*まとめ*





ほんの少しの間だけ、二人は黙ってた。でも晋助の羽織を肩に引っ掛けたまま、新八くんはそうっと晋助を見つめた。


「あの、高杉さん?」
「あ?」
「この戦が終わったら……僕らはどうなっちゃうんですかね」

羽織の袖をぎゅっと握りながら訊ねたんだけど、そうやって聞く新八くんの脳裏には、先ほど出立の前に見た銀さんと晋助の言い争いの光景が蘇ってる。

あくまでも仲間を、自分の大切なものを護ろうとする為に立ち回る銀さんと、
目標のためならどんな手段も辞さない、一見すると冷徹で、なのに何ものにも屈しない覚悟を抱いてる晋助のやり方って、新八くんの目から見ても大分違った。違うから衝突するし、言い争うし、晋助も銀さんも自分の意見を絶対に譲らないからすぐに殴り合いの喧嘩にまで発展する。

でも今までは桂さんや新八くんの働きで晋助も銀さんもどうにか宥められてきたし、そこにもっさんというムードメーカーが加わることで場が和んだし、何となく皆の心は纏まっていた。バラバラだけど、皆で同じものを目指してると思ってた。

だけど、きっとこの先も、いやこれから先はもっと晋助と銀さんは揉めるに違いない。

だって18歳になった二人は、もう大人の男の入り口に立ってる訳ですよ。互いの生き様や考え方が徹底的に違ってきた頃。もう子供の頃のまま、先生の穏やかな眼差しの中で戯れあってた悪ガキのままじゃいられない。



だからね、新八くんは訊ねたんですよ。このまま大人になっても自分たちは一緒に居られるのかって、果たして自分たちはどうなるのかって。

晋助は新八くんの問いに、ふう、と一つ息を吐いて答える。

「……さァな。またガキの頃みてえに四六時中一緒には居られねえだろう」
「そうなんですか……」

晋助にも分かってるんだよね。この戦がどのような結果になろうとも、きっともうすぐ自分たちは互いに別れて、各々の道を行くのだろうと。各々の場所で闘って、自分の大切な、どうしても譲れないものを各々で護っていくのだろうと。
だって皆、その為に剣を取った。銀さんも晋助も桂さんも、そうやって己の魂を護る為に剣を磨いた。そう先生が教えてくれた。大切なことは全部先生から学んだ。

だからきっと、その教えを己の魂に継ぐ為にも三人はバラバラになるのだろう。


「ああ。俺たちはもう……恐らくは一緒に居られねェ。俺たちは皆、最初は同じ場所から始まった。だけど俺たちは元々てんでバラバラだ。同じ方向なんざ見ちゃいねェ。俺たちがそれぞれの意志を貫くなら、このまま……どこかで道は分かたれる」

晋助にも分かってる。だって昼間新八くんと言い争ったことも、発端はそこだった。自分と銀さんの考え方の違いに苛ついたから、そして新八くんが銀さんの意思を護ってたから、あの時の新八くんには背を向けることしかできなかったんだ。
だけど今ずばりと確信的な事を新八くんに告げるのは、片側には自分、もう片方には銀さんに挟まれた新八くんの今の状況下で言うのは得策じゃないとも思った。


だからね、晋助はいつもみたいに敢えて皮肉っぽく笑ったよ。くつりと喉を鳴らしてさ。


「銀時は……テメェとなら一緒に居たがるだろうがなァ」
「え。そ、そうっスか?」
「間違いねェな。銀時がテメェを手放す筈があるか」

新八くんは片側で寝てる銀さんをそうっと見て、首を傾げている。でも晋助には確信があったのね。銀さんは絶対に新八くんを手放さないだろうなって。

だって先生が連れて行かれた後は、まるで銀さんが新八くんの師……と言うか兄貴的な存在なんだけど、銀さんが新八くんに大事なことを教え始めてるからね。そんで新八くんも銀さんの背中を見て、学んでるしね。

新八くんは銀さんの『護』を信じてるし。



だからね、もしそうなった時。
互いの道が別れて、松下村塾の三人がバラバラになった時。

その時が近いのか遠いのかも今は分からないけど、本当にそうなったらこの関係はどうなるのだろう。新八くんとの関係は。
この、自分が新八くんに対して抱いてる不可思議な気持ち。熱い衝動。誰にも譲れない想い。



けど“その時”になって初めて後悔するなんて、初めて思い知るなんて、そりゃあ晋助の性には合わないからね。


「……まあ……俺ァ銀時に負けねェけどな」

もはや無意識で晋助はポツリと呟くね。完全に無意識だったよね、なのに負けん気の強さは人一倍ですからね。
しかしその独り言をしっかり聞いていた新八くんは、もうビシィッと背を正して晋助に言い募る。


「え?銀さんに何を勝つって言うのアンタは。また喧嘩はダメですよ」
「……いや、違ェ。俺は今そういうことを言ってねェ」
「ええ?だから何が違うんです。またくだらない事で喧嘩してたら本当怒りますからね、僕は。この間もどっちが先にお布団敷くかで揉めてたでしょうが、結局は僕に二人分のお布団敷かせやがったくせに!」
「誰も今その話はしてねェ、全くの見当違いでしかねェ」


完全に勘違いしてる風味の新八くんに、晋助は低い声でツッコむという。つーか何でそんな低レベルな争いを常日頃繰り広げてんだ晋助と銀さんは、どうせ布団の場所がどうの、どっちの布団に新八くん入れるか否かで揉めてんでしょ?あーハイハイ乙(何その雑な感じ)

しかし新八くんにツッコミ入れるって凄えなオイ!攘夷晋助すっげえ!これが若さ!(拍手喝采を浴びせながら)



まあそんなんをヒソヒソ喋ってましたらば、すぐに再出立の時間も近付きますよ。隣りで身動ぐ銀さんを気にしてた新八くんを横目に、晋助は軽い皆こなしで立ち上がる。


「あ、高杉さん。返しますよ、これ」

そんな晋助を見て、新八くんも慌てて借りてた羽織を脱ぐのだけど。

「要らねえ。テメェが着とけ」

晋助はプイッと顔を背けながら言う。さらに続けて、

「テメェみてえな小童に震えてられちゃ迷惑なんだよ。後方の士気にもかかわらァ」

ふふん、と高飛車に笑いながら。
つまりはただ新八くんに自分の羽織を貸していたいだけなんだけど、晋助が素直に言える筈もないのでこんな言い方しかできません(ほんっとお前はどこまでも晋助)

新八くんはしばらくは赤い顔で黒い羽織と晋助を見比べてたんだけど、そのうちにやっぱりもそもそと羽織を脱いだの。そして、晋助にきっぱり返した。


「じゃあもう震えないようにします。だから、これはもうお返しします。ありがとうございました」
「あ?……テメェ、無駄に強がんじゃねェ」

そしたら晋助もギロリと新八くんを睨むんだけど、新八くんが強がってこんな風に言ってるとすぐ勘違いしちゃうんだけど、それに新八くんはふるふると首を振ってね。

「だって、上に立つ人は皆の見本にならなきゃダメなんですよ。だからね、高杉さんがこれを着ててください」

いつぞやに晋助に注意した文句を再度なぞって。

「これだったら、後ろ姿でも鬼兵隊の総督って一発で分かるでしょ。……この黒い羽織の後ろ姿に勇気付けてもらう鬼兵隊の隊士さんが、いっぱいいっぱいいますよ。ね?」

月明かりの下でふわっと微笑んで、そうっと羽織を差し出してくれる新八くんなのです。
大きなお目目がまろやかな半円を描く、新八くんのその笑顔。自分のことではなく、晋助のことや鬼兵隊の皆の士気のことをまず気にしてる優しい心映え。

ばかだよねえ。本当に自分のことなんて二の次三の次でさ。新八くんっていっつもこんなん。陰ひなたで咲く活躍が多いしね、フォローばっかしてるから晋助や銀さんのように最前線で煌めく事も少ないし。ばかな子ね大好き。

いつも本当にありがとう新八くん大好き(結婚しよ)


そんな新八くんを見たあかつきには、晋助はもう羽織ごと新八くんを抱きしめてるんじゃないかなあ。新八くんの笑顔を見たら込み上げてくる何かがあって、たまらなくなって、胸が痛くて、衝動的に新八くんを抱きしめてた。


「わっ……ど、どうしたの高杉さん」

ぎゅうっと骨が軋むほど抱き締められ、新八くんも息を呑む。だけど優しく晋助に聞いた。晋助はまだぎゅうぎゅう新八くんを抱き締めながら、つっけんどんに返す。


「いや……何でもねェ」
「あの、そろそろ行きますよね?えっと、銀さん起こさなきゃ……」

離れがたいように熱く抱かれて、新八くんももじもじしましたけどね。なんだかんだ言って晋助のこと好きだしね、新八くんだって離れたくなかったよ。本当は。


「(本当はずっと、高杉さんのそばにいたい)」


そう思ったよ、自然とね。
だから次の瞬間、思い切ったように腕を離した晋助にホッとしつつ、どこかで残念な気持ちもあったよね。矛盾してるんだけども。離れなきゃいけないのに離れがたいって、恋人同士にはよくある感情の表出です。

晋助は新八くんから手を離した後も、新八くんの顔をしばらく見てた。そしてバサっと軽やかに羽織を纏った後で、きっぱりと一言。


「死ぬんじゃねえぞ、新八。その辺の敵は鬼兵隊が……いや、敵は俺が全部斬る。だからテメェは銀時と離れず行動しろ」

鋭くも真っ直ぐな二つの翠の眼で射抜かれ、新八くんもピッと姿勢を正す。そしてニコッと笑うの。いつもの新八くんの笑みで。

「うん。じゃなくて、ハイ。僕は大丈夫です。僕は簡単に死んだりしませんから。……高杉さんを信じてます」


簡単に死んだりしないって、大丈夫って、こういう時でも変わらず誓ってくれる存在ってありがたいよな。だって誰も彼もが疲れ切ってて、今にも心が挫けそうな時にだよ。負け戦が辛くて、敗走してく自分たちが情けなくて、踏み越えた筈の仲間の死や無力感に、今にも足が取られそうなこんな時に。

まだ大丈夫なんだ、
だってこいつが居る、
こいつの為に俺は、

って自分を勇気付けてくれる存在が新八くんだからさ。

こいつを護ろうって、こいつを護るって、無意識にも晋助の士気が高まったからね。


まあ晋助は言わないけどね。素直キャワワな新八くんを見ても、いつものように皮肉るだけだけどね(これだから晋助クオリティー)


「だろうなァ。まあ……テメェのような雑草根性と脇役根性がある奴の方が無駄に戦場を生き抜いてく(フッ)」
「いや無駄ってなんですか無駄ってェェェ!!しかも言うに事欠いて脇役?!」


こんなやり取りを続けるうちに、出立の時間はすぐ来るのですよ。だから晋助だってくるっと背を向けて、もう先方の鬼兵隊の元に帰っていくしね。
晋助はそういう時は一回も振り返らないから。新八くんは晋助の背中が見えなくなるまで見送ってるけど、晋助は絶対に振り返らない。視点を切り替えた晋助はきっぱりくっきり、あとは己の目標に向かってくだけ。

そんな晋助の潔さに新八くんが少し唇を緩めてますと、隣りではゴソゴソと銀さんが身動いでて。

「……あー、何か寝入っちまった。敵方の襲来なかった?新八」
「あ、はい。大丈夫でしたよ」

ふあわと欠伸して背伸びする銀さんに、新八くんは微笑み返す。でも何故か訝しげにピクリと眉をひそめる銀さん。


「うん。ならいいわ。でも何か嫌な感じするなここ、寝る前と後で何か雰囲気が違う感じ」
「え?ど、どう違うんですか?(ドキッ)」

ヒクヒクと鼻をひくつかせて辺りの雰囲気の変化を敏感に感じ取ってる銀さんに、そりゃあ新八くんの心臓もドッキドキですよ。何たってさっきまでここに晋助がいたしさ、キスしたり(何回も)抱き締められたりしてた訳だから、ドキドキしないはずがないんですよ。
今の新八くんの状態ときたら、お兄ちゃん(銀さん)の友達と内緒で付き合ってるようなもんでしょ。

銀さんは寝ぼけ眼でも野生の勘で晋助の気配を薄く感じてたみたいだが(凄えな相変わらず)、気のせいかと結論付けて立ち上がり、背中についた葉っぱやらを手早く払っております。


「なぁんかこう、ある意味では最も俺の敵に近いっつーか……ま、いいや。早く行こうぜ新八」
「えええ怖ッ!!何て言い掛けたの!?何その野生の勘!」



そうやって話しながらも、束の間の小休憩を終え、一路目的地を目指して行軍していく攘夷'sなのです。




*続く*