ジュディスが戻ったのはそれから二日後の昼過ぎだった。

普段の彼女からは感じることがあまりない、どこか張り詰めた様子に、ユーリは少し不安を感じていた。


「ジュディ、どうだったんだ?」

「ここでは、ちょっと…。長くなりそうだし、あなたのお友達にも一緒に聞いてもらいたいわ」

「…わかった」

報告を受けるために落ち合った市民街を後にし、二人は城へと向かった。





「いやー、正面から城に入るのは緊張すんなー」

案内された応接室の豪奢なソファにふん反り返りながらユーリが言う。
とても緊張しているようには見えない。

「あなた、いつもはどうしているの?」

「ん?まあ適当に抜け道通って、窓から直接フレンとこに」

「あきれたものね。あなたらしいけれど」


魔物の調査の件で、と告げると、二人はすぐに城内へと通された。どうやらフレンから話をされているらしい。
それでもさすがにいきなり私室には入れてもらえず、こうしてフレンがやって来るのを待っていたのだった。


「それで、お友達はいつ来てくれるのかしら?」

「一応、今日あたりに報告する、とは言っといたけど、またいきなり来ちまったからなあ…」

ちらりと窓の外を見れば既に太陽は傾き、良く手入れされた庭に植えられた木々が長い影を落としている。

「まあ、いつもなら仕事も終わる頃だ。そろそろ来るだろ」

「いつも、ね。あなたたち、本当に仲が良いわね」

「?そりゃ、長い付き合いだしな」

意味ありげに微笑むジュディスにユーリが何事か言おうとしたその時、漸く扉が開くと、二人の人物が表れた。

「ようフレン、遅かったな……っ、と…」

「…あら」

「待たせてすまない。でも、連絡もなしにいきなりやって来る君が悪いんだろう?」

穏やかな笑みを浮かべながら近づいて来るフレンの後ろから、もう一人。

「…お久しぶり、です。…ユーリ、ローウェル…殿」

「…ああ。あんたも元気そうで何よりだ。」



フレンが騎士団長になる以前から彼の副官として務めていたソディアは、今でも部下として信頼されている。
そのこと自体はユーリにとっても喜ばしいことだったが、個人的にはあまり得意ではない。
というより、ぶっちゃけ苦手と言っていい。
ユーリがフレンを訪ねる際に正式な手順を踏まないのは、ひとえに彼女と出会うのを避けるために他ならなかった。

「そちらの部下の方もいるとは聞いていないわ」

「おい、ジュディ…」

フレンの顔から笑みが消える。

「彼女は僕の、信頼に足る部下だ。それとも、彼女がいたら困る話でもあるのかな」

「いいえ。ただ私は、あなたほど彼女を信じていないもの」

ジュディスはどこか冷たい瞳でソディアを見ている。
と、ソディアがはっきりとした口調でフレンに告げた。

「団長、彼女の言うことはもっともです。私が同席することで、団長が彼らの信頼を損なうというのであれば、私はこの場を下がらせて頂きたく思います」

これにはユーリも目を丸くした。フレンも驚いているようだ。
以前の彼女であればジュディスに食ってかかり、険悪な雰囲気になっていただろう。

「別に構わねえだろ、ジュディ。オレ達、やましい話しに来たわけじゃねぇんだし」

「…そうね。優先順位がわかるようになっているみたいだし、あなたがいいなら私も構わないわ」

「オレは何も…」

フレンは二人のやり取りを黙って見ていたが、やがて一つ息を吐き、自分はユーリの向かいに座ると、ソディアにも隣に座るよう促した。

「いえ、私は」

「長くなりそうだからね。ではジュディス、話を聞かせてもらえるかな」

ジュディスは黙って頷き、ソディアが座ったのを見届けると、南の森の様子を話し始めた。





魔物は確かに増えていた。
いくつかの群れが確認できたが、それぞれに同じ種族同士で集まっているという訳ではなく、何故か統一性が見られない。

しかも不思議なことに、狂暴性もさほど感じられず、むしろ以前よりも大人しいように見えた。

エアルクレーネも安定しており、魔物が暴走するような理由もない。


「…よく、わかんねえな」

「ああ。数が増えてエサが足りなくなったからこちらを襲う、というのではないのか?」

「私にはそうは見えなかったわ。森の中で充分に生きていけているようだった。ただ…」

ジュディスの眉がひそめられる。

「本来なら補食するものとされるものの関係であるはずの魔物が同じ群れで生活していて、その群れのうちの一つが、急に姿を消したの」

「姿を消した?どういうことだよ」

「そのままよ。森に着いた日に確認したとある群れが、次の日にはいなかった。周囲を確認したけれど、森の外でも見つけられなかったわ」

ジュディスの話を受けて、フレンが神妙な顔で言う。

「この二日間、魔物による新たな被害の報告は受けていない。だとすればまだ、森の中にいるんじゃないか?」

「ごめんなさい、私も一人きりだし、あまり奥へは行っていないの。ユーリにも無茶するな、って釘を刺されてしまったし」

「…君が言うんだね、それを」

「あのな…。まあとりあえず、魔物が増えてるってのは確実なわけだ。だが…」

ユーリの視線を受けてフレンが頷く。

「ああ。その魔物が確実に被害を与えているものかわからない以上、やたらと討伐に動く訳にもいかない。森で大人しくしているなら、わざわざこちらから手を出すこともないんだけど」

「だよなあ。ってことは、街を襲ったりしてんのは別の魔物、ってことになるのか?」

「…僕としては、消えた群れ、というのが気になる」

その場にいる全員が頷いた。

「そうね。私が見つけられなかっただけで、何処かに潜んでいるのかもしれないわ」

「もしかしたら、そいつらは街を襲いに来る準備中かもしれない、ってことだな」

「ああ。…ソディア」

フレンに呼ばれ、それまで黙って話を聞いていたソディアが静かに立ち上がった。

「はい、団長」

「例の件、陛下に許可を頂く必要がある。話を進めておいてくれ」

「わかりました。では、私は失礼させて頂きます」


一礼して退室するソディアを見送って、ユーリが口を開いた。

「例の件?」

「討伐隊の編成について、だ。今回は騎士団とギルドの混成部隊を考えている。そのためにダングレストに赴いて、ユニオンと調整をしたいんだ。僕が直接、あちらへ行って話をしたいから、その許可を取ってきてもらう」

「ふうん…。ま、いいけど。おまえがわざわざ行く必要あんのか?」

「もちろん、ユーリにも協力してもらうよ。本格的な共同戦線になるかもしれないし、きちんと打ち合わせしたいからね。君達がいるとなれば、ユニオンも安心して話ができるだろうし」

「そういうもんかね」

「…君はもう少し、自分が周りに与える影響力を自覚したほうがいいな」

「話がまとまったのなら、私は行くわ」

ジュディスが立ち上がる。

「ギルドの依頼として受けるのでしょう?私達の首領に話しておかないと」

「これは別に、オレ達のギルドだけの話じゃないだろ。帝国とユニオンの話だ。違うか?」

「いや、君達には僕から直接、依頼をしたい」

「はあ?」

「ギルド『凛々の明星』には、エステリーゼ様の護衛をお願いする」

フレンの言葉に、ユーリは若干渋い表情になった。
その討伐に、エステルも連れて行くつもりなのだと悟ったからだ。

「…そういうことかよ」

「そういうことね。では、私は先にハルルへエステルを迎えに行って来るわ。明日、また戻って来る、ということでいいかしら」

「ああ、頼むよ。もう外も暗い。ジュディスも気をつけてくれ」

「ありがとう。…あなたはごゆっくり、ね?」

「…………え」

フレンに向かってにっこりと笑って、ジュディスも部屋から出て行った。





広い応接室にはフレンとユーリの二人が取り残されていた。

フレンは先程から、何やら落ち着かない様子で黙りこんでしまっている。

「おい、フレン」

「あ、な、何だい?」

「いや、何って…。どうしたんだ、ボケっとして」


フレンは先程のジュディスの言葉の真意を計りかねていた。
彼女は間違いなく、自分に向かって「ごゆっくり」と言った。そして今、ここには自分とユーリしかいない。

(まさか、ね…)


冷や汗が流れる。
彼女はいろいろと鋭いから、もしかして。
いやでも、自分だってこの気持ちに気付いたのは最近だし、旅の最中にそんな素振りを見せた覚えもないし、いやでも知らず知らずのうちに…いや、まさか。


「どうしたんだよ、フレン!」

「うわぁ!」

いつの間にかユーリはフレンの真横に立ち、フレンを見下ろしていた。
心配している、というよりは不審者を見るような目つきだ。
ユーリの動きに全く気付かなかったフレンは、思わず大きな声を出してしまった。

「どうしたってんだ、マジで」

「あ、いや、何でもないよ」

「嘘くせえなあ…。まあ、いいけどさ。オレも帰るわ」

「え、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「もう外、真っ暗じゃねえか。腹も減ったし」

「じゃあ、僕の部屋で食べて行かないか?」

「なんだよ、今日はやけにしつこいな。…まだ何か話でもあんの?」

少し考えて、フレンはユーリに頷いた。

「うん、まあそんなところかな。部屋まで誰かに案内させるから、先に行って待っててくれないか?」

「はあ…仕方ねえなあ」

ユーリは怠そうに言うと部屋の外に向かって歩き出した。

フレンは扉の外で待機していた騎士にユーリを案内するよう頼むと、再び部屋の中に戻り、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「何やってるんだ、僕は…」

引き止めてどうしようというのか。
話すことなどあっただろうか。

「…とりあえず、食事をどうするかな…」

フレンは暫し、その場から動けなかった。





ーーーーー
続く