ご無沙汰しておりました

こんばんは、嬉野です。Twitterではちょこちょこ呟いておりましたが、ブログではだいぶお久しぶりになってしまいました(>_<)

先日お知らせした通り、今月は5/6(祝)発行予定の無料配布本の作成に専念しておりました。ようやくそちらの目処が立ちましたので、拍手ページに小ネタをアップしました。東京ではちょっと時季は過ぎてしまいましたが、桜がテーマのお話です。

私が桜をテーマに何かを書こうとすると、漏れなく梶井基次郎の「桜の樹の下には」っぽいテイストになってしまうので(笑)、一応違う方向で頑張ってみました。牧神はラブラブが正義なので…(*´∀`)
それに伴い、これまで拍手ページに上げていた「フラニーと同意」をブログの方に移動させました。

無料配布本の詳細は、5月頭に改めてお知らせさせて頂きます。オフライン活動は9年ぶり(SDでは20年ぶり…)となりますので、ぜひぜひよろしくお願い致します(*^o^*)来月からはまた、通常営業に戻れるかと思いますので…
あと、Twitterではただひたすら牧神について語っております。よろしかったら、お気軽に話しかけてやって下さいね!ではでは、また近いうちにお目にかかりたいと存じます。

フラニーと同意

先にベッドに横たわっていた牧さんの隣に身を滑らせ、枕元の明かりを切ろうとした手を握り込まれる。そのままシーツに押さえつけられる形になったかと思ったら、「寝る前の挨拶」にしては濃度の高いキスが数分間続いた。

「お前さ、なかなか俺のこと下の名前で呼んでくんねーよな」

唇が離れ、軽い苛立ちさえ含んだ言葉に目が点になる。牧さんがそんな、女子高生のような思考の持ち主とは思いもよらなかった。今まで女が途切れない事で有名だった牧さんだから、実は意外と恋愛体質なのかも知れない。

「…牧さんだって普段、俺を名字で呼んでるじゃないですか」
「普段はそうかも知れないけど、名前で呼ぶ事だって全くない訳じゃねえぞ?な、宗一郎」
「何か今、無理やりぶっ込んできましたよね…」

失礼だな、と頭に軽く拳骨を食らわされる。この十数年、「牧さん」という呼び方がすっかり板についてしまっているこの俺に、下の名前で呼ぶという選択肢はないも同然だった。理由はとにかく、「恥ずかしい」の一言に尽きる。正直、最初の一文字すら口にするのも躊躇されるようなレベルであった。

「あのさ…今さらとは思うけど、俺のフルネームを知らねえとかじゃねーんだよな?」

神妙な面持ちで尋ねてきた牧さんに、まさか、と目線を合わせながら小さく噴き出す。「それはさすがにないですけど」と付け足すと、牧さんがホッとしたようにその強すぎる眼力を弱めてみせた。

「だよな?あんま驚かせんなよ」
「別に驚かせてるつもりもないですけどね…」

不自然に長い空白が生まれる。牧さんは、明らかに何かを期待しているような眼差しで「ん?」と俺を促したが、もちろん一切応じる気はなかった。絶対呼ばない、という意志を込めて口の端を固く引き結ぶと、先に痺れを切らしたのはやはり牧さんの方だった。

「…何でこのタイミングで呼ばねえんだよ!今、すっげー待ってただろ!」
「そんなの待たなくていいですから!…えー、じゃあちなみに聞きますけど、今までの彼女には何て呼ばれてたんですかっ?」
「普通に呼び捨てだけど?あと一度、年上の彼女と付き合ってた時に『紳くん』っていうのはあったな」
「……」

ものすごく微かな声で「ダセエ」と呟いてしまったのを、牧さんが聞き逃してくれるはずはなかった。

「おまっ…今、『ダセエ』つっただろ!聞こえてんぞこらっ!」
「わっ、ちょっやめて牧さん!腋はマジでダメですって腋は!あっ…!」

鍵状に折り曲げられた指先で、両腋の下を縦横無尽に這い回られる。突如襲ってきた「くすぐり地獄」に悶絶しながら、俺は牧さんの魔の手から逃れようと必死にもがいた。そのうちに気が済んだらしい牧さんの動きが止まったので、俺もそこでようやく荒い呼吸を整えるに至った。

「いいか神…じゃなくて宗一郎、こういうのはほんのちょっと踏み出す勇気と思い切りが大切なんだぞ」

牧さんの腕に捕まり、肩を上下させている俺の耳元に優しげな声が降ってくる。優しげではあったが、その内容はどこか見当違いのようでもあった。あからさまに眉根を寄せてみせる俺に構わず、牧さんはうっすら汗ばんでしまった俺の額を前髪ごと撫でつけ、そして言った。

「じゃあ、俺が合図してやるから一発で決めろよ?…さん、はい」
「しっ…」

―――どうしてもその先が続けられない。またしても静まり返った時が流れ、さらには不穏な空気まで混じる始末だったが俺は沈黙を貫き通した。やっと諦めのついた牧さんから短い息が吐き出されたが、それは単に眠気による「強制終了」という事のようだった。

「…まあ、こういうのは無理強いしても嬉しくねえもんな」
「その通りですよ、焦りは禁物ですから」
「何か、お前がそれ言うのは違うんじゃねーのって感じだけど…もういいや、眠いから寝るわ」

電気消して、と手の動きだけで指図される。程なく、室内を覆った暗闇の中で牧さんの片腕が俺の上体を抱え込み、厚みのある胸板へと引き寄せられた。「おやすみ」という消え入りそうな声が聞こえたような気もするし、何も聞こえなかったような気もする。

「あれ珍しい、ほんとに寝ちゃったんだ…」

繰り返されていた息遣いが、規則正しい寝息へと変化するのにそう時間はかからなかった。よほど疲れていたのかとも思うが、疲れているくせに余計な策など練るからだ、と心の内で毒づいてみる。

「…紳一さん?寝ちゃいました?」

ふと気まぐれを起こして、牧さんがやたらと呼ばれたがっていた下の名を口にしてみる。割とすんなり発音できた事に気を良くした俺は、牧さんの頬に貼りついていた髪を指先で梳いて取り払い、耳元にそっと囁いた。

「あともう少しだけ時間くださいね、紳一さん」

そのセリフはびっくりするほど滑らかで、まるで憑き物が落ちたように清々しい気分だった―――そんな二人きりの、静かに更ける晩の出来事だった。

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プロフィール
嬉野シエスタさんのプロフィール
性 別 女性
誕生日 5月10日
地 域 神奈川県
血液型 AB型