SWEET&BITTER LIFE
第三話








住宅街に佇む、小さな洋菓子店。
口コミで話題になっているその店へ取材に行った僕は、チーフパティシエである彼…ユーリを、大変怒らせてしまった。

立派な成人男性である彼を、あろうことか女性と間違えたんだ。
でも、それも無理ないんじゃないかと思うほど、彼は綺麗だった。

容姿に反して低い声と、僕と同じぐらいの背の高ささえなければ、今だに彼が男性だとは信じられなかったかもしれない。

もちろんそれは彼にとって大変に不本意な事だったらしく、何とか話をすることはできたけどろくに聞いてはもらえず、終始不機嫌な様子を隠すこともなかった。

当然の事ながら、取材の話も断られてしまった。

それなのに、何故か彼は帰り際に自分の店のケーキを僕にくれた。
土産だ、と言って渡されたそのケーキはどれもとても美味しくて、その日からずっと僕は、どうしても再び彼に会って話がしたいという思いに駈られていた。

そうしてやっと今日、僕はまた彼の店を訪れることができた。
あの大失敗から、早くも一週間が経ってしまっていた。






「いらっしゃいま―…」

せ、を言うことなく、その人は僕を見るなり眉を顰めてしまった。

…そんなに嫌そうな顔、しなくても…
て言うか、なんで彼が表に?
まあいい、とりあえず挨拶を…

「あの、この前は」

「おーいエステル、客だぞー」

僕の言葉を遮るようにして彼が背後に声をかけると、前回接客をしていた女の子が作業場から顔を覗かせた。

「もう、ユーリ、お客様に失礼ですよ!もう少し待って下さい!」

「いいからさっさと戻って来いよ。そのお客様がお待ちだぞ」

…なんか仲良さそうだな。もともと知り合いとかなんだろうか。

それにしても、彼は全く僕を見ようとしない。
この様子だと、前回のことはしっかり覚えてるんだろうし、とにかく早く謝りたい。
今にも作業場に戻ろうとする彼を、僕は慌てて引き留めていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

「…何?」

冷ややかな視線に心が折れそうになる。
いや、ここで帰るわけにはいかない。頑張れ僕!


「この前は、大変失礼しました!」

「ホントにな」

「……………ぅ」

深々と頭を下げた僕に、彼の容赦ない言葉が突き刺さる。なんか…、前回の帰り際より怒ってないか…?

「…あの」

「何か用?」

「この前は本当にすみま」

「さっき聞いた」

「…………」

「…………」

冷や汗が止まらない。絶対、この前より怒ってる。
どうしたらいいかわからず固まる僕の様子に、彼は深々とため息を吐いた。

「何しに来たんだよ、今更」

「え…?」

「一週間ぐらい経ったか?もう来ないもんだと思ってたんだけどな」

「どういう、意味ですか…?」

「あんた、オレの店を自分とこの雑誌に載せたかったんじゃないのか?」

「そうですけど、でもそれは…」

はっきりと断られたはずだ。僕は、ここの連絡先ももらえなかった。

「ああ、載せる気ないけど。いきなり来て、しかも何も知らないやつに店の紹介なんか出来るわけないからな」

「…すみません…」

「でもあんたは真面目に仕事してそうだったから、とりあえずうちの商品を食べてもらってからでもいいかな、って思ったんだけど」

「それは…!」

僕の考えは正しかったらしい。やっぱり彼はそのために、わざわざ僕に定番のケーキばかり渡したんだ。

でも、それなら何故あの時に言ってくれなかったんだ?そうしたら、すぐにでも僕はまたこの店に来て………まさか、彼はそれで怒ってるのか?

僕が来るのを、待ってた…?


「でもオレの思い違いだったみたいだな。結局何の音沙汰もねえし、取材の締め切りとか終わってんじゃねぇの?だから今更何しに来たのかっつってんだよ。言っとくけど、もう仕事の話は聞かないからな」

やっぱりそうだ。
彼は僕を待っててくれたんだ。
それなのに、僕は…。


「ちょっ、聞いてくれ!!」

どうしても話がしたくて、思わず大きな声を出してしまった。

自分でも驚いてるけど、目の前の彼も口を開けてぽかんとしている。
が、すぐにまたさっき同様に不機嫌そうな様子になって、僕を睨みつけてきた。

「…聞かねえっつってんだろ。人の話、聞いてたか」

「そうじゃなくて!…僕は今日、仕事の話をしに来たわけじゃないんだ」

「じゃあ何なんだよ」

「もう一度、ちゃんと謝りたくて。…あと、ケーキのお礼も。とても美味しかったよ」

「…そりゃどうも」

「もっと早く来たかったんだけど、仕事でどうしても時間が作れなくて…今日やっと休みが取れたんだけど、そんなの関係ないよな……本当に、申し訳ないと思ってる…」

「…………」

「ここのケーキを食べて、人気があるのがわかった気がするよ。なんだか、もっと食べたい、って思ってしまうんだ。僕はそんなに甘いものが得意なわけじゃないけど、また別のものも食べてみたいと思った」


僕の話を、ユーリは黙って聞いていた。
いつの間にか、エステルと呼ばれていた女の子も心配そうな様子でこちらを覗いている。

「…それで?」

「え?」

「話はそんだけ?」

ユーリに言われて僕は戸惑った。

謝罪とお礼。

伝わったかどうかわからないけど、僕が今日、ここに来た目的はこの二つ。
だったらもう、用件は済んだはずだ。
なのに何故、こんなにも帰り難いんだろう。

「え、と…だから、その」

理由を探して焦る僕を見るユーリが、徐々に焦れて来るのがわかる。

「用が済んだなら帰れよ。もうこれ以上、礼とかいらねえから」

嫌だ。
こんな状態で帰ったら、さすがにまたここへ来るのは気まずい。
僕は…

「僕は、またここのケーキが食べたい」

「…はあ」

「この前くれたケーキ、ここの定番ばかりなんだろう?」

「まあそうだな。なんだ、さすがに気付いたか」

ユーリの言葉に、僕は首を横に振る。

「いや、気付いたのは僕じゃない。後輩の女の子に言われて、そういうものだと知ったんだ」

「へえ…」

ユーリが少し驚いた顔をする。
…当たり前か、僕が何も分かってなさすぎだよな。

「さっきも言ったけど、僕はそんなにケーキとか食べるほうじゃないんだ。でもホントにどれも美味しくて、すぐに全部食べてしまったから…」

「だからまた寄越せっての?」

なんてことを言うんだ。それじゃただのたかりじゃないか。

「そんなわけないだろ!!だからその、お客として、これからもここに来たいから…ええと」

「何なんだよ…ハッキリ言え」

「…あんまり…邪険に扱わないで欲しい、って言うか、普通に話したい、っていうか…」


ユーリとエステルさんが一瞬顔を見合わせ、それからまじまじと僕を見つめてくる。

我ながら頭の悪いというか、子供みたいな言い方になってしまった。
何でこんなことを言ってしまったんだろう。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

実際、真っ赤になってるんだろうけど。



「…ぷっ…あはははは!!」

突然ユーリが笑い出して、僕は俯いていた顔を上げた。

「あ、あの?」

「ははっ、何なんだおまえ、変なやつだな!邪険に扱うなって、そりゃしょうがねーだろ、オトモダチじゃねえんだからよ!ましてや客でもねえしな」

「うっ…」

「ユ、ユーリ!失礼ですってば!!」

相変わらずユーリは笑い続けている。

「それに普通に話せって……おまえもう、完全にタメ口じゃねーか、さっきから」

「あ…!」

そうだ。話を聞いてもらうのに必死すぎて、敬語を使うのを忘れてた!

「す、すみません!!」

「別にいいって。むしろ敬語なんか使うなよ。見たとこ、大して歳も違わないだろ、オレら」

「は、はあ…」

あー笑かすわ、とか言いながらユーリが涙を拭う。
なんだかその仕種が妙にかわいらしい。
…確実に、また怒られるだろうな、こんなこと思ったのがバレたら。

「まあいいや。せっかくうちの商品を気に入ったって言ってくれるやつに、二度と来るなとは言えねえよな」

「え、それじゃ…!」

「客として来たけりゃ好きにしたらいいだろ、そんなのオレがどうこう言うことじゃねえよ」

「あ、ありがとう!!」

「礼言われることじゃねえと思うけど…それじゃあさっそくだけど、何か買ってくか?」


その時、初めてユーリが僕に笑いかけてくれた。
今まで失礼なことばかりして怒らせっぱなしだったけど、許してもらえたと思っていいんだろうか。

「どうした、フレン。何にするんだよ?」


………え。

「今、僕の名前…」

「こないだ名刺くれただろ。…あれ?違ったか?」

僕は物凄い勢いで首を横に振った。

「ううん、違わないよ!」

「そ、そうか。…ほんと変わったやつだな、おまえ…」

「そうかな?」

「…まあいいけど。ほら、さっさと決めろよ」

「ユーリにお任せしてもいいかな?正直、よくわからないんだ」



なんだそりゃ、と言いながらも僕のためにケーキを選んでくれる姿を見て、本当に嬉しかった。

とにかく、二度と来られなくなるのは回避できたし、ユーリとも少しだけ親しくなれたと思う。

これからの生活に楽しみができて、僕はとても晴れ晴れとした気持ちになっていた。






ーーーーーー
続く