美味しさの進化が止まらない(オマケ・香りの小袋付き)。


話題:気になること



スゴいですねぇ。

何がですか?

コンビニのおにぎりです。

何だかんだでもう十年以上、毎年美味しくなり続けているような気がします。『×××のおにぎりが更に美味しくなりました!』。そんなテレビCMのコピーはもはや時代の定型文と言って良いぐらいです。コンビニのおにぎり。通称コニぎり。いったい君は何処まで美味しくなれば気が済むのでしょうか。逆に言えば、十年前のコニぎりはどれほど美味しくなかったのか。十年前のコニぎりの味、いくら記憶を紐解いてみてもあまりにも漠然としていて全く思い出せません。シャリと海苔が心持ちベタッとしていたようなそうでもないような……。いや、これ以上無理に思い出そうとすると『そもそも昔はコンビニ自体なかったからね』という爺むさい回想話になりそうなのでやめておきましょう。

それにつけても、おにぎりというのは一体どれだけ“伸びしろ”のある食べ物なのだろう、と思ってしまう訳なのです。こんな調子で美味しくなり続けて行ったらば、百年後には我々の想像を絶するような味形になっているかも知れません。例えば、鮭のおにぎり。ご飯は炊きたてを好みの固さで握る事の出来るよう茶碗によそられた形で、具の鮭も贅沢に切り身を丸ごと一つその場で焼いたものが出され、加えて味噌汁とお新香、更にハッピーセット的に《鮭を獲る木彫りの熊の置物》なんかも付いたりして……あ、これは単なる“焼き鮭定食”ですね。いずれにしても、コンビニのおにぎりはこれから先も確実に進化し美味しくなり続けて行く事でしょう。

***

スゴいですねぇ。

何がですか?

冷凍食品の炒飯です。

これもコンビニのおにぎりに負けじ劣らじと毎年“炒め感がUPし続けている”ような気がします。逆に言えば十年前はどれだけ炒め感がなかったのか、と。そもそも“炒め感”という言葉自体が面白い。あくまでも炒められている“感じ”。つまりは錯覚、幻影、幻想。そして、もしもこんな調子で炒め感がUPし続けて行ったなら、十年後にはもう炒められ過ぎてしまい、炒飯の原形すら留めていない真っ黒焦げの炭と化しているのではなかろうか、と思わず心配してしまう訳なのです。何にしても、冷凍食品の炒飯の炒め感はこれから先もUPし続けて行く事でしょう。

***

スゴいですねぇ。

何がですか?

ハンバーグやウィンナー、肉まん等の挽き肉を使った食品です。

事ある毎に“ジューシーさがUP”しているような気がします。逆に言えば、十年前はどれだけパサパサして乾いていたのだ、と。この調子でジューシーさが増し続けて行けば、十年後には完全な“ジュース”になっていてもおかしくありません。「シャウ〇ッセンがついにドリンクになりました!」。コクがあり過ぎてむしろ酷。いくら“たくましく育って欲しい”と言えども丸大ハ〇バーグがそのままジュースになるのは、さすがに、わんぱくが過ぎると言わざるを得ません。それでも、やはり、これらの肉汁重視系食品は完全なジュースになるまで、そのジューシーさをUPし続けて行く事でしょう。


**おまけ・香りの小袋**

香りの小袋【ン】


各パートの冒頭の一行『スゴいですねぇ』に香りの小袋【ン】を混ぜ入れ『スンゴいですねぇ』にしますと“所ジョージさん風味”でお楽しみ頂けますのでお試し下さいませ。


十一月の無口な祖母。


話題:おやじギャグとか言ってみたら?


秋も終わりに近づくと祖母は口数がぐっと減り、ほとんど何も喋らなくなる。それに気づいたのは幼稚園の頃だった。春や夏にはあんなに喋っていた祖母が何故急に無口になるのだろう。僕は不思議でならなかった。更に不思議なのは、師走を迎えた途端、祖母は再び我に返ったかのように喋り始める事だった。

そして、この謎の現象はどうやら、うちの祖母に限ったものではないらしい事が判った。ありとあらゆる友だち、そのすべての祖母にも同じ事が起きていたのだ。どうやらこれは“お祖母ちゃん”というよりは、すべての“お婆ちゃん”に起きている現象と考えた方が良さそうだ。

町中のすべてのお婆ちゃんが十一月になると急に無口になる。

「ねぇ、お祖母ちゃん、どうして喋らなくなるの?」

幼稚園児の僕は素直に疑問を祖母にぶつけてみた。ところが、「もう少し大きく判るわよ」と祖母は微笑みながらお茶を濁すだけ。父や母に訊いても、やはり「もうちょっと大人になれば判るから、今はしっかりガリバーサラダをお食べ」とはぐらかすばかりで、何も答えてはくれなかった。

その謎が突然に氷解したのは中学に入ってすぐ、英語の授業中だった。そうか。そういう事だったのか。祖母や父母の言った通り、この瞬間、僕は少し大人になったのだろう。

十一月になった途端、祖母を始めとする町中のお婆ちゃん達は何も喋らなくなった。

何も喋らん。

何も言わん。

何も語らん。

つまり、婆は何も述べん。

だから、何も述べん…婆!

決定力は十分だった。

十一月は述べん婆。

そう、十一月はNovemberだったのだ !!

祖母や父母がはっきりと答えたくなかった気持ちが今なら少し判る気がする。クダらな過ぎて恥ずかしかったのだ。大人になるというのは、身も心も駄洒落と一つになる事で、そのクダらなさはきっと哀愁とコインの裏表に存在するのだろう。

幼稚園の頃、お年玉は三百円だった。

中学の頃、お年玉は一万円になった。

この調子でいけば、五十歳になる頃には一千万円ぐらいお年玉が貰えるのではなかろうか。子どもの僕は大人になるのがとても楽しみだった。ところが蓋をあけてみると……。

十一月は述べん婆。

それは、悲しみを語るに語れぬ哀しい大人の無口なのだろう。


〜尾張〜。


*備考*

久しぶりの〈ダジャレ・ヌーヴォー〉カテゴリ。


<<prev next>>
カレンダー
<< 2016年04月 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
アーカイブ