現パロ・ユーリが喋れない設定のお話。詳細は追記にて




『今日の晩飯、どうする?』


キッチンに立つユーリの指が形作る『言葉』に、フレンは少し考える素振りを見せた。冷蔵庫の扉を開け、取り出した食材を見てユーリがやや呆れたような顔をする。フレンは鶏肉のパックを手にしていた。昨日は豚の生姜焼き、その前はハンバーグ…。献立を思い出して思わずため息が出た。

(肉ばっか…)

「ユーリ?」

『たまには肉以外が食いたい』

不満顔でそう応えるユーリにフレンは苦笑した。


ユーリは喋ることが出来ない。

聴覚に異常はないが、声を発することは不可能だった。
生まれつきのものだから、本人も周りもそれが当たり前になっている。

手話でコミュニケーションを取る以外に、ユーリは相手の唇を読み取ることもできた。会話相手がユーリの手話を理解することは必要だが、必ずしも手話で返す必要はない。フレンは普段、ユーリに対してほとんど手話で会話することはなかった。ユーリがそう望んだからだ。
ユーリはフレンの声を聴きたがった。話すことが出来ないと耳も不自由だと思われがちだが、そうではないのだから、と。

だから、フレンは努めてユーリと『普通に』会話をする。ただ、ユーリが自分の言葉を読み取りやすいよう、他の誰かと話す時よりほんの少しだけゆっくりと。フレン自身、もう意識すらしていないことだったが。

『他になにかないの』

ユーリの訴えにフレンはもう一度冷蔵庫を覗いたが、あいにくとメインにできそうな食材はない。

「ごめんユーリ、今日はこれでお願いしてもいいかな…。明日、買い物に行こう」

『今日も、だろ』

「今度はユーリの好きなものでいいから」

『こないだ買い物行った時もそう言った』

「そうだったっけ」

『そうだ』

唇を尖らせるユーリには悪いと思いながら、フレンは笑いを抑えきれない。
かわいい、と言えばますます不機嫌を募らせるのはわかっていたから、言葉にするかわりに軽くその唇に口付けた。

『…なに?』

「デザートはプリンがいいな」

『自分で作れば』

突然のキスにもユーリは眉一つ動かさない。慣れっこなのだ。すっかり日常に馴染んだ行為とはいえ、少しつまらないと感じることだってある。
そういう時、フレンはわざと声に出さずにユーリにメッセージを送る。
ゆっくり、ゆっくりと。ひとつひとつを確かめるように、唇を動かすのだ。


『す き だ か ら』


キスでは動かなかった眉をぴくりと上げ、ユーリがフレンを見た。正確には、フレンの口元を。

『ユーリの作るご飯が、好きだから』

唇を見つめる薄紫の瞳が、ほんの少し落胆の色を見せた…気が、した。


『どうしたの?』 

声に出さずに唇で問いかければ、

『普通に喋れよ』  

ひらひらと舞うように指先が応える


『読み取ってよ』

『なにを』


つんと尖ったままのユーリの唇がたまらなく愛しくて、もう一度フレンはそこへ自分の唇を重ね合わせて、


「好きだよ、ユーリ」


離れ際に告げられた言葉は何度も聴いたことがある筈なのに、どうしてこんなにも心をざわつかせるのか。
微かな朱に彩られた頬を隠すようにユーリが顔を伏せた。


「どうしたの?」 

声に出して優しく問いかければ、

『なんでもない』 

迷うように頼りなく指先が応えた


他愛のないやり取りを何度も繰り返し、想いを確かめ合う日々が幸せだと思った。