌なんだ、そんなのは」


自分の罪は赦された訳ではない。
フレンの隣には相応しくない。
いつか、誰かが現れるまでの、代役。


「自分だけで勝手に決めないでくれ…!」



フレンの本当の気持ちが分かった気がした。

置いていかれたくない、と必死で訴えているようで、そんなフレンを笑ってしまったことを後悔した。


「…悪かった。どこにも行かない。一緒にいてやるよ……今は、な」

フレンの肩が跳ねる。
そう、「今」は一緒にいる。
でもそれは永遠じゃない。

「ユーリ…」

「わかってんだろ、オレの『覚悟』を」


ユーリを抱く腕に力が込められる。

「どうしても、僕の隣にはいられないって言うのか」

「いっつもいる必要ないって言ってんだよ。何度も言わすな。…それよりさ」

「……何」

「そろそろ離してくんない?苦しいんだけど」

「…ユーリが僕の隣を選ばなくても」

「おい!離せよ!」

「僕が、君の隣を選ぶ」

「離せってば…!」

「それならいいだろう?誰にも文句は言わせない。君にも、だ」

じたばたともがくユーリの髪に顔を埋めて、フレンが小さく、はっきりと告げる。



「これが、僕の『覚悟』だよ」



ユーリの動きがぴたりと止まった。
う、とか、あ、とか小さな呻き声が聞こえる。

「か………」

「ユーリ?」

「勝手にしろ、このストーカー!!」

「耳が真っ赤だよ」

「さっきのワインのせいだろ……ほら、離せ!!」


フレンが腕を緩めた途端ユーリは後ろに跳び退き、すぐさま立ち上がってフレンに背を向けた。

「話は済んだから、オレは戻る」

「ユーリ」

「…おまえの言いたいことはわかった。そんなにオレといたけりゃ好きにしろ」

「ユー…」

「そのかわり!!」

振り返ってフレンに指を突き付ける。

「必要以上にベタベタすんな、調子が狂う。邪魔だと思ったら容赦なくぶん殴るからな、分かったか」


それが照れ隠しで苦し紛れの台詞だとわかってしまうから、フレンは小さく微笑んだ。

「何笑ってんだ…。あと、指、サンキューな」

「…ああ」

「じゃあな。しっかり見張りしろよ!」





闇に溶けて行く姿を見送って、フレンは空を見上げた。

星蝕みに覆われた空にも、美しく瞬く無数の光がある。

ひときわ輝く光に、フレンはもう一度『覚悟』を呟いた。





――――君の隣に





ーーーーー
終わり