SWEET&BITTER LIFE
第二話





「はああぁぁ〜……」

会社に戻った僕は、自分のデスクに突っ伏して盛大なため息を吐いていた。
既に何度目かわからない。

「…どうしたんですか」

のろのろと声のほうに顔を向けると、一年後輩のソディアが心配そうな様子でこちらを窺っている。

「どこか体調でも悪いんですか?」

「いや、そういうわけじゃ…」

簡単に今日の出来事を説明したら、ソディアは何故か微妙な表情になってしまった。

「どうしたんだ?」

「いえ…。つまり、先輩は『取材』に失敗して落ち込んでいる、と」

「?そう言ったよね」

「ええ…」

「あー、本当に失礼なことをしたよ…。もう絶対、変な奴だと思っただろうなあ、僕のこと…」

「…………」


ソディアはため息を吐いて目を逸らしてしまった。
何か変なこと、言っただろうか。

と、彼女の視線がデスクに置かれた小さな箱に向けられる。

「先輩、それは?」

「あ…」

そういえば、帰り際に彼からお土産をもらったんだった。
彼…。ユーリの店のケーキを。すっかり忘れていた。
しばらく出しっぱなしだったが、大丈夫だろうか。
僕は慌てて箱を開けた。


中に入っていたのは四種類のケーキだった。

粉砂糖が振られたシンプルなガトー・ショコラに、しっかりと焼き色のついた大ぶりのシュークリーム。
それとは対照的に、淡い焼き色のスフレタイプのチーズケーキ。
そして…これまたシンプルなプラスチックのカップに入った、プリン。別添えのカラメルソースが箱の底に転がっている。

「そのお店で買って来たんですか?」

「いや、帰る時にお土産にくれたんだ」

「…わざわざ、ですか?」

ソディアは箱のケーキと僕を交互に見て、怪訝そうな顔をした。
なんだか、さっきから質問ばかりされている気がする。

「うん、これやるからとりあえず帰れ、って言われてさ…。申し訳ないと思うよ」

「定番のものばかりですね」

「そうなのか?ソディア、あの店に行ったこと、あるのかい?」

「いえ。でも、大抵の洋菓子店で、この中のどれかを看板商品にしていたりしますね。もちろん、店によって様々ですが」

「へえ…そうなんだ」

僕はそれほど甘いものが好きじゃない。嫌いじゃないけど、毎日欠かさず食べる、ということもないし、ましてや自分から洋菓子店に出掛けてケーキを買うこともほとんどない。

今までの取材では、どちらかと言えば夜営業がメインの飲食店か、レストランのようなところが多かったし、付き合いで行くのもそういった店ばかりだ。
…そういえば、今回みたいな店の取材は初めてかもしれない。


「僕はこんなに食べられないし、どれか食べるかい?」

「いえ、さっき食事をして来たばかりなので…」

「そうか。…まあわざわざくれたんだし、家で少しずつ食べようかな」

「多分、そのほうがいいと思います」

「え?」

「それでは、失礼します」

なんだかソディアの反応がよくわからなかったが、これ以上うだうだしてても仕方ない。
僕はケーキを給湯室の冷蔵庫に入れ、今日の報告をする為に上司のもとへ向かった。




報告後は他の取材についての段取りやら何やらでそこそこ忙しく、帰宅したのは既に日付けも変わろうかといった時間だった。
普段、付き合いがなければこんなに遅くなることはあまりない。
最初の仕事―ユーリの店での失敗から何故かなかなか僕は立ち直れず、どうにも作業がはかどらなかったんだ。
あまりミスを引きずることはない性格だと自分では思うんだけど…。


シャワーを浴びて軽く食事をして、もらったケーキの中からプリンを取り出した。
とりあえず一番日持ちしなさそうなものから食べよう、と思ったんだ。

別添えのカラメルソースをかけて、しげしげと眺めてみる。
何の飾り気もない、至ってシンプルすぎるプリンだ。カップにも何の柄もない。

「…給食のデザートに、こんなのなかったっけ」

そんなことを考えながらスプーンで掬ってひと口食べてみた。

「…おいしい…」

正直、僕は驚いていた。少し柔らかめのプリンはかなり味が濃厚で、卵や牛乳の風味もよく感じられる。
でも臭みとかはなくて、素直に美味しいと思った。
甘味もちゃんとするんだけど、カラメルソースが苦めのせいなのか甘すぎるとも思わなくて、気付けばあっと言う間に完食してしまっていた。
今まであんまりプリンとか食べなかったんだけど、これは美味しい。

結局その後チーズケーキも食べてしまった。こちらは甘さ控えめで、ふわふわの食感がなんとも言えなかった。

お店が人気なのがわかる。なんて言うか、あと一つ食べたくなる、そんな感じだ。
甘いものが特に好きなわけではない僕ですらこうなんだから、甘党の人にはたまらないのかも知れない。

…そういえば、ソディアは今日もらったケーキは定番だ、って言ってたっけ。
定番、ということは、それによってお店の基本評価が大きく左右されるということだ。

店を訪れるお客の多くが注文する「定番」が美味しくなければ、他の商品に手を出す気にならない。
初めて行く店で、いきなり変わり種にチャレンジする人はそんなにいないだろう。

彼は、あえて定番ばかりを選んで僕に渡したんだろうか。
だとすれば、何故か。
そこまで考えて、僕はやっと、あることに気付いた。

彼は僕の話をろくに聞きもしなかったのに、わざわざケーキをくれた。それはつまり、自分の店のことを知ってもらいたかったからではないのか、と。

僕は取材先の店を、毎回事前に利用しているわけではない。
自分が好きな店と、仕事として取材をする店は違う。個人的に利用してみてあまり好きではなかったところは、どうしても話をしていてやりづらくなる。

本当はその辺りを適当にやり過ごせばいいんだけど、僕はどうにもそういうのが苦手だった。

まあそういうのもあって、あまり取材先に深入りすることはない。
今回も、店の評判を聞き付けた上司に言われて行っただけだった。

結果、彼には失礼なことを言って怒らせてしまい(これは僕の勘違いのせいだけど)、店のこともろくに知らずにこちらの事情ばかり押し付けた。
それなのに、彼は自分の店を僕に知ってもらおうとしてくれた。
…多分、だけど。
この店に来るのは初めてだよな、と言った彼の言葉の意味は、こういうことだったんじゃないか。

「…ちゃんと、謝りたいな」

自分の失礼をもう一度きちんと謝って、ケーキのお礼を言いたい。

仕事がどうとかではなく、とにかく彼に会いたいと思っていた。



この時は、何故こんな気持ちになるのか自分でもわからなかった。







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続く