解説(9)

「プロブレム・ナイト」(2014.12脱稿)

普段は牧神がすっかり夫婦として出来上がっていて、一緒に住んでいる設定で書いているのですが、今回は牧と神が付き合い始めて半年ほど経ち、初めて迎えたクリスマスシーズンの話です。二人の馴れ初めにつきましては、「スウェルター」という作品をご覧頂ければ幸いです。

このブログでも以前申し上げましたが、再度言わせて頂きます。武藤が好きです!!私は今、SDの登場人物で誰が一番好きか?と尋ねられたらコンマ1秒の速さで「牧」と答えるのですが、武藤は牧とは違うベクトルで好きなんですね。あの、常勝・海南でレギュラーだったぐらいだからすごい男には違いないのに、それを上回って有り余る勢いで普通っぽさが際立つ武藤…ある意味、すごい精神力と言えるのではないでしょうか?そのうち牧神前提で、牧と武藤しか出てこない話が書きたい…何かネタを思いついたら速攻書きます!(≧∇≦*)
しかし武藤は、神が密かに牧に恋していた事に気づいていたのでしょうか?答えは多分、「何となく、薄々は…」といった所でしょうが…(^_^;)

ちなみに、この作品の中で神が「うちらの代は個性の強い上と下に挟まれて苦労してるから、基本的には地味」と言っているのですが、それを聞いた牧と武藤が内心、「てめー、なに一人で常識人ぶってんだよ」「お前が地味?嘘だろ?」と総ツッコミを食らわせている事をここで追記しておきます(笑)。
それにしても、毎年行われているらしいチーム3年生の忘年会in魚住の店…非っ常〜に興味深く、書いてみたい気も致しますが、私にそれほどの力量があるのか?(;´Д`)良かったらネタ提供するんで、ぜひどなたか書いて下さい…(完全に他力本願)

次回作は、ギリギリ年内に間に合うか年明け早々になるかのどちらかだと思いますが、どちらにせよ年末にまたご挨拶をさせて頂きますね。ではではまた、近いうちにお会い致しましょう(*^o^*)

プロブレム・ナイト

不意に武藤さんから切り出された、「神、ちょっとつかぬ事を聞くんだけど…って言うか確認なんだけど」というセリフの意図が理解できなかった。

「何ですか?」

とりあえず返答しておきながら、店内で他の先輩に捕まって話し込んでいる牧さんを見るともなしに眺めている。今日は海南バスケ部OB会の忘年会で、一次会の後は有志による二次会が行われるのだが俺と牧さんは参加せずに帰る。半年前から付き合っている俺たちは、週末は大抵どちらかの部屋で過ごすという事に暗黙の了解で決まっていた。現に土曜日であるこの日も、俺のアパートから一緒に忘年会会場である新宿まで出てきたのだ。

忘年会の参加者は二次会に流れる者、帰る者、よそで飲み直す者などさまざまで、店の前は折からの喧騒もあって非常にごった返している状態だった。正直油断していた俺は、武藤さんから放り込まれた爆弾を無防備に被弾する羽目になってしまった。

「牧と付き合ってんだろ?良かったな、あの無類の女好きに思いが通じたか」
「えっ…!!」

いきなり何を言い出すんだこの人は―――文字通り頭の中が真っ白になった俺は混乱のあまり、武藤さんを見つめ返す以外の対処を思いつけなかった。武藤さんは顔色を変える事なく俺を見やり、さらに言葉を付け加える。

「何だ、やっぱそうだったんだ」
「なっ、えっ…?うそっ、もしかしてカマかけられた?うわーっ、最悪…!」

図らずも武藤さんの策略に嵌まってしまった恥ずかしさや、迂闊な自分への怒りを抑え切れずに武藤さんの二の腕を叩く。「まあ、そう怒るなよ神」と、余裕綽々といった面持ちで己の腕をさすっている武藤さんの腹の中が相変わらず読めなかった。

「お前も知ってるだろ?去年、牧が彼女と別れた話…その彼女が相当往生際悪くて、完全に縁が切れるまでに半年以上かかったらしい」
「あー、何か大変だったって聞きました。詳しくは知らないですけど…」

去年の夏から今年の5月までの約一年、俺は勤務先の異動で広島に出向していた。その直前に俺が酔った勢いで牧さんに告白するという事件があり、牧さんとの連絡を故意に絶っていたので「空白の期間」に起きた出来事は知らない。当の牧さんはあまり話したがらないし、俺も積極的に聞きたい訳ではなかったのだ。「そう言やお前、去年の今頃は広島だったっけな」と武藤さんは頷き、自分の頬を人差し指で掻いてみせた。

「とにかく、その彼女とどうにかこうにか切れてからはさすがの牧も疲れたみたいで、牧にしちゃあけっこう長い事フリーだったんだよな。けど、今年の6月だか7月だかにはすっかりいつもの調子だったから、あー、女が出来たんだなって俺は思った訳」
「……」

―――いろいろあったものの、結局思いが通じ合って付き合う事になったのがまさに今年の6月の話だ。その時の甘く、くすぐったい記憶を蘇らせた俺は唇の端を微かに震わせた。目ざとくそれに気づいた武藤さんが、「これだからリア充はよ」と言わんばかりの眼差しで俺を見ている。

「でも、牧が全然口割らねえんだよな。女が出来たって雰囲気はバリバリ匂わせてるくせに。それがすっげー謎だったんだけど、まあ勘っつーか何となく、あっ、もしかしたらこれは『女』じゃねーなって思い当たったんだよな。そしたら神しかいねえのかなって」
「そこで信長とか、高砂さんとかに思い当たらないでくれてありがとうございます」

我ながら奇妙な礼を述べる俺の前で、武藤さんが「まあな」と渋い顔をしてみせる。

「清田も高砂も彼女持ちだから、消去法っつーのもあったんだけどな。…いや、こればっかりはわからねえか。もしかしたら高頭監督…」
「えっ、それこそ高頭監督だって奥さんいるし!って、そういう問題じゃないから!」
「ちょっと待て今、想像力の限界に挑戦してるから…」
「やめて武藤さん!それ以上禁断の扉を開かないでー!」

俺は慌てて、もっともらしくこめかみに拳を当てている武藤さんの両肩を激しく揺さぶった。ただでさえあの牧さんが、俺のひとかたならぬ好意を受け入れてくれただけでも奇跡に近いのに、これ以上未知の世界に踏み込まれたらたまったものではない。そこへようやく牧さんが店から出てきて、大人気なく騒いでいる俺たちに不審げな視線を投げかけてくる。

「お前ら、何騒いでるんだ」
「いやー、そんな大した話じゃねえよ。目玉焼きにかけるのは醤油かソースか、っつー話…」

すかさずその場を取り繕い、明らかに「嘘」とわかる返答を堂々と切り返す武藤さんにはただただ感心させられるばかりだった。「絶対そんな話してねえだろ」と、口には出さずに顔面だけで表した牧さんだったが、何故かそれ以上は追及せずに「その二択だったらソースだけど、個人的にはケチャップだな」と答えるのみにとどまった。

「なるほどなー。神は?」
「俺はその二択だったら醤油ですけど、シンプルに塩と胡椒で食うのが一番好きですね」
「おー、そうなんだ…ちなみに俺はマヨネーズ推しだけど。ところで、年内ってもう一回ぐらい会う予定あったっけ?」

鮮やかなまでに、流れるような会話の応酬が続く。牧さんは少し間を置いた後に「確か年末に同期の忘年会があるだろ、あの…魚住んとこで寿司食うやつ」と返し、武藤さんも「あー、あれなー。何か最終的に、魚住とか三井とかが酔って泣いてるよな毎回。もうお約束だけど」と半笑いを浮かべてみせた。

「えっ、そんな鬱陶し…あっすみません、えーっと、感動的な忘年会なんですか?」

同期の会だから俺には関係ないのだが、ちょっと興味本位で参加してみたいようなみたくないような、何とも複雑な気分だった。そんな俺の心の内をいち早く察した牧さんが、「まあ、みんな格安で寿司食うために行くようなもんだからな」と言い、「な?」と武藤さんに同意を求める。

「そうそう、魚住と赤木と三井が熱く語り合ってる横で、花形とか高砂がガンガン日本酒飲みまくってる図が何かシュールで笑えるんだよな。お前らだって同期の会とかあるんだろ?他校も混じってるやつ」

その場に一度も遭遇していない俺ですら、その光景がいとも簡単に思い描かれるようだった。武藤さんから尋ねられるのへ、何となく笑いを堪えながら「一応ね」と口を開く。

「あるにはありますけど、かなりゆるーい会ですよ?そんな定期的に集まらないし…だいたいうちらは、個性の強すぎる上と下に挟まれて苦労した代だから、基本的には地味な会なんですっ」
「またまたー、いるじゃん個性強いの。あの、陵南の福田…」
「いいんですよフッキーは!やれば出来る子だから!」
「やれば出来る子って何?!」

そんなやり取りをしていた所へ、「何盛り上がってるんすか?」と信長が先ほどの牧さんと同様、思い切り怪訝そうな表情をたたえながら近寄ってくる。武藤さんは「あーそうだ、清田の代も同期会ってさ…」と言いかけ、すぐさま「あっ悪い、やっぱいいわ」とその先を制した。

「だって、清田とタメの奴って桜木とか流川だろ?俺、清田と同じ代じゃなくてマジで良かったと思うわ…」
「えーっ、何なんすかそれーっ!」
「いや、それは俺も武藤と同意見だな」
「うん、信長には悪いけど俺もそう思う…」

かつて、これほどまでに三人の意見が一致した事があっただろうか―――と語るほどでもないが、とにかく今、三人の心が同じである事には違いなかった。話の流れがわからない上、勝手に憐れまれた信長の不機嫌ぶりと言ったらなかったが、遠くから誰かが呼ぶ「おーい、清田移動すんぞー!」という声で割とすぐに解消される。

「おーっ、今行くー!…あれっ、牧さんと神さんは行かないんですか?二次会」
「あー、俺らはな?代わりに武藤置いてくから」
「へーへー、行きますよ二次会でも三次会でも。そして俺が熱唱するよスキマスイッチを!」
「武藤さん、いっつも『全力少年』しか歌わねえからなあ…」

何だとー!と武藤さんに尻を膝蹴りされ、前につんのめりかけている信長に向かって「じゃーねノブ、待たねーっ」と手を振る。

「いってー!…あっ、神さん牧さん良いお年をーっ!」
「あれっ、年内はこれで最後?じゃ、武藤さんも良いお年を…」
「おー、じゃあまた年明けになーっ。牧はまた年末な!」

そんな挨拶を交わしながら武藤さんや信長と別れ、牧さんと連れ立って新宿駅に向かう。伊勢丹前の横断歩道で信号が変わるのを待ちながら、俺は先ほどから心の片隅でどうにも引っかかっている事を密かに反芻してみせた。

「思いが通じたか、か…」

確かに武藤さんは、かなりはっきりと俺に「あの無類の女好きに思いが通じたか」と告げたのだ。という事は俺がこの十数年、牧さんに恋心を抱いていた事を知っていたのか。まさか―――そんなはずは絶対にないと思いたい。俺が必死で隠し続けていた大事な秘密を、たやすく見抜かれていたとあっては俺の沽券に関わるのだ。

「神、さっき大丈夫だったか?」

牧さんの心配そうな声が飛んできて、意識を現実世界に引き戻した俺は改めて牧さんに目を留める。「武藤にいじめられたんじゃないのか?何かあったんなら俺に言えよ、俺がぶん殴ってやるから」と冗談とも本気ともつかない口調で宣言され、すかさず頭を横に振ってみせた。

「ありがとうございます、大丈夫ですよ。ええ、もう断じて大丈夫です」

武藤さんの「想像力の限界」が牧さんに知られたら、とてもぶん殴るだけでは済みそうにないので全力で否定する。さすがに俺としても惜しい先輩を亡くすのは忍びなかったのだが、「どうせ武藤さんだし」という軽い気持ちが宿っていたのもまた事実だった。案の定、牧さんは「ふーん」と疑わしげに目をすがめながら俺を数秒ほど見据え、やがて冷え切った外気に深々と白い息を吐き出した。

「別にいいけどな、後でゆっくり聞くから」

絶対ベッドの中で問い質す気だ―――俺は数時間後の自分の運命を予見し、ぶるりと肌を粟立たせた。それは決して寒さや恐怖心から来るものではなく、様々な感情が入り乱れての震撼である事をここでは申し伝えておく。
そうこうしているうちに信号は青になり、俺と牧さんは行き交う人の波をすり抜けながら新宿駅東口を目指して歩き出した。





自宅アパートの最寄り駅である、高円寺に到着する。それまでは特に変わった事はなく、俺と牧さんもたまにポツリポツリと会話する以外はおおむね無言だった。もちろん気まずい沈黙などではない。余計なお喋りをしなくてもいい、というのは俺にとってたまらなく心地良い関係なのだ。

土曜の夜だから混雑はしていたけれど、新宿のような大都市に比べればだいぶ落ち着いたものだった。商店街を通り抜けるまではいつもの帰り道と同じだったが、そのまままっすぐ突き進む所を「牧さん」と声をかけてその歩みを止めさせた。

「何だ?」
「今日はこっち…ちょっと遠回りになりますけど、いい物が見れますから」

牧さんのコートの袖を引っ張り、左の細い路地へと足を向けさせる。そこまで来ると人影も疎らと言うか「ない」に等しく、俺は牧さんの腕を取ったまま目的の場所へと急いだ。「ほら牧さん、あの家」と指差す先に該当の一軒家があり、玄関から庭先、全ての窓という窓に至るまで、絢爛豪華に飾り付けられたクリスマスのイルミネーションが眼前に捕らえられた。

「わーっ、何だこの家!クリスマスにも程があるんじゃねーか?」

普段あまり動じる素振りを見せない牧さんですら、そんな感嘆の声を上げるのも無理はないというものだった。ねっ?と、何故か俺が誇らしい気分に浸りながら牧さんの驚いた顔と電飾とを見比べ、鼻息を荒くしてみせる。

「すごいでしょ、このライトアップ…多分、外国人が住んでると思うんですよね。ハロウィンの時もめちゃくちゃ気合い入ってたし」
「そうなんだ、知らなかったな…お前んち行くようになってけっこう経つのにな」
「まあ、うちに来るのにこっちの道通んないですからね。それより牧さん、手…」

差し出した手のひらを、「ここなら繋げますから」と言い終わった瞬間に握り込まれる。「もっと早く言えよ、そういう大事な事は…」とやんわり苦言を呈され、「ふふっ」と唇の隙間から吐息混じりの笑い声を漏らした。

「この家、たまに誰かのブログで写真載ってる事ありますよ。ある意味、高円寺の冬の風物詩と化してるみたいで…」

しばらくの間、二人で手を繋いだまま張り巡らされたLED電球の点滅に見入る。本当に好きな人と初めて迎えるクリスマスシーズンという、恥ずかしいほど乙女度の高いシチュエーションに今さらながら赤面してしまった。「顔、赤くなってる」と諸悪の根源である牧さんに指摘され、「うるさいですよ」と唇を尖らせた俺が不貞腐れた視線を投げつける。

「なあ神、ちょっとさ…相談っつーか絶対断ってほしくないんだけど」

静まり返った空気の中、唐突に牧さんが話し始める。その意を決した様子と端正な横顔で、何か重要な転機を示される事は火を見るより明らかだった。何となく想像がつかない事もなかったが、やはり牧さんの方から言ってほしかったので「はい?」とその先を促す。

「俺の住んでるマンション、来年の4月で契約満了なんだよな。その後も更新は可能なんだけど、二人で住むにはかなり手狭だよな。お前んとこもそうだろ?」
「確かに牧さんが住んでる部屋は、うちよりは広くてロフトもついてるけどワンルームですもんね。うちは1Kだけど狭いし…」
「もうさ、来年から新しい部屋探して一緒に住まねえか?お前の職場に近い所でいいから」

―――それは俺も、常々考えていた事だった。付き合い始めてすぐに週末を共に過ごすようになり、最初は日曜の夜にはそれぞれの部屋に戻っていたのが、最近では月曜の朝に一緒に出社して途中で別れる、というパターンが定着していたのだ。いっそ二人で住んだ方が効率的だし、何より俺自身がもう牧さんと離れたくない。

「いいですよ?うちは今年の5月に広島から戻ってきたばかりだから、契約期間はまだまだ残ってますけど…そんなのは全然、総務に言えばどうにでもなりますから」
「…何かすっげー事務的な返事だけど、俺の中では一応プロポーズのつもりだったんだけど」

今度は牧さんが照れ臭そうに口ごもる番だった。俺は全てのムードをぶち壊す勢いで「えっ?!」と叫び、辛うじて重なり合った手は解かないままで牧さんと対峙する。

「今のが?わかりづらっ…!もうちょっと他になかったんですかっ?」
「何でだよーっ、一緒に住もうっつったらそれしかねーだろ?察しろよ!」
「いやいやいや…十人中、八人ぐらいは絶対伝わってませんから」
「八割かよ!そんな高い確率?!」

あーもーわかった、と半ば自棄気味のぼやきと共に再度、指をしっかりと絡め取られる。そして俺は、牧さんに引きずられるようにその派手派手しい個人宅を後にして、来た道を戻り始めた。

「もう家行くぞっ?お前みたいな鈍感な奴には、言葉なんかより体に覚え込ませた方が効果的だって事がよーくわかったから」
「そうですかー?単に伝達力の問題…」
「っとに、口ばっか達者だな。まあ、そこに惚れてる俺も大概なんだけど…」

それより、と先に立って歩いていた牧さんが急に立ち止まって俺を振り返る。獣の目で見られているという自覚だけが、俺の中でひっそりと芽生えた。

「今夜はもう一睡もさせるつもりはねえんだけど、それについての認識は出来てるって事で大丈夫か?」

大丈夫か、と聞いておきながら純粋に俺の意向を知りたい訳ではなく、ただの「確認」である事は百も承知だった。俺は黙って牧さんとの距離を詰め、その肩口にコツンと額をぶつける事で肯定の合図とした。そして俺はほんの一瞬だけ、武藤さんは無事にスキマスイッチの「全力少年」を歌えたのだろうかと、心底どうでもいい事に思いを馳せた。
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プロフィール
嬉野シエスタさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 5月10日
地 域 神奈川県
血液型 AB型