白い紅茶カップの物語7【仔猫のいない仔猫たちとの生活】(完結)。

話題:連載創作小説

菜奈はいつものように紅茶カップを食器棚から取り出してキッチンの空いているスペースに置き、お湯を沸かし始めました。

ところが…

ケトルの中のお湯がまさに沸騰する寸前、

ニャア♪

不意に、猫の可愛いらしい鳴き声が耳に届いたのです。どうやら、それはキッチンの小窓の外、つまり庭から聴こえているようでした。

そこで菜奈が窓を押し開けてみると、小さな花壇の前にポツンと座る、一匹の仔猫の姿があったのです。

仔猫を見た瞬間、菜奈は思わずドキリとしました。と云うのは、その仔猫が綺麗な檸檬色をしていたからです。それは、紅茶カップに後ろ姿で描かれているイラスト絵の仔猫と瓜二つに見えます。もし、カップの中の猫がクルリと回ってこちら側を向いたなら、花壇の前の仔猫のような感じになるに違いない。菜奈は直感的にそう感じたのでした。

ニャア♪

そんな菜奈の気持ちを知ってか知らずか━まあ知らないのでしょう━花壇の仔猫は相変わらずの可愛い声で、菜奈の立つ窓の方を見ながら鳴き続けています。

その時でした。

不意に、背後から菜奈の顔のすぐ横をかすめるように“影のようなもの”が勢いよく飛び出したかと思うと、いつの間にか、菜奈の見つめる先、花壇の視界フレームに収まっていた仔猫の数が一匹から二匹へと増えていたのです。

その瞬間的な出来事は、菜奈の目にはまるで分身の術のように映りました。

そして、檸檬色をした瓜二つの二匹の仔猫は、揃ってニャアと一鳴きすると、そのまま花壇を飛び越え何処かへと去って行ったのです。

まさか猫が分身の術を使うはずもありませんから、恐らくは菜奈をかすめて行った“影”こそが、二匹目の仔猫に違いありません。ですが…それもまた可笑しな話なのです。何故なら、菜奈は猫を飼っていないのですから家の中から仔猫が飛び出してくる道理がないのです。

さて…賢明な読者の皆さんなら、もうお判りですよね?

もちろん、菜奈もすぐに“その可能性”に気づきました。それで、キッチンに置かれている紅茶カップを見てみると…

予感の通り、それはもう“檸檬色の仔猫の紅茶カップ”ではなく、ただの“真っ白な紅茶カップ”に変わっていたのです。《le couple de cete》の文字も仔猫の姿と一緒に消えていました。

不思議な話です。

菜奈も、自分のすぐ目の前で起きた事なのに、この不思議な出来事を俄かには信じられずにいました。

それでも…

だんだんと時が経つにつれ、不可解さよりも暖かな気持ちが菜奈の心の中で増してきたのです。可笑しな話ですが、それは菜奈がこの紅茶カップと出逢い、それを手にして家へ帰る時の気持ちに似ていましたし、紅茶カップを譲ってくれたミスマープルの笑顔の奥に感じた暖かさにも似ているようでした。つまり、何と云えば良いのでしょう…それは、菜奈の中では、ごくごく自然で“納得のゆく”出来事だったのです。

花壇の前で揃ってニャアと鳴いた二匹の檸檬色の仔猫の姿は、《le couple de cete》(猫のカップル)と名付けるに相応しい存在であるように菜奈には思えました。

もしかすると、元々この紅茶カップに描かれていたのは、一匹ではなく“二匹の仔猫”で、或る時その片方が何かしらの理由でカップの中から飛び出した…。

それは、たまた見かけた別の猫が気になって追いかけようとして飛び出したのか、それとももっと単純に、外の広い世界を冒険したくなったのかも知れません。

もちろん、それは菜奈の勝手な想像です。いつかの時代のどこかの国での想像の中の物語。でも、そういう想いで振り返ってみれば、カップの中の仔猫の後ろ姿が何処か寂しげで、まるで“誰かを待っている”かのように見えたのも頷けます。



《続きは追記からどうぞ》♪

 
more...

白い紅茶カップの物語6【話の辻褄は最後の最後に来るまでは決して合わないのです】。


話題:連載創作小説

土曜日の朝の街は、平日とも日曜日とも少し違って、ゆったりとしながらも何処かアクティブな時間が流れていました。

ですから菜奈も、朝、家を出た時には、紅茶カップを買った後は久しぶりに映画でも観てランチを取ってブティックや本屋を覗いて、とおぼろげながら色々と計画を立てていました。ですが、結局は小1時間ばかり街を歩いただけで、他に買い物もせず、ランチも食べずに家へと帰る事にしたのでした。

そうした理由は実に単純なもので、菜奈はこの檸檬色の仔猫の紅茶カップを手に入れた事で十分に満足感を得ていたからです。気に入った物をタダで譲り受けた幸運と、そのちょっと不思議な経緯のドラマに、少し浸っていたかったと云うのもあります。軽い足取りで土曜の街を歩く姿ははさながら、菜奈と檸檬色の仔猫の“初めてのお散歩”と云った感じです。

そして、家に戻った菜奈は、食器棚の扉を開けてすぐの場所、つまり、最もよく使う食器たちを置く場所に、買って来たばかりの紅茶カップを置いたのでした。


…それが、3ヶ月前の土曜日の朝、菜奈と“真っ白な紅茶カップ”との出逢いです。

でも…

ちょっとおかしいですよね?

菜奈が譲り受けたのは檸檬色の仔猫が一匹、背中を向けてちょこんと座るイラスト絵が描かれていた紅茶カップで、冒頭に出てきた“真っ白な紅茶カップ”ではありません。それに、お話の流れで考えれば、カップが置かれている場所も食器棚の中ではなく、“キッチンの小さな窓の下にある張り出し棚の上”でなければ冒頭の部分との辻褄があいません。

でも…そんな風に思ってしまうのは、菜奈が紅茶カップを手に入れてからそろそろ3ヶ月が経とうかと云う“或る日の出来事”を皆さんが知らないからです。

ですけど、ご心配なさらないでくださいね。今から、そのお話をするところなのですから…。

そう…それは、菜奈が意外な形で紅茶カップを手に入れてから3ヶ月になろうかと云う日曜日の朝でした。


《続きは追記からどうぞ》♪

 
more...

白い紅茶カップの物語5【言葉は時として正反対の意味を照らし出す】。

話題:連載創作小説

気に入った物がタダで手に入ると云うのは稀にみる幸運です。それも友人の間なら兎も角、店と客の間柄ですから、喜びも一塩のもの。菜奈としても嬉しくない訳がありません。

それでも、浮き立つような喜びよりも、申し訳なさや気がひける気持ちが強いのは、やはり個人の性格に拠るところが大きいのでしょう。菜奈は少し顔を赤らめながら、包装紙にくるまれてゆく紅茶カップを見つめていたのでした。

他には誰も客がいない静かな店内に、包装紙がゆっくりと丁寧に折りたたまれてゆく音だけが小さく響いています。それは、退屈でいながらどこか気持ちが安らぐような、ちょっと不思議な時間の流れ方でした。

しばらくの間、菜奈はそんな何処か現実離れした穏やかな時間の中で色々と想像を巡らせる事を楽しんでいました。

いつの時代とも知れない遠い異国の街。その街でひっそりと店を構えている小さな雑貨屋。棚の片隅に置かれた仔猫の紅茶カップ。そして、ふらりと店を訪れた若き日のミスマープル。

そんな夢の中のような世界に浸っていた菜奈でしたが、不意に或る事を思い出したせいで現実へと意識が戻されてしまいました。そして、その“或る事”を尋ねる為、ミスマープルに向かっておずおずと口を開いたのでした。

『 あの、すみません…』

菜奈の声に、ミスマープルが手を止め顔を上げます。

『あ…もしかして別の包装紙の方が良かったかしら?』

菜奈は慌てて否定します。

『いえ、そうじゃないんです…その紅茶カップに描かれている言葉の意味をもしかしたら御存知かなと思って』

菜奈の云う言葉とは、紅茶カップの中でちょこんと座っている檸檬色の仔猫、その上に印刷されている《le couple de cete》の文字の事です。

菜奈は家に帰ってからその言葉の意味を調べるつもりだったのですが、ふと、ミスマープルなら知っているかも知れないと思ったのです。何と云ってもフランスまで行って商品を仕入れるぐらいですから、当然、フランス語も堪能に違いありません。それならば、恐らくはフランス語であろう《le couple de cete》の意味を知っている可能性が高い、菜奈はそう考えたのです。

そして、その推察は大当たりでした。

『ああ…あれはね、“猫のカップル”と云う意味なのよ』

事もなげなミスマープルの一言で小さな謎が解け、思わず表情の緩んだ菜奈でしたが、そうなると別の謎がまた一つ浮かび上がって来る事になります。

『あ、でも…』

『…どうしたの?』

『仔猫は一匹しかいないのに何で“カップル”なのかな、と思ったんです』

菜奈の言葉に、ミスマープルは一瞬考え込むような顔をしましたが、すぐにまた元の穏やかな表情に戻って云いました。

『それはたぶん、フランス独特の“洒落”だと思うわ』

『“洒落”…ですか』

そう云われても菜奈には今一つピンと来るものがありません。すると、そんな菜奈の心情を悟ったのか、ミスマープルは更に言葉を続けたのでした。


《続きは追記ページからどうぞ》。

 
more...

白い紅茶カップの物語4【思わぬ申し出に、菜奈は少し気がひけてしまう】。

話題:連載創作小説


『まあ、このカップ…まだあったのね』

ミスマープルの意外そうな顔に少し戸惑いながらも、菜奈が答えます。

『ええ…あそこの棚の一番隅っこに置いてあったのですけど…』

何がどう意外なのか知る由もない菜奈としては、そう答えるしかありません。するとミスマープルは、差し出された紅茶カップを自らの手に取って、少しの間くるくる回しながら眺めていましたが、やがて諦めようにカップをレジ台の上に置きました。

『おかしいわねぇ…値札は付けてあったはずなのだけど』

菜奈も困ってこの紅茶カップをレジに持って来た訳ですが、ミスマープルもそれとはまた別の意味で困っているようでした。

二人の困り人の視線はカップの中の檸檬色をした仔猫に注がれていましたが、もちろん、そんなふうに見つめたからと云って何が解決する訳でもありません。僅かな沈黙の後、口を開いたのはミスマープルの方でした。

『このティーカップ、店を開いた当時に仕入れた物なのだけど…もうとっくに売れてしまったと勘違いしていたから、私も驚いているの』
開店当時と云うのが何時頃の話なのかは判りませんが、云われて見れば確かにアンティークっぽい古めかしさも感じられます。

『ああ、そうだったのですか…いえ、ふと目に留まって“可愛いらしい紅茶カップだな”って思って…それでちょっと値段が気になったものですから』

菜奈が云うと、ミスマープルは何故か同意するように頷きながら言葉を返して来ました。

『“ふと”、“ふと”ね…判るわ』

ミスマープルの話に拠れば、この店をオープンする少し前に商品の仕入れも兼ねてフランスへ行った際、偶然立ち寄った小さな街の雑貨屋で、この紅茶カップに“ふと”目が留まり、それで半ば衝動的に買い求めたという事でした。

『きっと、その時、私とティーカップの波長がピッタリ合ったのね』

今度はミスマープルの言葉に菜奈が頷く番でした。

それにしても…菜奈は既に買うつもりで紅茶カップをレジまで持ってきていましたから、値段が判らないままでは困ります。

『それで…値段の方は』 

おそるおそる尋ねる菜奈に、ミスマープルは少し考え込むような仕草をした後、意外な言葉を云ったのでした。

『このティーカップは貴女に差し上げますわ』

《続きは追記からどうぞ》。

 
more...

白い紅茶カップの物語3【ミスマープルは奈菜の言葉に意外そうな顔をする】。


話題:連載創作小説


背中を向けた檸檬色の仔猫の上には、縁どりの滑らかな筆記体フォントで、次のような言葉が記されていました。

《le couple de cete》

恐らくフランス語だろうと菜奈は思いましたが、残念ながら意味までは判りません。

それでも、素朴なパステル調のイラスト絵には菜奈の心を惹きつけるものがありました。

いえ、惹きつけると云うよりは、菜奈の心のギザギザとイラストの仔猫の心のギザギザが上手く噛み合った感じでしょうか?

“心のギザギザ”などと云うと聞こえは良くありませんけど、人の心は常に滑らかな縁どりを保っているわけではなく、何処かしらが欠けていたり、或いは逆に出っ張っていたりと、ギザギザした形である場合の方が多いような気がするのです。 


それは決してネガティブな意味でのギザギザではなく、ただ、そういう形をしていると云う事です。

菜奈と仔猫の紅茶カップも、例えるならば、ジグゾーパズルの隣り合ったピース同士が偶然にも小さな雑貨屋で出逢ったような感じでした。

それは刻々形を変え続ける生きたパズルピースですが、こうして、ちょうど隣り合う形になったタイミングで出逢った事は恐らく、菜奈にとっても紅茶カップにとっても幸運だったに違いありません。

それが証拠に菜奈の心はもう、その紅茶カップを買う事に決めていました。けれども、その前に大事な問題が一つ残っています。云うまでもなくそれは、この紅茶カップの値段です。

それほど高価な物とは思えませんが、菜奈はアラビアの王様ではありませんから、流石に値段も確かめずに買うような真似はとても出来ません。

ところが、カップの何処をどう見回しても普通ならば付いているであろう値札が見当たらないのです。菜奈の脳裏に一瞬、嫌な考えが浮かびます。



《続きは追記からどうぞ》
more...
カレンダー
<< 2012年03月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
アーカイブ