一発小説をば。
まさか敵の手に落ちるとは思っていなかった。作戦に抜かりはない―彼は常にそう思っている。だがそれ自体が無謬という誤謬、大穴なのだ。
「この場は協力しては貰えないものか」
既に取調べを受けて疲弊した体には、甘言は堪える。
栗色の髪の気取った男だ。年は同じくらい。しかし、確かさっきの話では作戦参謀だと言っていた。
小隊指揮がやっとの自分とは大違いだ。と、ここで妙なコンプレックスが顔を出して彼は歯ぎしりした。
「そんな怖い顔をしないでくれたまえ。―君の大事な国だって、滅びないように働きかけることは出来るんだから」
床に転がされた自分を見下すようにしゃがんで、栗色の髪の青年は続けた。
「……僕ならね」
いかに捕らえられたとはいえ、敵、いやあまつさえ第三陣営の言うことなど聞く道理はない。
二十代半ばの彼はまだまだ性格に先鋭的な部分を残していた。ここで屈伏出来るものか。
「私に貴方がたの要求を飲むことは出来ません、堕ちたとはいえ、私は―」
さて、何者だろう。
自ず、言葉に詰まった。所属を口にすることは、その名を汚すことでもあり。
仕方なく、鋭い目できっと見据えたのみ。
それをまるで理解出来ぬようにまじまじと見返す、栗毛の青年。
「ふぅ……プライドが高いとは聞いていたが。流石は天翔る鳥、そうやすやすと手には落ちぬか」
嘲笑うその声がいかにも呑気で、彼を苛立たせる。
「……一層、物にしたくなったよ」
銀に近い髪と冷たい翠色の瞳、細い顎の線。バランス良く整った顔立ち。引き締まった体躯。年齢の割に低く、落ち着いた声。
男に奢美は無用と思っていても、自分を他人が魅力的な存在だと感じているだろうことは彼自身、薄々気付いていた。
それがこのような意味とは思っても見なかったが。
「では、まずね。…自身を慰めてみてよ」
信じられない要求に衝撃が走る。
「……君みたいな男にとっては最大の屈辱でしょう、……大尉殿」
得意げな顔が無闇やたらに憎らしい。
何が悲しくて、こんな異国の男の前で恥を晒さねばならないのだ。それも、乱入してきた―何の関わりもないはずの。
彼は無言で不服従を示した。
「良くないね、そういう態度は。……君を慕う人が、どうなっても良いのか?」
その言葉に二度目の衝撃を食らった。
「……まさか?!」
自分の支持者たる部下や友軍も捕らえられているとか―
栗毛は何も答えず、にやり、と笑うだけだった。