「フレン」


炎に照らされた顔が驚いて振り返ると、そこにはまるで夜の色に溶けてしまいそうに佇むユーリの姿があった。

「なんでここに…君は見張り番じゃないだろう」

微かな怒りの滲む声で咎められるのも構わずユーリはフレンの向かい側に腰を下ろす。

「おまえだって今日は食事当番じゃなかっただろ」

「まだそんなことを…」

「オレだけ楽すんなってさ。おまえに付き合ってやれって言われたんでな」

普段の調子で答えたユーリに対し、フレンはますます眉間にシワを寄せた。

「…仲間に言われたから?」

「あ?」

「誰に言われたんだ、そんなこと」

「誰、って…」

「僕は君を休ませてやりたいんだけど、他の皆は違うんだな」

「…………」

明らかに怒り始めたフレンを目の前にして、ユーリは困惑した。

やっぱりどこかおかしい、と思う。

(こりゃ、ストレートに聞くしかねえな…)

ひとつ深呼吸をして、少しだけ身を乗り出す。
フレンの顔を真正面に捉えてユーリは話を切り出した。


「フレン、何かオレに言いたいことあるんだろ?」

「…何故」

フレンはユーリと目を合わそうとせず、ぼそりと答えた。

「なんか最近のおまえ見てると、違うなー、って感じるんだよ」

「違う?何が」

「…上手く言えねぇんだけど、オレに対して構いすぎ、ってか過保護ってか…」

「………」

「前みたいに小言言ってくんのともなんか違うし、だったら他に言いたいことがあんのかな、ってな」

「…言ったら笑うよ」

ということは、やはり何か言いたいことがあるのか。そうと知ったら聞かないでは済ませられない。

「笑うかどうかは聞いてみねえとわかんねぇな」

にや、と笑ったユーリにフレンは不機嫌そうな顔を向ける。

「言う前から笑ってるじゃないか」

おいおい。
なんだこの駄々っ子は。

フレンってこんなんだったか?と思いながらもユーリは話し続ける。

「何拗ねてんだかしらねぇけど話してみろって、笑わねえから」

「拗ねてなんか」

「みんなも心配してたぜ?おっさんとか、エステルとかさ」

「みんな、ね」

「フレン?」

「…何か温かい飲み物いるかい?」

「え、ああ…」


脇に避けてあった小鍋を火にかけ直しながら、フレンが、ぽつぽつと話し出した。



「君は、いい仲間に出逢えたんだね」

「いきなりなんだよ…おまえだってそうだろ」

「僕は…その中にいたかった」

ユーリが目をしばたたく。
意味が、よくわからない。

「君がザウデで行方不明になったあと、何度捜索しても見つからなくて…何も考えられなくなった」

「なんで今、その話なんだよ」

「話を聞いてくれるんじゃなかったのか?」

(やっぱり拗ねてんじゃねえか…)

自分を見る表情がどこか幼くてなんだかおかしかったが、へそを曲げられても困るので黙っておく。

「君の無事を信じていたし、再会した時はすごく嬉しかったけど…つらかった」

「まあ、心配かけたのは悪いと思って…」

「違う」

「あん?」

「君が自分の無事を教えたい人の中に、僕は入っていなかったから」


あの時は精霊化やら何やら、問題が山積みだった。
あちこち飛び回っていたらフレンの危機を知らされて、ヒピオニアで再会したのだったが。

「おまえはおまえのやるべき事をちゃんとやってるって、わかってたからな」

笑って言うユーリだが、フレンの表情は固い。

「わかってる。それでもそんなこととは関係なく、君の側にいられないことがつらくて…エステリーゼ様や他の皆が羨ましくて仕方なかった」

「……フレン、そりゃ違うだろ」

フレンが顔を上げる。

「あいつらがいたからオレはおまえを助けに行けたんだぜ?おまえにだって、おまえのことを大切に思ってる仲間がいるだろ。こっちこそ羨ましいよ」

それに、と言ってユーリが空を見上げる。

「今はこうやって一緒にいるじゃねえか」

幼い頃から二人で助け合って生きてきて、何でも分けあってきた。
でもお互い選んだ道を違えてからは会わないことが増えて、ユーリが旅を始めてからはますますすれ違いが増えた。

それでも目指す先が同じだから今こうしているし、これから先もそうだろう。

「別にいっつも一緒にいなくたって大丈夫だろ、オレたち」

「…ユーリはわかってないよ」

ユーリが大袈裟にため息を吐く。

「なんだよもう…、はっきり言えよ、言いたいことがあんならさ」

「そっち、行ってもいいかい?」

「え?あ、ああ」

移動してきたフレンが座ったのはお互いの肩が触れるほどの近さだったので、ユーリは驚いて少し距離を空けようとしたのだが――

「逃げないでくれ」

「ちょ…近すぎて話しにくいだろ」

「そんなことない」

仕方なくそのまましばらく炎を見つめていると、ふいにフレンが呟いた。

「…無理だから」

「何が」

「僕の知らない君を、知ることが」

「何のはな、し…」

真っ直ぐに見つめてくるフレンの瞳があまりに透き通っていて、ユーリは言葉をなくしてしまった。






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続く