Twitterアカウント(同人専用)取得しました

このたび、新たに同人専用アカウントを取得しました。

ツイッターは普段、育児専用アカを使っていまして、たまにオタっぽい話もしていたのですが、やはり同人専用アカがあった方が良いという事で…
日々の萌え語りはこちらで行っていきますので、私と牧神について語ってもいいという方はぜひフォローして下さい(*^o^*)

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無料配布本発行のお知らせ

昨日、「解説(14)」でもお伝えした通りなのですが、このたび無料配布本を発行する事になりました。

いつもお世話になっている牧神サイト「ボサノバ」和美様のサークル「常勝サンバ」様が、5/6(水・祝)に懐古ジャンル系(SD・幽白など)イベント「ing! PICK UP EVENT(スタジオYOU主催・都立産業貿易センター浜松町館)」にサークル参加されるという事で、和美様のご厚意により、無料配布本を置かせて頂ける事になったのです。
(和美様、貴重なスペースを提供して頂き、誠にありがとうございます)

オフラインでの同人活動は9年ぶりですが、牧神本となると実に20年ぶり…!久々のオフライン活動ですが、コピー本の作り方を思い出しつつ頑張りたいと思います(*^o^*)
無料配布本の形態は、A5コピー・12p(表紙込)・SD牧神です。ブログ未発表の、新作小説一本書き下ろしとなります。

この本は、ご希望の方には当方にて、郵送での配布もさせて頂きたいと思います。(お手数ですが、送信用切手のみご負担願います。発送はイベント終了後を予定しています)
こちらの件に関するお問い合わせは、5月初旬に当ブログにて改めてお知らせ致しますので、その記事に掲載予定のメールアドレス宛てに頂ければ幸いです。
(なお、この件についての「ボサノバ」和美様へのお問い合わせはご遠慮ください)


という訳で次回更新ですが、こちらの無料配布本作成にしばし専念させて頂きまして、目処がつきましたら4月中に小ネタをアップしたいと思います。何とぞご了承のほどお願い申し上げます。

解説(14)

「眠っているのなら」(2015.3脱稿)

当ブログでは初の試みとなるパラレル。3月初旬に(2)をアップしてから、だいぶ間が空いてしまって申し訳ありません(>_<)最後の一文を書き終わった瞬間、「おっ…終わった〜〜!!」と叫んでしまいました(^_^;)私にしてはけっこう長めの話だったので、無事に脱稿できて嬉しさもひとしおです!こっそり祝杯を挙げたいぐらい(笑)。

もともと今年の1月ぐらいに、久々に矢野顕子の「湖のふもとでねこと暮らしている」という曲を聴いた時に思いついた話だったのですが、まさかここまで趣味に走った話になるとは…!また、期せずして一ヶ月に及ぶ長丁場となりましたが、ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました(*^o^*)
タイトルは二転三転した結果、プレイグスというバンドの曲からの拝借という事に落ち着きました。

「現実の中の非現実」とか「日常の中の非日常」的な話が好きで(安部公房的世界、とでも言うのか…)、こういう話をいかに「ファンタジーっぽくなく書くか」が裏テーマでもあったのですが、この一ヶ月間、脳みそフル回転しすぎてシワッシワになるかと思っちゃいました(^_^;)特に、牧の裏設定をひらめいた時にはさすがに趣味に走りすぎかなと心配になりましたが、せっかくなんで行ける所まで行っちゃう事にしました。い…いかがでしたでしょうか…(ドキドキ)。
神=喫茶店の店主、という設定は一度書いてみたかったのです。カフェエプロン似合いそう〜!(≧∇≦*)

このブログでも何度かお話している通り、私は2006年頃まで同人活動(主にオフライン)してまして、その後8年ほど同人から離れていたんですね。もう自分の「創作の泉」は枯れてしまったものと諦めていたのですが、まだまだこういう話も書けるんだな〜と妙に感心してしまいました(笑)。今回の作品を経て、何らかの形で精進できていればいいな、と考えております。


さて、今回登場した牧神以外のメンバーですが、木暮は個人的に好きなので出しちゃいました(笑)。牧や武藤ともけっこういい友人になりそうだし、神とはお互い、「個性の強すぎる面々に挟まれて苦労した者同士」という共通点から(笑)シンパシーを抱いてそうな気がするので…( ̄∇ ̄)今後、パラレルじゃない話の時にもぜひぜひ登場させたいです!

清田については、実はけっこう苦手意識がありまして…あくまで個人の見解ですが、清田は「牧神の息子的スタンス(悪く言えば腰巾着スタンス)」ではなく、「ごく普通の一般男子」として書きたいというのが私の希望だったりするんですね。でも、それがなかなか難しくて今まで試行錯誤していたのですが、今回、ようやく苦手意識が払拭できたと言うか、一筋の光が見えてきたかなと(笑)。20年越しに清田を克服するって…!(゜∀゜)これからは、もっと普通の感覚で清田を書けそうな気がします。

そして武藤は、私が武藤クラスタのため登場させました!武藤絡みのエピソードをどうしても書きたかったので…いずれこの話のスピンオフとして、牧神前提で牧と武藤しか出てこない話を書きたいかも…!あと、ものすごい余談ですが、武藤が好きな芸能人を有村架純にするか新垣結衣にするか、はたまた小嶋陽菜あたりにするかで割と真剣に迷いました(笑)。


次回の更新ですが、実は「ボサノバ」和美様のイベント参加に伴い、和美様のご厚意により無料配布本を置かせて頂ける事になりました。そちらの原稿にしばし集中させて頂きまして、目処がつきましたら4月中に小ネタを書こうかな〜と思っています。
詳しくはまた明日、「無料配布本発行のお知らせ」という記事を更新しますので、よろしくお願い致します(*^o^*)

眠っているのなら(4)

眠っているのなら(3)

起こしてくれる人がいないというのは、ここまで如実に影響を及ぼすものなのか。翌日、目を覚まして携帯を見た時には、開店時間の11時半はとっくに過ぎ去っていたのだった。

「やべっ…」

確か携帯の目覚まし機能を設定していたはずだが、いつの間にやら解除されている。無意識下の行動とは、全くもって恐ろしい―――などと感心している場合ではなかった。慌ててベッドを抜け出し、パジャマ姿のままで階段を駆け下りる。勢いよく扉を開け放つと、いつも開店と同時に訪れる常連のおじいさんが座り込んでいるのに出くわした。チラリと俺を見やり、「あー、やっぱり休みじゃなかったんだ」と言ってゆっくりと立ち上がる。

「張り紙とか何もなかったから、おかしいなとは思ったんだけどね」
「すみません、あの…寝坊しちゃって…」
「そうだろうね、そのボサボサ頭じゃね。いつも起こしてくれるとかいう兄ちゃんは、今日は来なかったの?」
「ああ、何か今日から仕事みたいで…すぐ支度しますね」

おじいさんを店内に招き入れ、顔を洗ってから二階へ引き返す。白いシャツと黒のデニムパンツに着替え、カフェエプロンを腰に巻いた所で「あっ」と声を上げた。昨夜から、エプロンのポケットに入れっぱなしだった物の存在に気づいたからだった。

ポケットに手を突っ込み、問題のカードを引っ張り出す。そこには昨夜見た物と寸分違わず、荒涼とした世界観が描かれていた。甲冑を身に纏い、馬に跨がった髑髏が人々を踏みつけてはなぎ倒していく。そう、まるで地獄のような―――そこまで思い至った俺はハッと息を呑んだ。何か最大のヒントが隠されているような気がするが、今それを明確に表現する余裕はない。俺は再びカードをポケットにしまい込むと、おじいさんが必ずオーダーする「野菜と卵のサンド」を作るべく寝室を飛び出した。

「すみません、お待たせしました」

店内にはおじいさんの他、やはり昼時に来店する数人の常連客の姿があった。口々に「マスター、今日どうしたの?」「具合でも悪いの?」と心配される中、各方面に頭を下げつつカウンターの中に入る。彼らのオーダーは九割方決まっており、よほど気まぐれを起こさない限り変えられる事はない。俺は、取り急ぎドリンクだけをそれぞれの客に提供すると、冷蔵庫から野菜や卵などの食材を取り出して調理を開始した。

卵は茹で卵ではなく、刻みネギを混ぜた卵焼きにするのが特徴だった。砂糖と味噌が入るため、パンに挟まずご飯で食べたいという客もいるぐらいだ。卵はボウルに割り入れ、菜箸で軽く溶いておく。長ネギをみじん切りにする段階で、普段はめったにやらかさない事故が起きてしまった。客を待たせてしまったという焦りから手元が滑り、包丁の刃が指先を掠めてしまう。ザクリ、という生々しい感触が全身を貫いた時には既に遅かった。

「……っ!」

ヤバい、切った―――しかもけっこう深く入ってしまった気がする。俺は咄嗟に反対の手で傷口を押さえ込みながら、やっぱり今日は厄日だな、と天を仰いだ。染みるような痛みと赤黒い血のぬめりは、何度経験しても耐えられる物ではない。そして今、まさにその状況に陥る事を覚悟した時に異変は起きた。

「あれっ?痛くない…?」

一瞬だけ走った痛みも、何故かそれ以上長くは続かなかった。と言うか、初めから傷口など存在していないかのような…不審に思いながら恐る恐る手を開いてみた俺は、そこにあった光景が俄には信じられなかった。

「えーっ…!」

何かがあった訳ではなかった。むしろ、「何もない」と言い換えた方が正しかった。間違いなく、包丁の刃は人差し指の皮膚を削いだはずだ。にもかかわらず、「何もない」という状況を正しく理解する事が出来なかった。傷口が存在しないのであれば、痛みも流血も発生しようがないという事だった。

「うそっ…何でーっ?!」
「どうしたの、マスター?!」

客の一人に諫められ、ようやく正気を取り戻す。気づけばその場にいた全員が、それぞれに怪訝な表情を浮かべながらこちらをじっと窺っていた。非常に気まずい空気が流れる中、ぼそぼそと「今日のマスター、やっぱりちょっと変だな…」「今日はもう休みにした方がいいんじゃ…」という独り言が聞こえてくる。穴があったら入りたい、とはまさしくこの事であろうか。

「すみません、大丈夫です…」

もちろん大丈夫ではなかったが、そう答えるより他になかった。ようやく中断していた調理を再開しながら、俺は目の前で広げた自分の左手をためつすがめつ眺めやる。もはや、どこを切ったのかさえもわからなくなっているという現実が薄ら寒さを倍増させるのだった。





「マスター、今日寝坊したんだって?」

木暮さんが珍しく二日連続で来店したと思ったら、屈託のない笑顔で問われたので俺は腐った。渋々ながらも「誰に聞いたんですか?」と尋ねると、「山崎さんだよ。さっき、お孫さんを迎えに園に来てたから…」と返される。山崎さんというのは、例の常連客である「おじいさん」の名字である。

「いつもマスターを起こしてくれる兄ちゃんもいないみたいだし、明日は大丈夫かねえって心配してたけど、山崎さん。…牧は来なかったんだ?」
「はい。実は昨夜、閉店まぎわにここに来て…今日から仕事でしばらく来れないって」

言いながら、昨夜この場所で牧さんとキスした記憶が蘇る。同時に、至近距離で聞かされた低めの優しい声も再現され、自然と顔がにやけてしまうのを抑えられない。木暮さんがあからさまに、「何かあったな」と言いたげな眼差しを寄越している。

「あと、急に大きな声を上げたからびっくりしたとも言ってたけど、何かあったの?」
「あー、それは…ほんとに何もなかったんですけど…」

実際、「何もなかった」のだから嘘はついていない。俺は結局、一日中ポケットに入れっぱなしだったカードを取り出して木暮さんに示した。眉間に皺を寄せた木暮さんが眼鏡のフレームを指で押し上げ、俺とカードを代わる代わる見比べている。

「何これ?」
「昨日、牧さんが帰った後にこれが椅子の下に落ちてたんです。…そう、今、木暮さんが座っている席の隣の椅子ですよ」

木暮さんはぎょっとしたように床下を覗き見たが、すぐに視線をテーブルに戻した。おもむろにカードの端を摘まみ、目の高さまで持ち上げながら口を開く。

「牧が帰った後に落ちてたって事は、牧の私物なの?」
「わかりません。でも、多分そうだと思います」
「そうか。これはあれだよね、…タロットカードの死神」
「タロットカード?」

知らない?と木暮さんが、眼鏡の奥の目を意外そうに見張ってみせた。コクリと首を縦に振ると、木暮さんは顎に手をやりながら「まあ男はね、こういうのはあまり縁がないかもね」と笑った。

「タロットカードってほら、よく占いとかで使うやつだよ。一時期、うちの妹が占いにハマっててさ。何か、自分でもカード買ってきて運勢とか見させられてたから」
「占いですか…星占いぐらいしか知らないんですけど…」

検索してみようか、と木暮さんがテーブルに伏せていた携帯を取り上げて文字を入力する。「ほら、これ」と差し出された画面を覗き込むと、検索結果として、ここにある絵柄と同じ物がいくつも表示されていた。

「死神…」

思わず漏らしてしまってから、木暮さんと顔を見合わせる。まさか…いや、そんな非現実な話があっていいのだろうか?牧さんが「死神」だなんて…先にも述べた通り、俺はこの手の空想世界には全く興味がないし知識もない。だが昨日、木暮さんから聞かされた牧さんについての疑惑は、もしかしたら彼がそうした存在であれば可能なのだろうか。すなわち、一切の証拠を残す事なく人を刺すという神業的な行為は―――。

「いや、まさかそんなねえ…いくら何でも…」

俺が言葉を発するより先に、首を傾げながら木暮さんが口ごもる。何の話ですか、とは聞かなかったし聞きたくもなかった。互いに暗黙の了解で、「疲れているんだろう」と結論づけてこの話題を切り上げる事にする。

「マスター、やっぱり疲れてるんじゃない?今日は早めに店じまいした方がいいよ」
「えっ?ああ、そうですね…じゃあそうしようかな…」
「明日は頑張って起きてね」

言われなくてもそうするつもりだった。これ以上、何かしらの超常現象を見せられるのは御免だった。曖昧な笑みを浮かべながら頷く俺に、木暮さんも似たような表情で応じる。たった一日牧さんに会えなかっただけで、ここまでリズムを狂わされる自分がいっそいじらしくてならなかった。





翌日からは、目覚まし時計を3個セットしていたため寝坊はせずに済んだ。が、人の声で起こされるのと機械的に起こされるのとでは、さすがに目覚めの質が違いすぎると言うものだ。ましてやそれが、牧さんの声であったらなおさら―――俺は、牧さんの不在が一週間の予定で良かったと心の底から安堵した。これが仮に、月単位か年単位であったら軽く廃人になっていたに違いない。

そんな味気ない生活が5日ほど続いた朝も、俺は3回目の目覚ましのベルで辛うじて覚醒する事が出来た。耳をつんざくような金属音を止め、空気の淀んだ室内を見渡す。今日が約束の「一週間後」だろうかと、靄のかかった思考をぼんやりと働かせた。常連客の間では、牧さんが来なくなってからの俺は相当「生きる屍」化が進んでいると専らの噂らしい。ちなみに発信元は例の山崎さんであると、木暮さんが呆れ気味に教えてくれた。

「まあ、別にいいんだけどさ。本当の事だから…」

上半身を起こし、サイドボードに手を伸ばす。そこにあったのは言うまでもなく、あの「タロットカードの死神」だった。この数日の間に、俺はそのカードを肌身離さず持ち歩くようになっていたのだ。見れば見るほど縁起の悪い絵柄だが、牧さんの分身かも知れないと思うと無下には扱えないという物だ。

実は自分でも、タロットカードの死神というカードについて少しばかり調べていた。まず、カードに付された番号が「13」らしい、という所からして不吉以外の何物でもなかった。そしてカードの意味も、「終末」「破滅」「死の予兆」といった忌まわしげな言葉のオンパレードで、それもまた見ての通りと言った感じだった。
しかし、それが逆位置―――上下逆さまになると「再生」「新展開」「上昇」といった意味に転じるらしく、この「再生」という単語を目にした瞬間に俺は突然腑に落ちる物があった。先日の傷口の消滅を「皮膚の再生」と捉えれば、あれはやはりこのカードのおかげであると考えざるを得ない。

俺はさらにサイドボードから携帯を掴み取り、着信やメールの受信が何もない事を確認してため息を吐いた。もしかしたら今日あたり、何か連絡が入ってくるのではないかと期待しているのだが―――ダメ元で電話帳から牧さんの番号を探し出し、発信ボタンを押してみてもそれは同じだった。「おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため…」という、無機質なアナウンスを聞き終わらないうちに携帯を耳から外して発信を終了する。

でもこれが最後だから、と俺はあえて声に出して己を奮い立たせた。牧さんは「必ずここに戻る」と言っていたのだから、無事に戻ってきた暁にはずっと一緒にいられるだろう。絶対どこにも行かせないから…俺は決意も新たに宣言すると、足で毛布をはねのけてベッドから降り立った。





「牧さんっ?」

あと30分ぐらいしたら店じまいしようか…という頃に、扉を開ける気配を感じたので見もしないで言ってしまった。「牧さんじゃなくて悪かったですね」と、扉の隙間から信長がひょっこり顔を覗かせたので、俺の落胆ぶりはまさしく「世界の終わり」も同然といった勢いだった。

「何だ、信長かー…」
「何だじゃないっすよ。お客様ですよ、お・客・様」
「すみません、もう閉店なんですけど」
「ちょっ、神さーん…」

そのまま信長はカウンターの席に着き、俺は露骨に嫌そうな態度を表しつつも冷蔵庫から牛乳を取り出した。手鍋にココアパウダーと砂糖、少量の牛乳を加えてスプーンで練る。他に客はなく、スプーンの先が鍋底をなぞる音だけが乾いた空間を埋めていく。

「今日、帰ってくるんでしたっけ?牧さん」
「わかんない。一応、予定ではそうなってるけど…」
「神さん、ここんとこずっと待ってますもんね。牧さんの帰りを」
「まあね」

努めて素っ気なく答える。正直、信長とは牧さんの話をしたくなかった。どうせ信長には「得体の知れない男」呼ばわりされているのだし、牧さんの良さがわからない奴には何を言っても無駄だからだ。美味しいコーヒーを淹れられる人に悪人はいないのに…と内心むくれていた俺に向かって、信長が決定的なセリフを放つ。

「本当に大丈夫なんですか?もしかしたら人を、殺してるかも知れないのに…」
「なっ…」

伏せていた顔をガバリと起こす。その弾みですっぽ抜けたスプーンが宙を舞い、床に落ちた。先日、皿を割った時に比べれば大した被害はなく、わずかにココア色の染みが点々と木目を汚したぐらいだった。

「何で信長がそれ知ってんの?木暮さんに聞いたのっ?」
「木暮先生?いや、木暮先生には何も聞いてないですよ。俺のは単に、園児の親たちから聞いた噂話の域だから…でも」

急に背筋を正し、探るように俺を見上げてくる。もともと眼力の強い信長の目に鋭い光が増し、まるで刑事に尋問されている気分だった。それより何より、園児の親とかいう面々にまで牧さんの疑惑が伝わっているという実態が腹立たしい。俺はただ牧さんと一緒にいたいだけなのに、周囲の雑音の何と疎ましい事か。負ける訳にはいかない、と俺は拳を握り締めて信長を睨み返した。

「木暮先生もそう言ってるって事は、やっぱりその噂は真実なんですか」
「違うよ、牧さんは人なんか殺…してないと思う」
「いや、そこは『殺してない』って言い切るべきでしょ。牧さんの事が好きだったら」

信長の言う通りだが、完全にシロだと断言出来ない、律儀な自分が呪わしかった。それについては俺だって、あのカードさえ見ていなければ―――と声高に訴えたい所だ。だが、俺にしてみれば全く取るに足らない、「クソみたいな問題」であると言ってもいい。俺は牧さんが好きだし、これから先に何があろうとずっと好きで居続けるからだ。

「そうだよ、俺は牧さんが好き…好きだから、過去に何かがあってもなくても関係ないよ、俺からしたら。はっきり言えば『クソみたいな問題』だからっ」
「神さん…気持ちはわかるけど、何もそこまで…」

信長の顔つきが少しだけ和らぐ。珍しく熱弁を振るってしまったものだから、やたらと喉が渇いて仕方がなかった。これで脱水症状でも起こしたら間違いなく信長のせいだから、と微妙に見当違いの怒りを沸騰させてみる。

「不甲斐ない先輩を心配してくれてるんだったら、本当に申し訳ないけど…それとも、急にそんな風に言い出したって事は、もしかして信長は俺が好きとか…?」
「や、それは絶対にないっす。つーか、こんな面倒臭い先輩を好きになるとか1000パーあり得ませんから」
「1000パーってどんだけっ?!」
「あのー、お取り込み中悪いんだけど…」

いきなり割って入った第三者の声に、俺と信長が同時に視線を走らせる。いつからそこにいたのか天然パーマの、飄々とした佇まいの男が信長の斜め後ろに控えていた。そう言えば牧さんがここを発つ前、「武藤って奴がこの店に来るかも知れない」と話していたのを思い出す。ひょっとするとこの男が今、何の脈絡もなく登場した―――。

「あのー、武藤…さん、ですか?」
「あっ、牧から聞いてた?そうそう、俺、武藤。よろしくね、神くん。好きな芸能人は有村架純」

軽い―――どこまでも軽いノリに、俺自身がついていけない。そんな戸惑いなどは、それこそ取るに足らないとばかりに武藤さんは顔を綻ばせ、「それはさておき、神くんに伝えたい事があるんだけど…」と言って信長をじろじろ見やった。その上、異様に大きな咳払いを二度もしてみせるという徹底ぶりで、これにはさすがの信長も退散するしかないという具合だった。

「あー…神さん、俺、帰りますね?ココアはまた明日にでも飲みに来ますんで」
「えっ?あ、そう?ごめんね、じゃあまた明日…」
「はい、おやすみなさい。牧さんによろしく」

ペコリ、と頭を下げた信長が扉の向こうに去っていくと、武藤さんはその行方を見届けた後にカウンターの席に着き、「じゃ、人払いも済んだ所で…」と俺に向き直った。人払いというのはもっとさり気なく、そういった空気を匂わせない程度に行うものではないのか。

「…何か飲みます?」
「ああ、ここ喫茶店だもんね。じゃあ、コーヒー…はないんだっけか…そしたらレモネードとか作れる?」
「レモネード…」

おまけにその、昭和っぽさ全開のオーダーはいったい何なんだ―――言いたい事は山ほどあったものの、「かしこまりました」とだけ返事して冷蔵庫の前に立った。レモネードって確かレモンと蜂蜜だったっけな、と古い記憶を呼び覚ましつつ該当の食材を探し当てる。牧さんが「武藤」という名を口にした時の、微妙に辟易していた様子が今なら納得できる気がした。

俺の作ったレモネードを武藤さんは美味そうに飲み干し、「こんな美味いレモネードは生まれて初めてだ」とまで絶賛してくれた。それはさすがにどうかと思うが、さっそく明日からメニューに追加してもいいかも知れない。

「あっ、そうそう。明日ね、牧、帰ってくるから」

急に核心に迫ったセリフを投下されたので、一瞬何を言われたのか判断できないほどであった。

「えっ?」
「すっげー疲れて帰ってくると思うけど、君に会いたい一心で頑張ってたから誉めてやって」
「あのー、あなた方はいったい…」

何者なんですか、という質問を寸での所で押し殺す。どうせ、まともに答えるつもりはなさそうな事は百も承知だったからだ。武藤さんはグラスに残った氷をカラカラと鳴らし、「俺はねー、今は牧の担当っつーかコーディネーターみたいな立場なんだけど。もともとは牧と同じ高校で、バスケ部にいたんだよね」と言った。概ねそれは、俺が考え得る範囲内の回答だった。

「ついでに言うと、木暮とは小・中が一緒だったんだよね。高校は別だったけど」
「そうなんですか?じゃあ木暮さんが言ってた、『牧が通ってた高校に俺の友達が行ってて』っていうのは…」
「そんな話してたんだ?じゃあ、それは多分俺の事だね」

お代わりある?とグラスを掲げられ、黙って水滴の纏わりついたそれを引き取る。牧さんと木暮さんという、直接の知り合い同士ではない二人を取り持つキーパーソンが武藤さん、というのが個人的には解せなかった。果たしてこんな雑な対応の男に、重要な役割を担わせて大丈夫なのだろうか。

「武藤さんはもちろん、牧さんの過去の疑惑はご存知なんですよね?」
「そりゃ当然知ってるって、昨日の事のように覚えてるよ。ついでに言うなら牧がそん時付き合ってた、井川遥っぽい音楽の先生についても詳しく語れるけど、それは別に聞きたくないでしょ?」
「あー、それはまあ…確かに興味ないですね」
「ま、昔の話だからさ。今、牧が好きなのは君だから安心して」

安心してって言われても…俺はどうにも返しようがないまま、新たにレモネードを注いだグラスを武藤さんに手渡した。受け取りざま、一気に半分ほど消費した武藤さんが「あー、やっぱレモネード美味いわ。最高」などと満足げに独りごちる。

「その、牧さんの過去の話と今の仕事っていうのは…これと関係あるんですかね?」

俺は切り札として用意していた、 例の死神のカードをコースターの隣に並べてみせた。それで武藤さんの態度が一転するかと思いきや、顔色一つ変わる訳でもない。どこまでも食えない男だ。ある意味、牧さん以上に最強の人物かも知れない。

「あっ、これ?これは牧の名刺だったりメッセージカードだったり、まあいろいろなんだけど。でもあいつ、帰ってきたらこの仕事を引退するらしいから、効力は薄れちゃうかも知れないけどね」

武藤さんはカードを拾い上げてひとしきり眺めた後、ぽい、と手のひらから滑り落とすようにした。こんなにも見る者に恐怖心を植え付ける力がありながら、ただの紙切れにも等しい扱いというのも何だか妙な話だった。

「効力?それじゃやっぱり、俺がこないだ包丁で指切った時に傷口がなくなっちゃったのは…」
「そんな事あったんだ?へー、このカードが逆位置の意味で作用したのは初めてだなあ。驚いたわ。神くん、相当牧に愛されてるんだね」
「それはどうも…」

相当愛されている、というストレートな響きが羞恥心を過剰に煽った。嬉しいが、複雑な胸中だ。やはり牧さんの口から直に聞きたいと思っていると、すかさず人の心を読んだらしい武藤さんに、「本人が帰ってきたら、浴びるほど言ってもらってね」と釘を刺されてしまう。

さてと、と武藤さんは残り半分のレモネードも食道に流し込み、「じゃ、牧の事よろしく頼むわ」と言って席を立った。千円札を渡され「釣りはいらないから」と断られたが、レモネード2杯分としては当たらずとも遠からずな価格であり、得意満面な顔をされるほどの事でもなかった。
ライダースジャケットを羽織り、扉の手前まで突き進んだ辺りで歩みを止める。振り返った武藤さんはとぼけた笑顔でありながら、諦めの境地のような悪あがきのような、相反する風貌も醸し出していた。

「うちらの業界からしたら、牧みたいな有能な奴を失うのは大きな痛手なんだけど…本人の意志は固いみたいだし、こればっかりは仕方ないかなあ」
「そちらの業界については知りませんが、牧さんは俺と一緒にこの店をやっていく事が決まってますので…申し訳ないですけど、牧さんは絶対に渡しませんから」

淀みなく捲し立てる俺に、武藤さんは軽く両肩を竦めてみせただけだった。その短い挙動だけで、了解というサインを送ってくれたものと解釈しておく。
扉が閉まり、一人店内に残される。途端に緊張感から解放された俺は、腹の底から嘆息しながらズルズルとその場にしゃがみ込んだ。





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プロフィール
嬉野シエスタさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 5月10日
地 域 神奈川県
血液型 AB型