昨年のイベント合わせで寄稿したお話の再録です。
フレユリで学パロですが、設定がサイト連載のものとは違うのでSSカテゴリに入れてます。最終的に裏ありなので閲覧にはご注意下さい。







呼び出されるのは嫌いだ。
何故かと聞かれたら、『ろくな事がない』からとしか言いようがない。

相手が誰であってもそう。
…あいつなら尚更だ。



中三の夏休み明け、進路希望調査のプリントに適当に学校名を書いた。高校なんかどこでもいいと思っていたので、とりあえず自宅から比較的近く、よく名前を聞く学校を記入したのだ。

そうしたらその日の放課後、担任に呼び出された。

お前は何を考えてる、本気か、少しは真面目に考えろ、と言われ、もう一度記入し直せとプリントを突き返された。
確かにそれほど真面目に考えて記入した訳ではなかったが、あまりの一方的な言われように腹が立ったので理由を聞けば、担任の教師は呆れたようにこう言い放ったのだった。


『お前の頭で行けるところじゃない』


授業はサボりがち、素行もあまりよろしくない。成績も、お世辞にも良いとは言えなかった。だから、そのような台詞は聞き慣れていた筈だった。

だが、何故かこの時だけは違った。教師の言葉がやけにカンに障り、『そこまで言うなら絶対に受かってやる』と啖呵を切ってもう一度、プリントを担任に叩きつけてやったのだ。

本当に、何故あんなに担任の言葉が引っ掛かったのかこの時はわからなかった。それ程深く考えて決めた訳ではなかった筈の学校なのに、『ここ以外有り得ない』とすら思えていたのだから不思議だ。

勿論、志望校は変えないまま、渋い顔をする担任を残してユーリは進路指導室の扉を開け放ち、足音も荒く自分の教室へと戻ったのだった。





「…それだけ威勢のいい事を言っておいて、僕に頼ろうっていうのがわからないなあ…」


呆れたように言う幼馴染みを前に、ユーリが頬を膨らませる。

「うるせー、仕方ねえだろ、他にいないんだから」

「他に、ね……」

「いいから勉強教えろ、絶対あいつにぎゃふんと言わせてやる」

「ぎゃふん……」

「おまえじゃねえよ」

「わかってるよ!今時、あまり聞かない表現だと思っただけだ」

「う…うるせえって言ってんだろ!?教えてくれんのか嫌なのか、どっちなんだよ!!」


ますます頬を膨らませて詰め寄るユーリに、フレンの眉が僅かに寄る。不快に感じているわけではない。
それはむしろ好ましくて、どちらかと言えば可愛らしく駄々を捏ねる子供を見守るかのような、そんな心持ちだ。

やれやれ、と心の中で呟くが、しかしユーリとは対照的に、フレンは自らの頬が緩むのを感じていた。
気を抜けば滲み出そうになる笑みを必死で抑えつけてユーリに答える。

「嫌なわけないよ。せっかくユーリがやる気になってくれたのに」

「あそこまで言われて黙ってられっかよ。どんだけレベル高えとこなんだか知らねえけど、他のとこじゃ…」

ふと、ユーリが言葉を切る。フレンは首を傾げた。
他のところでは、どうだと言うのか。件の高校を選んだ理由なら、自分が考えている事と同じ筈だ。
ユーリの性格を考えてみるに、素直にその『理由』を言ってしまうのが恥ずかしいのだろう。
そう思っていた。

だから、敢えてユーリの口から『理由』を聞いてみたかったのだ。

「ユーリ?他のところじゃ駄目な理由があるの?」


きっとユーリは目を逸らして俯いて、『何だっていいだろ!!』とか、そんな事を言うんだ。でも、本当の理由はきっと、自分と同じで。だって、自分が志望校を決めた理由も――――


「…んー?駄目っていうほどのもんじゃないけど」


ユーリが椅子に座り直して両腕を頭の後ろに組む。
その表情からは特に何かに恥じらったり、拗ねたりといったものは感じられない。至って普通だ。普通すぎるほど、普通。

(……あれ……?)

想像と違ってノーリアクションなユーリにフレンは拍子抜けし、同時に言いようのない不安を感じずにはいられなかった。


「…そう、なのか…?」


恐る恐る、といった声音になってしまったのは、もしかすると頭のどこかでユーリの答えを予想してしまったからかもしれない。


「だってさ、家から歩きでも行けるガッコ、そこぐらいだろ」


……ああ、やっぱり。

「はあああぁぁぁ………」


深い溜め息と共にがっくりと肩を落とすフレンを、ユーリが何とも言えない表情で見ていた。





はっきりと確認をしたわけではなかった。

そういう意味では、ユーリにばかり責任があるとも言えない。いや、そもそも責任云々の話でもない。進学先なんて自分の都合と学力、更に先の将来を考えて慎重に決めるものであって、誰かと一緒にいたいから、などという理由で決めていいものではない。

それでもやはりその可能性が少しでもあるのなら、ユーリと同じ高校で学生生活を送りたいとフレンは思っていた。

それに、あの時ユーリは自分の話を聞いて、この学校に興味を持ってくれた筈だった。
それ以来、特に話題に挙がったことはない。でもユーリもちゃんと覚えていて、だからこそ進路希望をその学校にしたのだと思っていた。自分と同じ学校を選んだはいいが詳しい事まで調べてなくて、それで担任に呆れられて、やっと自分と一緒に受験勉強をする気になってくれたのだと勝手に思っていただけだったのだ。

『覚えていない』以外は概ねフレンの想像通りではあったが、ユーリが忘れてしまっている『理由』こそがフレンにとっては大切な事だった。




ユーリと進路の話をしたのはどういうきっかけだったかをフレンは思い出していた。
確か、二年生の文化祭の時だ。

一般解放の日曜日、他校の生徒や保護者の姿に混じるその高校の制服を見付けた。そこは有名な進学校であるにも関わらず比較的自由な校風が売りで、進路先として考えている生徒も多い人気の学校だった。


自分達のクラスが出店している屋台の後ろで休憩を取りながら、フレンとユーリは目の前を通り過ぎて行く人々を眺めていた。


「なあ、今日って日曜だよな?」

「そうだけど…どうしたの今さら」

「いや、なんで余所のガッコのやつらも制服着てんのかな、って思ってさ」

「また…他校の生徒が来校する場合の注意事項、聞いてないのか?」

「聞いたかもしんないけど、覚えてねえし」

「学生は制服着用で来校すること!他校の友人を誘う場合はちゃんとそれを伝えるように、って念を押されたじゃないか」

実際、近隣の学校の間ではそういった連絡が回っている筈だった。

「んな事言ったってさあ、私服で来ても何の問題もないじゃんか。平日だってんならまだ分かるけど、休みなんだから」

「そういう問題じゃ…文化祭はれっきとした学校行事で、遊びじゃない。学校行事に参加するのに、私服じゃないだろう」

「…おまえ、ほんっっと頭固ぇよな。制服着てなくたってバレやしねえっての」

「だから、そういう問題―――」

「なあ、あれ」

フレンの言葉を遮ってユーリが指差す先には、同じ制服を着た学生達の姿があった。

「…何?あの人達がどうかした?」

「人はどうでもいいけど。あの制服、なんか面白くねえ?」

「いつまでも指差すの、やめなよ」

そう言いながらも再びユーリと同じ場所に視線を巡らせて、その集団に目を凝らしてみる。
五人程で談笑しているそのグループが着ているのは、同じ高校の制服だ。面白い、とはどういう事だろうか。

「…おまえ、また目ぇ悪くなったんじゃねえの?お勉強のしすぎか?」

「そろそろ眼鏡を考えないと駄目かな…。ユーリ、面白いってどういう事?僕にはみんな同じにしか見えない」

「眼鏡ね…」

「?」

ちらりとフレンを見たユーリだったが、すぐに制服の集団に顔を向け、『面白い』箇所とやらを一つ一つフレンに説明し始めた。


シャツの襟の形が違う。
ブレザーの丈や、ズボンの裾の長さも皆バラバラ。女子生徒のスカートの丈は言わずもがな、ソックスも恐らくは自由。シューズも指定がなさそうだ。

「どこの学校か知らねえけど、なんか気楽な感じしていいじゃん」

楽しげに話すユーリを横目に、フレンは少し考えてみた。

自分の視力では、ここから彼らの服装の細かなところまで見ることはできない。だが、それ程激しく着崩しているようには見えないので、本当に些細な違いなのかもしれない。

「…靴なんかは好きなのを履いて来てるだけじゃないのか?普段は学校指定のものがあると思うよ」

「ん?あの制服、どこの学校だか知ってんのか」

「君だって毎日見てると思うんだけどな…」

フレンが学校名や学力のレベル、校風などを説明してやると、ユーリが興味ありげに瞳を輝かせた。

「へえ、やっぱ何か面白そうな感じするな。行くならあの高校かも」

「意外だな…結構レベル高いところだよ?確かに人気の高校ではあるけど」

「…さりげなくオレをバカにしてねえか。オレじゃ受かる訳ねーってか」

「そんな事言ってないよ、ユーリならちゃんと勉強すれば大丈夫」

「どうだか…まあ、家から近いってのもいいな。オレ、電車通学とかしたくねえしなー」

「そんな理由なのか…」

はぁ、と息を吐いて項垂れたフレンにユーリが膨れっ面を向けた。

「何だよ、今から高校どこにするかなんて考えてねえし…って、おまえは考えてそうだよな…」

「…何でそんな嫌そうな顔するの…」

「別に。で、どうなんだ?そういう事、もう考えてたりすんのか」

「まあ、一応は。さっきのところも、候補として考えてる」

「ふうん……」

「ユーリ?」

「なあ、どうしても、ってんじゃなけりゃ、さっきんとこにしとけよ」


フレンは驚いて目を丸くした。

幼稚園からずっと一緒の幼馴染みであるユーリと、出来ればこの先も共にいたいと思っていた。それでも高校が別になるかもしれないとは考えていたし、そうでなくとも普段、ユーリのほうから何かを積極的にフレンに誘い掛ける事はそう多くなかったからだ。

「さっきの…」

「候補に入ってんだろ?オレもなんか興味出て来たし、どうせなら一緒に行こうぜ!」

にこにこしながら言うユーリに、フレンも笑って答えた。

「ユーリ…。うん、そうだね。そうなったらいいな」

「成績がヤバそうだって言うなら、そん時はしっかり教えてくれよ」

「何だいそれ。僕、君の家庭教師?」

「授業料なんか払えねえけどな」

「またそんな…」


そこまで話した時、クラスメイトが休憩の終わりと交替を告げに来た。
寄り掛かっていた校舎の壁から離れ、やれやれと面倒臭さそうに持ち場へと戻るユーリの後に付いて歩きながら、フレンはこの時既に進路希望校を今しがたまで話題にしていた学校一択に絞っていた。







「…覚えてくれてたんだと思ったのに」

普段より、幾分低い声でフレンがぼそりと呟く。

「は?何が?」

「思い出しもしないのか…」

「だから、何をだよ」

「…いいけどね、別に」

「だから何なのかって聞いてんだろ!?」

「何でもないよ。それよりユーリ、僕と同じところを受けて合格する気なら、これからは毎日死ぬ気で勉強してもらうからね!!」

「へ、あ、ああ…って、同じところ?おまえもあの学校受けるのか?」


ぷつん、と何かが切れた音を聞くと同時に、とうとうフレンはユーリを怒鳴り付けていた。


「……いい加減、思い出してくれ!!」



ユーリはただただ呆気に取られ、激昂するフレンを凝視していたのだった。