続きです。









「うぉ…いい天気、だなー…」


翌朝、窓を開けたオレは、空の青さと太陽の眩しさに目を細め、思わず呟いていた。

まだ陽が昇ってそれ程たってない早朝だというのに、今からこれじゃ、今日は少し暑くなるかもしれないな。
…一昨日の雨でぬかるんでいた地面も、これなら乾きそうだ。

そんなことを考えながら、『用事』を済ますために着替えて部屋を出た。











「フレン?…なんだ、まだ戻ってないか……ん?」


その晩、フレンの部屋を訪れたオレは、主を探して視線を巡らせた先に一枚のメモを見つけた。
綺麗に片付けられた机の真ん中に置かれたそのメモを手に取り、読んでみる。

…勝手に読むなって?
この時間にここに来るのなんてオレしかいないし、こんだけ目立つように置いてあるんだ、オレ宛てだろ、どう考えたって。
これで機密文書か何かだったら笑えるが。

勿論メモはオレ宛てで、少し遅くなるけど待っててくれ、といった内容だった。
オレとしても、聞きたいことは山のようにある。
…色々と。
だから帰るつもりはないが、メモの最後の一文が気になった。


『ベッドを汚さないように』


……なんだこりゃ。どういう意味だ?

確かにオレは今日、食い物をここに持ち込んでいる。今朝早く、食堂の厨房を借りて作っておいたんだが、フレンはそれを知らない筈だ。第一、オレが食べる為のものじゃない。

以前、ここのベッドに座ってカレーを食ってたらシーツにこぼしちまって、行儀が悪いだの何だの言われた事があるが、これでわかるように、フレンがわざわざ何か食う場所としてベッドを指定するとも思えない。

…何だろう。あまり深く考えるな、と本能が訴えている気がする。
オレはとりあえず、持って来た包みをベッドの枕元に置くと、その横に腰掛けてフレンを待つことにした。
…と、すぐに扉が開いてフレンが姿を現した。座ってからまだ5分もたってない。手にはやはり、紙袋を持っている。
片手を上げて挨拶するオレに、フレンは少し驚いたような顔をした。


「あれ、ユーリ…」

「よう、意外と早かったな」

立ち上がって声を掛けつつ、窓辺へ移動して壁に寄り掛かる。『自衛』のための手段だが、やはりフレンはそれが気に食わないらしい。先程の表情から一転、今度は不機嫌そうな様子でオレを見据えながら後ろ手に扉を閉めると、机に座ってベッドを指差した。

「…そんなところに突っ立ってないで、座ったらどうなんだ」

「なんだよ、おまえがそこに座ったらオレ、座るとこねえじゃん」

「ベッドに座ったらいいだろ、いつもみたいに」

「やだね。いざって時に逃げられねえからな。前にも言ったろ?大体、こないだはおまえが机のほう、譲ってくれたじゃねえか」

腕を組んだまま壁から離れようとしないオレに向かってフレンは大袈裟に息を吐き出し、顔を上げると再びベッドを指差した。

「……怪我人を立たせたままにできないだろう。君だってそっちのほうが楽だろ?僕も落ち着いて話ができないし、早く座ってくれないか」

「信用できねーなあ…」

「怪我人相手に何をするって言うんだ!早く座ってくれ!」

…仕方ない。これ以上意地張って、それこそベッドに押し倒されたらたまらない。
オレは壁に張り付いた背中を離し、再びベッドに腰掛けた。

怪我人相手に、とは言うが、昨日だって昼メシ食うのにさんざんな目に遭わされたばかりなんだ。警戒すんなってのが無理だろ。

「…全く…。君だって、僕がいない時は…」

フレンが何やらぶつぶつ言ってるが、よく聞こえない。

「何だ?なんか言ったか」

「…何でもないよ。ほら、これ」

フレンが紙袋を差し出してくる。
中を覗けば、やはりいつもと同じものが入っていた。…と、思ったんだが。

「いつも同じゃ何だから、今日は具を変えてみたんだ」

「え」

袋に入れた手が止まる。
具を変えた……って、まさかまた、何かアレンジしたのか?
しかしオレの様子から何かを悟ったのか、フレンが憮然としながらも説明を付け加えた。

「…とことん信用ないんだな、僕の料理。具を変えた、って言っただろう?君が好きそうなものにしてみたんだ。食事…としては、ちょっとどうかと思ったけど」

袋から包みを取り出して開いてみると、確かに今までとは中身が違う。

「何だこれ、フルーツサンドか?」

パンには真っ白なクリームと、真っ赤な苺がたっぷりと挟んである。赤と白のコントラストがまた、食欲をそそった。
…あれ、でもこのパン…

「本当はカスタードクリームとか入れたかったんだけど、さすがにそんなものはないしね。作るにしてもどうせ君には敵わないし、だったらシンプルなほうがいいかと思って」

「…そっか。ありがとな」

にこにこしながらオレを見るフレンの様子に、少しだけ良心が痛む。


オレは今日、夜食を作って来ていた。勿論、フレンのためだ。
いつもいつも、騎士団長様にばかり作らすのも悪いからな。

昨日、ソディアからフレンの想いとやらを聞いて、嬉しかったのは確かだ。
だが同時に大恥をかかされたため、少しだけ夜食に手を加えていた。…いや、むしろ加えてない、と言ったほうが正しいか。
まあ、別になんてことのない、ささやかな嫌がらせなんだが。

フレンがどういうつもりでソディアにオレ達の事を話したのか、本当は今すぐにでも問い詰めてやりたいところだが、それはとりあえず、先に必要な話をしてからにしよう。
オレはフルーツサンドを再び包み直し、袋にしまった。


「…ユーリ、そんなに不安なのか?」

すぐに手をつけないことが不満なのか、フレンがオレの顔を窺うようにする。
不安が全くないとは言わないが…まあ、大丈夫だろ、多分。

「ん?ああ、違うって。実はオレも今日、夜食作って来たんだよ。後で一緒に食おうと思ってさ」

「え、本当に?」

「おう。だからとりあえず、先に話を済まそうぜ。細かいところ、色々と分からねえままだからな」

「そうだね…。わかった。まず、どこから聞きたい?」

書類を取り出すフレンの表情からは、先程までの柔らかな笑みは消えている。
相変わらず、切り替えの早い奴だ。

「とりあえず、分かった事を順番に頼む」

一つ頷いて、フレンが話し始めた。







あの女と元々の婚約者である騎士とは、それなりに想い合ってはいたらしい。 だが親の思惑で一方的に婚約は破棄され、望んでもいない相手と新たに縁談を組まれた。
さらに女は騎士団に入れられそうになったが、実力ではとても入団できそうもないのは分かっている。
そこで協力を申し出たのが、元婚約者の騎士だった。

「彼女が騎士団に入る事で、少しでも近くにいられると思った、ということらしいけどね」

「…何だかなあ。親はおまえの近くにやるつもりだったのを、逆に利用したって事か?」

「そんなところだね」

「両想い、ってやつだったんだろ?それが何でまた、オレなんかに…」

「…それは……」

フレンが微妙な表情になる。なんとも表現し難い、ほんとに微妙な表情だ。
じっと見つめられて、居心地が悪い。

「…何だ、その顔。オレの顔に、なんかついてるか」

「……一目惚れ、だそうだ」

「……は?」

「君が初日に挨拶したその時に、…一目惚れした、と」

暫しの間、思考が停止する。
一目惚れってあれか、見た瞬間に惚れたっていう、なんかよく分からないやつか。よく分からない、ってのは、オレにそんな経験がないからだ。
しかし…また、おかしな事を。

「いや、それ……はあ!?あの女、オレが男だと思ってたのか?いや違うか…でも他に好きな男がいてそれかよ!?」

「……僕に言われても。性別は特に疑ってないようだったし、君が男性である事は伏せてある。とにかく、彼女が言うにはそういう事らしい。…心当たり、あるだろ?」

「いや、まあ…」

確かに、最初からあいつはオレに懐いてはいたが…。
てっきり、訓練の相手をしてやってるからだと思っていた。

「そのことに気付いた男のほうは、ある手段で彼女を取り戻そうとした」

「…別に奪っちゃねえけど。で?手段て何だ」

「簡単だ。君を消せばいい。…図らずも、彼女の親とは利害が一致したわけだな。まあ、あまり意味は成してないけど」

「…怖ぇな、ったく…。でも、それじゃあの女に計画バラされるから、とかいう話じゃなかったのか?」

「その辺りは憶測もあったんだけど…。彼女には、君じゃなくて『邪魔者』を消す手伝いをする、と言って取引を持ち掛けたそうだ」

「邪魔者、ね…。取引って何だ」

「彼女が君に本気になってるのを知って、男は君に殺意を抱いた。そんな時、彼女から嘆願書の話を持ち掛けられた。…入団の時のように、処理してくれ、と」

「…よくそんな話、頼めたもんだな。どんな神経してんだよ」

「さあね。…彼は、書類の処理を引き受ける代わりに、あるものの入手を頼んだ」

「あるもの?」

「銃だよ。それさえ手に入れてくれれば、書類も、『邪魔者』も、両方処理してやる、と」

「…邪魔者ってのは、おまえの事だろ。あの女の為に邪魔者を消して、不正に手を貸して、そうまでして気を引きたかったってのか?…馬鹿じゃねえの、そいつ」

実際は、フレンを消すと言っておいてオレを殺るつもりだったんだろうが、マジで馬鹿だ。それじゃもう一方に気持ちが向かないからってんで、あの女の親は躊躇したんじゃないか。どっちにしろやってる事はろくでもないが、まだ親のほうがいくらかマシな気がするぜ。
…にしても、なんでわざわざ銃なんだ?

「彼女の親が持っているのを知っていたそうだよ。それを持ち出してくれ、と。君はあまり城内にいないし、女子の宿舎に忍び込むのもリスクが高い。銃なら遠距離から狙えるし、訓練中なら広い練兵場に出ているから、なんとかなると考えたらしい」

「なんとか、って…当たんなきゃ意味ねえだろ」

「本人が言うんだからそうなんだろ、僕が知るものか」

フレンはとにかく不機嫌そうだ。まあ…実際狙われてたのがオレなわけだから、いい気はしないんだろうが。でも元々、オレは囮だったよな、確か。…何怒ってんだか。
そりゃあ、目の前で怪我されて心配したのは分かってるが。

「…あの日、彼女は銃を渡しに行くつもりだった。嘆願書と一緒にね」

…ん?嘆願書…?

「そういやそれ、もうおまえの手元に渡ってるよな。ソディアから渡されたんだろ?あの女、知らなかったのか?」

「嘆願書には新人全員のサインがしてあった。最後にサインした者が、勝手にソディアに渡してしまったらしい」

「ああ、それで…」

サインしたら自分に持ってこい、とか言ってたんだろう。それを黙って渡された上に翌日まで知らなかったから、あの騒ぎになったのか。

「手合わせを見て興奮した勢いで僕に渡そうとしたところをソディアに制止されたので、と言ってたよ」

「なるほどな…。」

その光景が目に浮かぶようだ。

「…とりあえず、こんなところかな。他に何か聞きたい事、あるかい?」

「まあ…どうやって銃を持ち出したのかとか、なんで親が持ってたのかとかあるが…」

「そこはまだ調査中だ。もう少しかかるな」

「ふうん…」

フレンの話を聞きながら、オレは何だか複雑な心境だった。

…結局、原因ってオレなんじゃないのか?

「ユーリ?どうした?」

「なんかさあ、オレのせいで色々ややこしくなったんじゃないか、と思ってさ…」

「そんなことは…。そもそも、仕事を依頼したのは僕なんだ。君を危険な目に遭わすつもりはなかったのに、結局こんなことになってしまって…」

俯いて肩を落とすフレンは唇を噛み締め、強く握った拳を震わせている。
…そうか、機嫌が悪いと見えたのは、こういうこと、か…。

「…もういいって、その話は。せっかく厄介事が解決するんだから、もっと喜べよ」


オレの言葉にも、フレンの反応はイマイチだ。

全く、浮き沈みが激しくて大変だよ。



さて、どうやって浮上させてやるかな…。
フレンの姿を見つめながら、オレはその為の『策』を考えることになってしまった。





ーーーーー
続く